軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

眠らせぬ牙

敵騎兵は——引いた。

完全な潰走ではない。崩壊でもない。

だが、止まり。距離を取り。再確認へ移った。

それで、十分だった。

「……」

夕暮れの残光が薄れゆく中、クラウスは静かに前を見ていた。

最初の一撃は、上手く行った。

連射式クロスボウ。偽装布。距離錯覚。

“景色が牙を剥く”

その異常は、確かに敵へ届いた。

なら——次だ。

「……」

急いでいるとは言え。

騎兵単独で、これ以上深く動くのは難しい。

あの混乱を受けた直後なら尚更。

前へ出れば、また近距離伏兵を疑う。

退けば、焼き返し速度が落ちる。

なら、最も現実的なのは。歩兵到着待ち。

「……そうなる」

ぽつり。

敵将が、愚かなら楽だった。

騎兵へ怒り。突撃継続。焦り。

そういう敵なら、折りやすい。

だが——恐らく違う。

南下判断そのものは、

焦りだけではない。

最低限、戦果へ繋げる意図がある。

なら。今頃、歩兵を前へ。

騎兵を盾ではなく、目として再整理。

そう考える方が自然。

「……」

速度から逆算すると……

騎兵先行。歩兵追従。

日が完全に落ちる頃に……

歩兵一部先着。

補給隊は、まだ遠い。

仮に夜間移動を強行しても、本格到着は真夜中近い。

つまり今夜。この南下枝は——“薄い”

「……良い」

薄い枝は、折るだけが正解ではない。

削る。乱す。眠らせない。

それもまた、折るに等しい。

「……」

戦とは、命だけを削る物ではない。

集中、警戒、睡眠、判断。

それらを削れば、朝には“鈍る”

「……次をやるか」

低く。命令というより、確認に近い声音。

嫌がらせ。

ほぼ、その通り。だが——軽くはない。

精神は、肉より先に摩耗する。

通常軍用クロスボウ。

その矢に笛。狩人道具。

クラウス自身、初めて知った時は少し感心した。矢へ簡易笛を付ける。

飛翔時、独特の風切りと共に、“何とも分からぬ音”を鳴らす。

甲高いとも違う。獣とも違う。風鳴りとも違う。説明し難い、不快な音。

初見では、正体が分かりにくい。

だからこそ——良い。

敵は、昼に理解不能を受けた。

景色が動き、近距離から矢。

常識が、崩れた。その状態での夜。

正体不明の音。

「……警戒する」

当然だ。

何だ?新兵器か?合図か?夜襲か?獣か?

理解出来ぬ物は、神経を削る。

一時間。あるいは、少しズラす。

規則的過ぎても、慣れる。

不規則過ぎても、散る。

“眠りかけた頃”

そこが、良い。

「……」

一時間前後。音、警戒、沈黙。また——音。

その合間、隙があれば狙撃。一人、二人と消し確実に“まだ居る”と示す。

重要なのは、大被害ではない。

“周囲に、敵が潜んでいる”その認識。

それだけで眠りは浅くなる。物音へ過敏になる。味方の移動すら、誤認する。

「……」

夜営とは、本来は回復。だが今夜は——違う。

“回復させない”

歩兵到着。騎兵再編。補給未達。

その不完全な夜。

最も削りやすいのは、身体より。

精神。

「……夜番交代の頃も、良いな」

ぽつり。

最も、緩む瞬間。最も、“何も無い筈”と思う瞬間。そこへ、鳴る。

副官達は、静かに準備を進める。

笛矢。通常クロスボウ。位置分散。偽装維持。

大規模攻撃ではない。火でもない。投石でもない。

だが——厄介。

「……眠るな」

誰へ向けるでもなく。

昼、景色が噛み付き。夜、音が眠りを裂く。

理解し切れぬまま、朝を迎えれば。

人は、鈍る。

クラウスは、それで良いと思った。

今、必要なのは、派手な勝利ではない。

“この枝は、嫌だ”

そう、敵自身に思わせる事。

春の夜。

風は、北へ流れる。その中を。正体不明の音が、闇を裂く。

その夜。南下した枝は、初めて知る。

止められるだけでも、焼かれるだけでもない。

“眠る事すら、許されぬ敵”

それもまた。枝を静かに確実に折る牙だった。