作品タイトル不明
枝、初めて怯む
南下先遣隊——敵騎兵側。
速かった。速い筈だった。
「先行、一騎確認!!異常なし!」
前方の偵察騎兵。
その更に先、追うべき敵影。
「そのまま進め!!」
南下命令。焼き返しの戦果。
止まる理由など、無い。相手は、防衛に徹して出て来ない。いや、我々の包囲で出られない。本来なら。
後方炎上。本国伝令。補給隊停止。
鬱陶しい。
だが——だからこそ“結果”が必要だった。
敵に焼かれた。
なら——焼き返す。分かりやすい。戦果は、見れば分かる。士気も戻る。
その筈だった。
「……?」
最初に、違和感を覚えたのは先頭ではなく、その少し後ろ。前方の馬が、妙に跳ねた。
「何だ?」
転倒?段差?穴?違う。
地面が、動いた。
「――!?」
草、土、景色。
その筈の場所から、何かが起き上がる。
「伏——」
言葉になり切る前。
バッ、バッ、バッッ!!
「!?」
何だ?その音は弓?違う、短い、硬い連続音。
「ぎゃああッ!!」
悲鳴。
先頭騎兵が落ちた。いや。一人ではない。
二人。三人と次々と。
「な——」
見えない。
どこだ?視線が、前へ走る。
少し遠く、弓兵位置。中距離……居ない。
「!?」
更に近く、近過ぎる。
「馬鹿な!!」
そんな距離に弓兵?
有り得ん。だが——矢は、来る。
バッ、バッ、バッ!!
「うわぁっ!!」
馬が乱れ横へ逸れる。急停止し衝突を起こす。
「止まれ!!」
「止ま——」
「敵はどこだ!?」
見えない。草だ。景色だ。布?いや何だ?
「伏兵だ!!」
誰かが叫ぶ。
「数は!?」
「……!?」
分からない。それが、最悪だった。
見えるのは、矢、乾いた音と悲鳴。
だが、兵数が見えない。
十?二十?
いや——こんな密度。もっと居るのか?
「散開!!」
叫ぶ。
騎兵だ。本来なら騎兵の少し後ろに歩兵が居る筈だった。騎兵に対応しにくい敵に対して、対応するが急ぎ過ぎて南下したので、今歩兵はいない。
急な小回りには、限界がある。
前が止まり、後ろが押す。
「ぐぁっ!!」
馬体同士がぶつかる。
「下がれ!!」
「いや、前だ!!」
「敵数不明!!」
“数不明”
その言葉が、空気を壊した。
経験がある者ほど、分かる。
分からぬ敵ほど、危険。
見えない。纏まりも無い。
なのに、矢だけが多い。
「……何だ、これは」
南下部隊長は、初めてそこで理解する。
いや理解、出来ない。弓なら、もっと後ろ。伏兵なら、もっと纏まる。
待ち伏せなら、もっと分かりやすい。
だが——違う。景色が、近過ぎる。
矢が、多過ぎる。敵が、見えな過ぎる。
「……」
戦場経験、常識、距離感。
その全てが——噛み合わない。
「伏兵多数と判断!!」
副官。
「どこにだ!!」
「……それが!!」
言葉が詰まる。見えない。
「……っ」
最悪だ。
“居る”のに、“何処か分からない”
「一時後退!!」
反射的判断。
「距離を取れ!!」
その命令自体は、正しい。
“後退命令が出た”その事実だけで。枝は怯む。
焼き返し。戦果。速度。
その全てより先に“理解不能な敵”それが、優先された。
「後ろへ!!」
「距離を取れ!!」
「弓距離外へ!!」
だが皮肉にも“弓距離”そのものがもう信用出来ない。近い、遠い、安全、危険。その基準が壊れた。
夕暮れ北風。乾いた連射音。
南下した枝は、この時初めて。
止められたのではない。
“怯んだ”
追う為に割れた枝。その先端は今、初めて自分達が踏み込んだ先にあった物を知る。
退く敵ではない。待つ敵でもない。“景色のまま、牙を隠した敵”そして、その理解不能こそが。枝を、最初に折り始めた。