作品タイトル不明
泥へ誘う道
少し時を戻す。クラウスが、割れた枝へ初撃を叩き込む。その少し前——
前線仮宿営地。
エドワルド担当地区。
「エドワルド様!!」
伝令が、土を蹴り上げ駆け込んだ。
「敵補給隊に、動きあり!!」
「……!」
空気が、即座に張る。
「方角は!?」
「南南東!!」
一拍。
「及び、南東方向へ向かっているとの報告です!!」
「……動いたか」
ぽつり。
グレゴールの逆侵攻。敵後方炎上。補給停止。
そして——再始動。
なら、何処へ向かう。
「……やはり」
低く。
「南へ、舵を切ったか?」
レオンが、即座に口を開く。
「いえ!!」
「……?」
「まだ、動き出したばかりです」
さらに。
「現時点では、不明!!」
「……」
エドワルドは、短く沈黙した。
そうだ。今は初動。まだ、決め切るには早い。
南下か?いやそれならこちらに来る。南東寄りか?兄上方面か?こちらかあるいは、陽動か?
「……兄上」
ぽつり。
クラウスからの報。敵線分割。南下可能性。
なら、一致はしている。だが——
“どこまで南か”
そこが、違う。
トン。トン。トン。
無意識に、指が机を叩く。
まだ初動、なら。
「……見極めが必要だな」
焦って、こちらから手を出すな。
それが、最優先。早い判断は、時に主導。
だが早過ぎる判断は、誤認。
「……暫く、張り付かせろ」
「はっ!!」
偵察網に、偽装布。少数影。
敵線へ、静かに貼り付く。
「速度、分岐、護衛数、補給主力か、一部か?」
さらに。
「“止まるか”も見ろ」
「承知!!」
伝令が、再び走る。
「……」
エドワルドは、地図を見る。
南と言っても広い。
この地区の強みは、明確だった。
平地。そして——泥。
堰、放水、誘導。
見た目では、ただの進路。
だが、踏み込めば、沈む。
「……」
南下なら理は、こちら。
広範囲平地へ、補給隊、歩兵、騎兵。
数が多い程、良い。急ぐ程、良い。
「……だが」
そこに、一つ引っ掛かる。
何故“急に”動いた?
停止していた。補給隊は、各所で、それが今、
再始動。しかも、南南東と南東。
「……」
ただの南下なら、理解出来る。再集結し焼き返しか?だが。東寄り。
「……兄上の担当地域か?」
クラウス兄上なら、何か仕掛けても不思議ではない。敵が、そちらへ引かれた?
あるいは——敵将側の再構成?
「……」
分からない。だからこそ。今は、待つ。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。
待つ。それは、簡単ではない。
目の前で、敵が動く。
だが、動き切っていない。
読めそうで読めない。
ここで、自分の都合で“読む”のは危険だ。
南下して欲しい。
泥へ来て欲しい。
そう願った瞬間、判断は歪む。
「……」
だから見る。
兄上が線を読むなら。自分は線の先を読む。
「レオン」
「はい」
「第二、第三偽道標、再確認」
「……!」
「第四は、そのまま」
「……?」
レオンが、僅かに視線を上げる。
「まだ、動きが浅い」
エドワルドは、静かに続ける。
「今、変え過ぎれば」
一拍。
「逆に、“何かある”と読まれる」
「……成る程」
そう。今はまだ“自然”それが最優先。
敵が、どちらへ傾くか。
その瞬間までは“正しそうな道”を維持する。
「堰も、最終確認だけでいい。放水準備は維持。だが——」
視線は、泥予定地。
「まだ、切るな」
「はっ!!」
夕方へ向かう空。
風が吹き、草が靡く静かな平原。
だが——その下では。
泥も、道も、人も。
全てが、“どちらへ敵が動くか”を待っている。
「……暫し、また待ちか」
ぽつり。
そう今はまだ、待つ。
だが、何もしていない訳ではない。
待ちながら、測る。
測りながら、備える。
南下なら、沈める。
東なら、兄上が居る。
どちらでもないなら——また、読み直す。
春。
まだ、敵の線は完全には定まらない。
だが定まった瞬間。
この平地は——“ただの道”では、なくなる。