作品タイトル不明
追うな、踏み込ませろ
元領境南寄り——クラウス迎撃配置地。
「クラウス様」
副官が、低く報告する。
「配置、完了。いつでも」
一拍。
「準備完了です」
「……うむ」
短く。クラウスは、静かに前方を見据えたまま問う。
「風向きは」
「問題御座いません」
即答。
「ここへ到着後より、継続観測中」
さらに。
「現在、緩やかに北へ」
「……そうか」
北風。
つまり——こちら側から仕掛ける火。
煙に視界。悪くない。
「……よし」
ぽつり。
「後は」
視線は、偽装された前方線。
軽防備柵に、偽装布に身を包む伏兵。
連射式クロスボウ。
「……ここに、来るのを待つだけだ」
焦りは無い。追わない。
クラウスが狙うのは、“枝先”ではない。
割れて、急ぎ、乱れながら進む枝。
その“踏み込み”
「敵影!!」
前方監視。
「……!」
「敵偵察騎兵と思われる影、一騎!!」
「……一騎?」
副官が、僅かに眉を寄せる。
通常。先行偵察は、複数に左右確認。測量。
だが——
「……」
クラウスは、即座には動かない。
「……いえ!!」
監視兵が、声を張る。
「後方に、砂埃!!」
「……」
「先遣隊と思われます!!」
「数——」
一拍。
「不明!!」
「……」
その瞬間。クラウスの目が、僅かに細まった。
「……成る程」
一騎先行に、後方砂塵。つまり。“最低限だけ前へ出し、急いで本隊が追う”
「……偵察も、ちゃんと出していないのか」
ぽつり。
副官。
「……あるいは」
「……急いでいる」
クラウスが先に答える。
急ぎ南下。焼き返し。本国動揺と戦果要求。
なら——急ぐ。
「……まあ、いい」
短い。
「乱れている」
一拍。
「それは、間違いない」
理想的な枝なら、もっと丁寧に来る。
測る、広がる、探る。
だが——今の敵は急いでいる。
「……なら」
クラウスの視線が、前方偽装線へ落ちる。
「味わってもらうか」
副官の口元が、僅かに上がる。
「……何を、です?」
「……新しい牙を」
連射式クロスボウ。
領都木工技術の改良に増産。
軍用ほどではない。射程に威力。
だが——速い。複数が伏せる。
「伝令」
「はっ!!」
「全班へ、再徹底」
「……!」
「敵を、“懐”へ入れてからだ」
「……!」
「一騎に撃つな!先遣だけでも、まだ早い」
さらに。
「後続が、“追える”距離まで待て」
副官が、理解する。
先頭だけを撃てば、止まる。だが“前も後ろも踏み込んだ所”で撃てば——詰まる。
混乱し押し止まる。そして崩れる。
「一斉斉射」
低く。
「初撃で、“伏せていた数”を誤認させろ」
「……はっ!!」
兵が、静かに動く。草へ沈み、布が揺れる。
弦が張られる。
前方。
一騎。まだ速い。そして——その後ろが見え始める。砂、数、枝。
「……」
クラウスは、静かにそれを見る。
急ぐ乱れる。測り切らず。それでも——前へ。
「……来い」
ぽつり。
「追って来たつもりで」
さらに。
「……踏み込め」
副官が、小さく息を呑む。
連射式に偽装。北風。乱れた枝。
全ては、“踏み込んだ瞬間”の為。
「距離——」
監視。
「……もう少し」
「……」
誰も、動かない。
「……まだだ」
一騎の先遣。更に後続。
「……今だ」
その瞬間。
「撃て」
春。
北へ流れる風の中。夕暮れが迫った割れた枝は——初めて。“追った先に、噛まれる”事になる。