作品タイトル不明
線を繋ぐ者
領都——グレゴール駐留所。
ここは、前線ではない。
剣戟も、火柱も、怒号もない。
だが——静かだからこそ、滞れば終わる場所だった。
領都全体の倉庫と工房群。厩舎に文官詰所。
それら全てを繋ぐ中心。
机の上には地図に帳簿。物資表に避難民数。
そして——次々届く、早馬の報。
「北部旧領主館より急報!」
到着早々、汗に塗れた伝令が文を差し出す。
グレゴールは、封を切る。
「……第五、六村落。後退加速」
短く読む。
「避難民増加。食料再配分要請」
「……」
即座。
「第五村落避難民、南倉庫予定を西倉庫へ変更。西側乾燥保存食、配分前倒しを。文官方々、再計算を」
「はっ!」
次。
「クラウス様方面より!」
別の伝令。
「敵先鋒、火攻め後。進軍速度低下」
「……」
僅かに目が動く。
「……そうですか」
クラウス様。予定通り——いや、想定以上。
「偽装布追加要請。歩兵優先、騎馬試作希望」
「……」
「工房街へ。偽装布、歩兵基本配備継続。追加で騎馬用試作開始。荷馬車偽装案も同時進行。急がせて下さい」
「はっ!」
更に。
「エドワルド様方面!」
少し荒い息。急ぎ。
「敵侵攻速度低下確認」
「偽道標、効果継続」
「……」
そこまでは、良い。
だが——次。
「一部住民、捕虜化確認」
「……」
一瞬だけ、手が止まる。
「……潜伏維持。敵露見回避優先」
数秒。だが——十分。
「……そうですか」
感情より先に、整理。
「別報告!」
「捕虜移送路、予測開始」
「旗印、部隊規模、進路」
「中継候補地点抽出」
「奪還可能性——後日精査」
「……承知!」
切った判断を終わらせない。
今、救わない。なら——後で繋ぐ。
グレゴールは、それを理解していた。
また、次。
「工房街より!」
「……」
「偽装布、量産進行中!ですが、染色に若干差異!」
「……」
「アルトを」
「はっ」
数分後。
臨時指揮官アルト。
「……現在」
「は、はい!」
「布自体は順調ですが、場所毎に色味が……」
「……用途別管理に変更して下さい」
「……?」
「草地用、林縁用、泥地用、染料比率固定、規格化を」
「……!」
アルトの目が見開く。
「そ、その様な……!」
「戦場で違和感は、死にます」
短い。
「……統一して下さい」
「……はっ!」
また早馬。
「北街道中継所より!」
「……」
「荷車一台、車輪破損!」
「……積載は?」
「矢束、補修材」
「……」
即答。
「近距離輸送へ二分割、修理班派遣、代替荷車補填、街道停止時間、最小化」
「……はっ!」
止めない。どれも。
避難に補給。偽装。情報。
前線は、剣だけでは動かない。
後ろが滞れば、全て鈍る。
次々届く、報。報。報。
紙の束が増える。
だが——グレゴールの中では、それは混乱ではなかった。
線。
領主様が引く、後退線。
クラウス様が削り、足止め線。
エドワルド様が狂わせる、誘導線。
そして。
「……」
自分の前にあるのは、それらを切らせぬ為の線。物資。避難。伝令。再配置。
「……繋ぐ、か」
ぽつり。
窓の外には、工兵。縫い子。鍛冶。
誰もが、戦っている様には見えない。
だが——確実に、戦の中だ。
「……」
剣を振るう者だけが、戦う訳ではない。
届ける者。支える者。繋ぐ者。
それが居なければ——前は、折れる。
「次報!」
また、声。
「……どうぞ」
グレゴールは、顔を上げる。疲労はある。
だが——止まらない。止まれない。
「……」
火だけでは、勝てない。
泥だけでも、勝てない。
それら全てが、必要な時、必要な場所に届いてこそ。戦は——初めて形になる。
春。
領都。前線ではない、この場所で。
早馬が運ぶ無数の報を、一本の線へ変えながら。
グレゴールもまた、別の形で——戦っていた。