軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狂いを測る者

北部侵攻軍本隊。

進軍速度は——落ちていた。

止まった訳ではない。崩れた訳でもない。

確実に予定より遅い。

「……また、ズレたか」

低い声。

敵将は、馬上ではなく、簡易野営机の上に広げた地図を見下ろしていた。

距離と街道。村の位置。予定進路。

そのどれもが、大きく間違っている訳ではない。

噛み合わない。

「……」

昨日想定した距離と実際の現在位置。

半日単位で、少しずつ。少しずつ——

狂う。

「……報告」

副官。

「先行確認部隊」

「放棄村焼失跡、安全確認中」

「……」

「街道標識、一部不整合」

「……」

「距離表示と地図誤差、複数」

「……」

「加えて」

一拍。

「本来無い筈の案内標識、確認」

沈黙。

敵将は、一本の標識位置を書き込ませる。

次。また次。並べる。

「……」

副官が、僅かに眉を寄せる。

「……これは」

「……ああ」

敵将は、短く頷いた。

「自然な誤差ではない」

壊した。抜いた。増やした。

あるいは——ズラした。

敵は、地形そのものを変えず。

“認識”を狂わせている。

「……面倒だな」

ぽつり。

だが、苛立ちより先に。

「……上手い」

評価。

火。放棄村。そして——道。

個別なら、対処出来る。

「……重ねてくるか」

火で止め、道で疑わせ、距離を狂わせる。

速さを殺す、という意味では——非常に合理的。

「命令」

「はっ!」

「工兵前進」

「……!」

「街道確認、既存道標、全再計測、案内標識類、一時信用停止」

「……!」

「進軍基準を、地図と歩測へ移行」

速さは、更に落ちる。当然だ。

だが——雑に進み、更に狂うよりは良い。

敵将は、そこを理解していた。

相手は、急がせて崩すのではなく。

疑わせて、慎重にさせ、遅らせている。

なら。

慎重そのものは、悪手ではない。

「……」

「補給隊は予定通り。ただし速度低下」

「……構わん」

短い。

「補給を崩すな」

兵站。

ここまで道を弄る相手なら、補給こそ狙い目。

だからこそ——厚くした。

そして、その判断は今の所、間違っていない。

副官が、別紙を差し出す。

「捕虜群」

「後退民の一部。現在移送中」

敵将は、一瞬だけ目を通し。

「……使えるな」

「……?」

「敵は、見ている可能性がある」

「……」

「なら」

一拍。

「何を優先するか、見える」

救うか?潜むか?動くか?切るか?

捕虜そのものより、反応。

それもまた、測れる。

副官が、静かに理解する。

「……誘い、ですか」

「可能性の一つだ」

使える物は、何でも使う。

相手がそうなら——こちらも同じ。

「……面白い」

再び、ぽつり。

戦とは、力だけではない。

読み合い。崩し合い。ならば——相手は、少なくとも読む価値がある。

「全軍通達」

「はっ!」

「この地の“当たり前”を疑え」

「……!」

「村」

「道」

「標識」

「痕跡」

さらに。

「民ですら」

「……」

空気が、少しだけ冷える。

だが——必要だった。

敵地。

既に、土地そのものが敵意を持って使われている。

なら、疑う。全て。

進軍速度は、更に一段落ちた。

崩れてはいない。むしろ、雑な軍から慎重な軍へ。

再編。

春。

進む軍と迎える領。その間で火の狂い、道の狂い。そして今——“狂いそのものを測る者”が現れ始めていた。