作品タイトル不明
従う理由
「……承知しました」
グレゴールは頭を下げた。
父の指示は簡潔だった。止める所と通す所。
それだけだ。迷いは無い。
ただ——ふと、思い出す。
学生時代。自分が言うのも何だが、能力があれば、良い働き先が見つかると思っていた。それなりの結果も出していた。
しかし……そもそもを勘違いしていた。
私は、ただの平民。
就ける職は限られ、先も見えず、行き詰まっていた。
その時——声を掛けてくれた。
だが。それだけで、人は従う理由にはならない。
「……」
では、なぜか。
自分がこの男に従っている理由は——
あの時ではない。
——昔。
まだ若かった頃。
私は、ある村の防衛を任されていた。
「敵は小規模です」
「押し返せます」
そう判断した。
「前へ出ます」
部下の報告から兵を率い、打って出た。
だが——それは、罠だった。
「伏兵だ!」
「囲まれたぞ!」
混乱し崩れる隊列。
「……くっ」
判断を誤った。引くべきだった。
守るべきだった。
歯を食いしばるが、その時はもう遅かった。
その時だった。
「下がれ」
低い声。
「……!」
振り向くとそこにいたのは——領主様だった。
「……領主様!」
「……」
領主は周囲を一瞥する。
「……崩れているな」
ただ、それだけ言った。
「……申し訳——」
「謝るな」
言葉を遮られる。
「……」
「今、必要なのは謝罪か?」
「違う」
静かに言い切る。
「……考えろ。どうすれば、崩さずに済むか」
「……!」
その言葉に、息を呑む。
崩れているがまだ壊れてはいない。
「……左を切り捨てます」
絞り出す様に言う。
「退路を確保し、残りを引きます」
「……」
父は一瞬だけ見た。
「……遅いが、悪くはない。やれ!」
「……はっ!」
命令を飛ばし隊をまとめ直す。
犠牲は出たが壊滅は避けた。
戦後。グレゴールは膝をついた。
「……判断を誤りました」
父はしばらく何も言わなかった。
「……そうだな」
短く答える。
「……」
「だが」
続ける。
「崩さなかった。それでいい」
「……!」
顔を上げる。
「完璧など要らん。壊さなければ、次がある」
「……」
その言葉が、胸に残った。
現在。
グレゴールは静かに目を開く。
「……」
あの時からだ。この男に従うと決めたのは。
完璧ではないが壊さない。
それが——この男の強さだ。
「……参りましょう」
小さく呟く。
「……」
その声に、迷いは無かった。