作品タイトル不明
広がるもの
馬車が軋む。乾いた音と共に、商人達は国境を越えていた。
荷は薪。
それだけだ。男は大きく息を吐く。
今回は楽な仕事だった。運ぶだけ。
それで金になる。軽口が交わされる。
誰も疑っていない。ただの仕入れ。
いつも通りの商い。それだけのはずだった。
数日後。
火が焚かれ、薪がくべられる。
燃える。だが——煙が重い。
一人が違和感を覚える。
燃えはするが、匂いが違う。
どこか、引っかかるが原因は見当たらない。
湿った木が混じっていた。
そう結論付けられる。それで終わる。
数日後。
咳。小さな違和感。喉の痛み。
だが、季節は冬。
珍しい事ではないし、誰も深く考えないし、流される。
さらに数日。
倒れる。さっきまで普通だった男が、突然崩れる。呼吸は浅く、目は虚ろになり反応は無い。
静まり返る。
「……」
言葉が続かない。
その日の夜に、また一人。
別の家で、同じ様に。昼までは普通だった。
それが——崩れる。理由は分からない。
数日。
村が閉じられる。病。そう呼ばれる。
死人が出始め、数が増える。
「……」
空気が重くなる。多すぎる。おかしい。
そう思う者はいる。だが——続かない。
理由が分からない。
火は、止まらないし薪は、使われる。
生活は続く。だから——止められない。
誰も知らない。どこから来たのか。
誰も気付かない。それが仕組まれたものだと。
ただ、減っていく。静かに、確実に。
遠く離れた場所で、それを待つ者がいる。
噂になるのを。広がるのを。結果が出るのを。
まだ——誰も知らない。
「……久々に、ゆっくり出来たな」
エドワルドは軽く息を吐いた。
張り詰めていたものが、少しだけ抜ける。
「……領都でも、見回るか」
外に出ると冷たい空気。
どこか落ち着いている。
通りを歩く人の流れに、荷の動き。
大きな変化は……無さそうか?
周囲を見渡すと細かい所が、変わっている。
「……セキシャク鳥か」
家の裏手に柵の中で動く鳥。
各家庭でも育てられている様だな。
小さく頷く。
「うむ、いい」
安定してきている証だ。
さらに歩くと……豚舎は、視線を向ける。
そのままか……数は増えている様だな。だが、まだまだ足りん。
腕を組む。
「もう少し増やす必要があるな……今は」
少し考える。
「肥料の生産に重点がいっているか」
それも理解出来る。
視線を移す……砂糖楓は、植えられた若木。
……少し伸びたか?近づき葉の様子を見る。
「やはり、木は時間が掛かるな」
苦笑する。
数年……いや。首を振る。数十年だな。
「……まだ先の話だ」
ぽつりと呟く。歩き続ける。
「……そう言えば」
ふと思い出す。
「工房に寄るか。木工師の爺さんとも、久々に話したい……向かうか」
足を向ける道中……おっ。足を止める。
鮭か。吊るされた魚。干し作業。
……進んでいるな。それなりに獲れた様だ。
小さく頷く。
さらに周りを見ながら進むと。
「……ん?」
目が細くなる。……何だ、あれは工房の裏手。
……増設されている?
しかも——……かなりの規模だな。以前とは明らかに違う。
足を速め中へ入る。
「……」
音が響く中、木を削る音に金具を打つ音。
それに人の声。
「……職人も増えたな」
見回すと知らない顔が多い。
「……爺さんは?」
姿を探すが。
「……見当たらんな」
忙しそうだ。
「……」
その時、視線が止まる。
「……ん?」
机の上に置かれているもの……何だ、これ。
手に取る……クロスボウ?
だが、違う……改造されている?
形が違うし構造が違う……この箱は何だ?
取り付けられた箱状の部分。
……それに、この取っ手……軽く動かす。
「……」
理解が追いつかない。
「……」
しばらく見つめる。
「……今はいいか」
そっと戻す。
「……忙しそうだしな」
声を掛けるのも、野暮だ。
工房を一瞥する。
音は止まらないし動きも止まらない。
エドワルドは静かに外へ出た。
日常は、続いているがその中で確実に、何かが変わっていた。