作品タイトル不明
大橋へ
その頃——クラウス、いやシュトライヒ達は、自国の国境線へ向けて進んでいた。
道は続く。
その足跡の裏で、静かに何かが壊れている。
通ってきた村々。井戸。倉庫。
人の流れ。
どれも目立たぬ形で手を入れてきた。
「……順調だな」
シュトライヒは短く呟く。
護衛役が小さく頷いた。
「はい。騒ぎにもなっておりません」
「ならいい」
振り返る事もなく言う。
「気付かれた時には遅い。それでいい」
「……は」
そのまま歩みを進める。
やがて——
前方に、大きな構造物の影が見え始めた。
「……あれか」
シュトライヒが目を細める。
「はい」
護衛役が応じる。
「大橋です」
「大橋?」
「はい」
少しだけ誇らしげに説明する。
「この街道は、我が領で言うところの二本の主要街道のうち、北側へと繋がる道です。その要所が、あの橋になります」
「……成る程な」
シュトライヒは興味深そうに視線を向けた。
「どんな場所だ」
「文字通り橋です」
護衛役は続ける。
「川幅は広く、流れも早い。昔は渡し船で両岸を行き来しておりました」
「ほう」
「その頃は、両岸に宿場や市場、小さな町が栄えておりましたが——」
一瞬、言葉を区切る。
「橋が出来てからは、流れが一変しました」
「流れ、か」
「はい」
「人も物も、一気に通り抜ける様になった。結果として、両岸の町は徐々に衰退しております」
「……皮肉なものだな」
シュトライヒは小さく笑う。
「便利になれば、捨てられるものも出る」
「はい」
「まあ」
軽く肩をすくめる。
「実際に見てみないと分からん」
「その通りです」
護衛役も頷いた。
「現地の様子を見てから判断するのがよろしいかと」
「……ああ」
シュトライヒは再び橋へ視線を向ける。
遠目にも分かる。
大きい。
そして——
「……要所だな」
ぽつりと呟く。
護衛役の表情がわずかに引き締まる。
「はい」
「間違いなく」
「人も物も、ここを通る」
「遮れば、止まる」
「……」
短い沈黙。
「ふっ」
シュトライヒはわずかに笑った。
「いい場所だ」
その一言に、含まれる意味。
護衛役は何も言わなかった。
ただ——理解していた。
この橋もまた例外ではない事を。
「シュトライヒ様。どうします?橋を渡りますか?」
護衛役が静かに問う。
シュトライヒは少しだけ視線を巡らせた。
橋の両脇。人影。警備の兵。
そして——
「通行料、か」
小さく呟く。
「厄介だな」
「……はい。検問も兼ねておりますね」
「だろうな」
少し考える。そして。
「その下の町には行けるよな?」
護衛役はすぐに答えた。
「恐らく、この側道を下れば……両岸の旧い町へ出られるかと」
「……成る程」
シュトライヒの口元がわずかに歪む。
「流れから外れた場所、か」
「はい」
「人は少ないが、目も少ない。そういう事だ」
短く言う。
「じゃあ、その町に行くぞ」
「はっ」
護衛役が頷き進路を変える。
大橋へ向かう本街道から外れ、脇道へ。
ゆっくりと下りていく。
かつて賑わった町。
今は、取り残された場所。
「……悪くない」
シュトライヒは小さく呟いた。
静かな場所ほど、よく響く。