作品タイトル不明
備えの骨子
私はすぐに動いた。
「時間が無い」
その一言で、文官達の空気が変わる。
机の上に紙を広げ、指で叩く。
「避難訓練の叩き台を作る。今すぐだ」
「はっ」
文官達が一斉に動き出す。
筆が走る音だけが、部屋に満ちる。
「まずは対象の選定だ」
私は地図を指す。
「狙われやすい村。街道沿い。平野中央。逃げ場の少ない場所。そこを優先する」
「はい」
「次に」
指を滑らせる。
「避難先の指定。近すぎれば巻き込まれる。遠すぎれば間に合わん。距離、道、地形を考えろ」
「承知しました」
「避難先の備蓄はどうしましょうか?」
一人の文官が口を開く。
「現状の備蓄では、受け入れに限界があります」
「だろうな」
私は即答する。
「ならば増やす」
「輸送をですか?」
「ああ」
「優先順位を上げる。避難先は“守る場所”になる。そこが落ちれば終わりだ」
「了解しました」
「防御もだ」
私は続ける。
「柵、見張り、簡易でもいい。受け入れるだけでは意味がない。守れる形にする」
「はい」
「そして」
一瞬、言葉を区切る。
「避難対象の村には補償を出す」
文官達の手が止まる。
「補償ですか」
「ああ」
「村を捨てるという決断をさせる以上、何も無いでは動かん。土地、家、作物。失う物は多い。だから補償する。戻れると再建する支援をすると」
文官の一人がゆっくりと頷く。
「それがあれば動く理由になりますな」
「ああ」
「準兵士の育成も行う。避難中も守りは必要だ。武官を派遣し、最低限の動きを覚えさせる」
「訓練と並行してですか」
「そうだ。ただ逃げるだけではない。守りながら動く。それを覚えさせる」
一通り書き出された紙を見下ろす。
まだ粗い。抜けもある。
「だが」
小さく呟く。
「ゼロではない」
最初の形だ。
「足りない部分は後から補う。まずは動かす」
「はい」
文官達も力強く頷く。
私は紙をまとめ、セリユーへ差し出した。
「叩き台だが、これで進める」
セリユーはそれを受け取り、目を通す。
「……」
しばらく沈黙。そして。
「成る程」
低く言った。
「粗いですが動かせます」
「ああ」
「冬支度が終わり次第、直ぐに行う」
「はい」
セリユーは深く頷いた。
「早速、人員を割り振り、各村へ発布致します」
「頼む」
セリユーが出ていく。
部屋に静けさが戻る。
私は一人、地図を見る。
線を引く。
村から村へ。逃げる道。守る場所。
「これでいい」
小さく呟く。完璧ではない。
「何もしないよりは、遥かにいい」
窓の外では、風が強くなっていた。
冬が来る。そしてその後に来るものに備え、準備は動き出していた。