作品タイトル不明
迫る影と広がる線
「……エドワルドから文だと?」
父は顔を上げた。
「はい。先程、早馬で届いております」
差し出された文を受け取り、軽く息を吐く。
「彼奴が文を送ってくるという事は……」
封を切る前に、苦笑が漏れる。
「良い話では無いな」
レオンの様な軽口を叩く者はいないが、心の中では同じことを思う。
「全く……」
紙を開き、目を通す。
「……」
数行。簡潔。無駄がない。
「長男は事後報告」
ぽつりと呟く。
「次男は警告報告、か」
いつの間にか、自分の中でそういう認識になっていた。
クラウスはやってから言う。
エドワルドは来る前に言う。
「……対照的なものだ」
だがどちらも、外してはいない。
文を机に置き、ゆっくりと指で押さえる。
「……春先に、再侵攻に注意せよ」
短く要点だけを拾う。
「ふむ……」
顎に手を当てる。
「……本当に来るか?」
自然と出た言葉だった。
大陸全土の不作。
それは、こちらだけの話ではない。
「隣国とて、無事で済むはずが無い」
むしろ、同じか、それ以上に苦しい可能性もある。
「その状態で……侵攻出来るか?」
問いかける様に呟く。
「ですが」
控えていた文官が口を開く。
「前回は実際に侵攻してきております」
「ああ」
父は頷いた。
「あれは……」
思い返す。
「恐らく正規軍は少なかった」
「はい。報告でも、統率に欠ける動きが多かったと」
「混乱に乗じた“機会狙い”だな」
「その様です」
「我が国が崩壊し、こちらが整っていない内に叩く。準備も雑。指揮も雑。……それでも、来た」
静かに言う。
「それを、如何にか退けた」
あの時は、まだ運もあった。
相手が整っていなかった。
こちらも必死だった。
だから——
「次は違う」
低く言い切る。
「来るとすれば」
視線が鋭くなる。
「本格的な侵攻だ」
文官が息を呑む。
「兵も揃え、補給も整え、指揮も統一される。前回の様な“雑な戦”ではない」
「……はい」
「そして」
父はゆっくりと立ち上がった。
窓の外を見る。
北部方面。
広がった領域。
「……防衛線が長くなった」
ぽつりと呟く。
これが一番の問題だった。
「守るべき線が増えたという事は兵を分けるという事だ。どこか一つでも抜かれれば——」
その先は言わなかった。
分かりきっている。
「……」
しばしの沈黙。
エドワルドの文。現状の報告。過去の戦。
それらが頭の中で重なる。
「……来るか、来ないか。ではないな」
小さく首を振る。
「来る前提で考えるべきだ」
断言した。
「はい」
文官も即座に頷く。
「……一度、セリユーと話す」
父は振り返った。
「はっ」
「この地の“元の形”を知っているのは、あやつだ。地形、補給路、村の配置。全てを知っている」
「はい」
「今は従っている。だが——」
一瞬、言葉を区切る。
「使わぬ理由はない」
「……承知しました。すぐにお呼び致します」
文官が下がる。
父は再び机に視線を落とした。
そこには、エドワルドの文。
「……警告、か」
静かに呟く。
「外しておらぬな、あやつは」
ほんのわずかに、口元が緩む。
だが——その目は、すでに先を見ていた。
「春か……」
遠くを見る様に呟く。
「ならば——それまでに整えねばならん」
守る為に。この地を、繋ぐ為に。
静かに、準備は始まっていた。