軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

北の均衡

「……もうすぐ、冬か」

低く呟き、吐いた息が白く広がる。

北部方面に入ってから、数ヶ月。

空気は日に日に冷たさを増し、朝晩の霜も濃くなってきていた。

「如何にか……間に合ったな」

領主である父は、静かにそう言った。

完全な崩壊。それだけは、どうにか防げた。

あの時の判断が遅れていれば——

今頃、この地は難民で溢れ、秩序など残っていなかっただろう。

今は違う。

「報告です」

控えていた文官が一歩前に出る。

「領都からの物資、各村々への配分、滞りなく完了しております」

「……そうか」

頷く。

「遅れは?」

「ございません。街道の整備と輸送隊の再編が効いております」

「うむ」

短く息を吐く。

物流が止まれば、すべてが崩れる。

逆に言えば——流れている限り、持ち堪えられる。

「領都の備蓄はどうだ」

「現状、問題ございません」

文官は迷いなく答えた。

「冬を越す分としても、余裕があります」

「……余裕、か」

その言葉を、父は繰り返した。

その“余裕”がどれほど脆いものか。

分かっている。

一つ崩れれば、すぐに消える。

「引き続き、油断するな」

「はっ」

文官は頭を下げた。

別の報告書に目を落とす。

「……蕪か」

エドワルドのやった事だ。

「あやつめ……」

小さく、口元が緩む。

「こんな所でも役に立つとはな」

領都から種をかき集め、可能な限り持ち込んだ。農家に配り、半ば強引に植えさせた。

最初は疑われた。

だが——

「収穫は?」

「はい。既に一部で収穫が始まっております」

「……そうか」

確実に、形になっている。

「これで少しは、物資の削減にも繋がる」

「はい。現地で回る分が増えれば、輸送量も軽減されます」

「うむ」

地味だが、大きい。

こういう積み重ねが、冬を越える。

「セリユーの方はどうだ」

ふと、視線を上げる。

「元領主の動きですか」

「そうだ」

「……問題ございません」

文官は少しだけ間を置いて答えた。

「指示には従っております。各村の調整も滞りなく」

「……そうか」

父は短く頷いた。

セリユー。この地の元の主。

誇りもある。立場もあった。

それを、失った。

「……」

従っている。

確かに、それは事実だ。

「顔はどうだ」

父は静かに問うた。

「顔、ですか?」

「表情だ」

文官は少しだけ言葉を選ぶ。

「……淡々としております」

「不満は?」

「表には出しておりません」

「……そうか」

それ以上は聞かなかった。

窓の外を見る。

人は動いている。村も、回っている。

畑も。物資も。人の流れも。

すべてが——

「……上手く、回っておるな」

ぽつりと呟く。ほんの僅かに。

「……静かすぎる」

説明は出来ない。

「……」

視線を落とす。

完全に安定した訳ではない。

崩壊を防いだだけだ。

均衡。ただ、それだけ。

「このまま、冬を越えられればよいがな……」

誰にともなく、呟く。

その声は、冷たい空気に溶けた。