作品タイトル不明
繋がらない線
時折だが、兄上からの報告書がこちらにも回って来る。
机の上に置かれたその紙を、エドワルドは静かに手に取った。
「……相変わらずだな」
短い。端的。必要最低限。
「“作戦は順調。継続中”……か」
それだけだ。
レオンが横で苦笑する。
「もう少し愛想があっても良さそうなものですがな」
「無理だろうな」
エドワルドは肩をすくめた。
「兄上はそういう人間だ」
紙を机に置く。
「だが……」
少しだけ眉をひそめる。
「出来ればもう少し細かく経過を知りたいものだ」
「経過、ですか?」
「ああ」
指で軽く報告書を叩く。
「他の報告と照らし合わせられれば動きが見えるだが……」
「……なるほど」
レオンも頷く。
「確かに、今のままでは断片的ですな」
「そうだ」
エドワルドは椅子にもたれ、別の報告書を手に取る。
「……またか」
目を細める。
「隣国国内で“疫病の様なもの”が発生」
「村単位で隔離」
「流通の一部停止……」
小さく息を吐く。
「同じ話が、所々から出てきている」
「はい」
レオンも真剣な顔になる。
「ただ、範囲が曖昧ですな」
「それだ」
エドワルドは頷く。
「広がっているのか。点で起きているのか。分からん」
沈黙。
「……」
「兄上の動きと重ねられればな」
ぽつりと呟く。
「通っている道筋。滞在している町。それが分かれば——」
「……確証に近づく」
レオンが続ける。
「だがそれが分からん」
「はい」
「痕跡を残さぬ様にしているのでしょうな」
「だろうな」
エドワルドは苦笑した。
「徹底している」
それは、理解できる。
自分でもそうするが。
「……こちらとしては困る」
本音が漏れる。
机の上に報告書を並べる。
一枚。二枚。三枚。
視線でなぞる。
「……」
しばらく、何も言わない。
レオンも口を開かない。
やがて。
「……見えてきたな」
エドワルドが低く言った。
「何がです?」
「全体だ」
紙を一枚指で押さえる。
「流通が乱れている」
別の紙を指す。
「疫病の様な報告が点在」
さらに別の紙。
「敵の動きは鈍い」
「……」
「これを合わせると——」
一拍。
「冬前の侵攻は無い」
はっきりと言い切る。
レオンの目がわずかに見開かれる。
「……断言しますか」
「ああ」
迷いは無い。
「この状態で動けるとは思えん。兵站が持たない。統率も取れん」
「確かに……」
レオンも頷く。
「無理に動けば、自滅に近いでしょうな」
「そうだ」
エドワルドは背もたれに体を預ける。
「ならば——」
視線を上げる。
「次は春先だ」
「……春」
「雪解け。動ける時期。立て直す時間もある。そこが本命だ」
レオンはゆっくりと息を吐いた。
「……筋は通っております」
「だろうな」
エドワルドは短く答える。
「父上にも報告しておく」
紙をまとめる。
「はい」
「冬の間は防備の強化と備蓄。そして春に備える」
「了解です」
レオンが頭を下げる。
ふと。手が止まる。
「……」
兄の報告書に視線を落とす。
短い文。何も語らない紙。
「……」
ほんの一瞬だけ、迷いがよぎる。
「……いや」
首を振る。
「問題ない」
自分に言い聞かせる様に呟く。
「状況は読めている。判断も間違っていない」
そう、思う。
どこかで何かが、引っかかっている。
「……」
エドワルドは静かに紙を閉じた。
その違和感はまだ、形にならない。