作品タイトル不明
崩れ始めた内部
給料日前日の夜。
町は静かだった。
武器工房の一角だけは違う。
明かりが灯り、帳簿の確認が行われていた。
「……おい」
責任者ディープが眉をひそめる。
「金の計算が合わん」
「は?」
部下が顔を上げる。
「何言ってんだ。さっき確認したばかりだぞ」
「いや、合わん」
帳簿を叩く。
「ここだ。搬入分と支出が……」
言いかけて、止まる。
「……おい」
嫌な沈黙。
「金庫、開けろ」
「……はい」
鍵を取り出し、開ける。
ギィ……扉が開くが、中を見た瞬間。
「……は?」
空だった。
「な……」
「な、何だこれは!?」
慌てて中を探る。
無い。袋も。箱も。全て。
「ふざけるな!!」
ディープが怒鳴る。
「誰が持ち出した!?」
「し、知りません!」
「鍵はお前が持ってただろうが!」
「い、いえ!確かに閉めました!」
怒号が飛び交う。
その時だった。
「ディープ様!」
別の男が駆け込んでくる。
「どうした!?」
「帳簿が……!」
「何だと!?」
「一部、無くなっています!」
「……は?」
血の気が引く。
「どの帳簿だ!」
「こ、この……」
差し出された帳面をめくる。空白。
本来あるはずの記録が、抜け落ちている。
「……おい」
声が低くなる。
「これは何だ?」
部下達は黙る。
「何だと聞いている!!」
沈黙。
誰も答えない。
「……」
ディープの視線が、ゆっくりと周囲をなめる。
「……なるほどな」
ぽつりと呟く。
「最初から、か」
「え?」
「最初から仕組まれていたな?」
その一言で、空気が凍る。
「金が消える。帳簿も消える。そして——」
ゆっくりと、自分の帳簿に手を置く。
「“合わない部分”だけが残る」
部下の一人が震えた声で言う。
「ま、まさか……」
「……俺がやったとでも言う気か?」
誰も答えない。目が語っていた。
疑いと恐怖。
そして——保身。
「……貴様ら」
ディープの顔が歪む。
「最初からそのつもりだったな?」
「違います!本当に知りません!」
「ふざけるな!!」
机を叩く。
「鍵は俺しか持っていない!帳簿の管理も俺だ!それがこの状況だ!」
荒い息。
「……つまり」
静かに、絞り出す。
「“俺がやった”としか見えん」
沈黙。誰も否定できない。
「……くそが」
その時だった。
外から怒鳴り声が聞こえる。
「おい!まだか!」
「給料はどうなってる!」
「明日支払いだろうが!」
「出せねぇのか!?」
ざわつきが広がる。
「……まずい」
部下が呟く。
「金が無いのが知れたら……」
「終わりだな」
別の男が言う。
「……黙れ」
ディープは低く言った。
もう遅い。
外では既に人が集まり始めている。
「金を出せ!」
「どうなってるんだ!」
怒声が大きくなる。
ディープは歯を食いしばる。
「……誰だ」
誰に向けた言葉かも分からない。
「誰がやった……!」
答えは、どこにも無い。
同じ頃。
少し離れた建物の中。
「……どうやら始まりましたな」
護衛役が呟く。窓の外。
工房の方向が騒がしい。
「だろうな」
シュトライヒは静かに答える。
「金は?」
「確保済みです」
「帳簿も?」
「抜いております」
「よし」
それだけだった。
「……思ったより早いですね」
「いや」
シュトライヒは首を振る。
「遅いくらいだ」
視線を外へ向ける。
怒号から混乱そして疑い。
「人間はな」
ぽつりと呟く。
「壊れる時は、一瞬だ」
静かな声。
「積み上げた物があるほどな」
そして。
「……次だ」
既にその先を見ていた。