作品タイトル不明
帳簿の裏
二週間ほどが過ぎた、ある日のことだった。
町の喧騒がいつも通り流れる中、シュトライヒの元に報告が上がる。
「報告が入りました」
「何だ?」
顔も上げずに返す。
「金の保管場所と、製造された武器の行き先です」
その一言で、空気がわずかに締まる。
シュトライヒはゆっくりと顔を上げた。
「……よし。時期を見て金は盗み出すとして」
一拍。
「行き先は?」
報告役が少しだけ言葉を濁した。
「それが……」
「王都、らしいです」
「……王都か」
低く呟く。一瞬で計算が走る。
距離と警備状況、それと影響を考えると。
「はい。流石に王都となると……」
「だな」
シュトライヒはあっさりと頷いた。
「ここから手を出すには遠すぎる。無理に触れば足が付く」
「……では」
「潔く諦める」
即断だった。
「今はな」
報告役も頷く。
「承知しました」
「で」
シュトライヒは視線を戻す。
「金の方はどうだ?」
「いつでも可能です」
「……ほう」
「配置、見張り、全て把握済みです」
「しかも——」
一瞬、間を置く。
「妙な点が一つ」
「何だ?」
「ディープと言う名の責任者が、水増し請求をしている可能性があります」
「……は?」
思わず声が漏れた。
「水増し?」
「はい」
報告役は書き写した紙を差し出す。
「二重帳簿を確認したと、潜入者から報告が上がっています」
「……」
シュトライヒはそれを受け取り、目を通す。
数字のズレ。記載の違い。
「……なるほどな」
小さく笑った。
「どこにでも居るな、こういう奴は」
「はい」
「戦時だろうが何だろうが、抜く奴は抜く」
紙を閉じる。
「……使えるな」
「え?」
報告役が目を上げる。
「その帳簿も盗み出す」
「……帳簿も?」
「ああ」
シュトライヒは当然の様に言う。
「金だけ盗んでも“盗まれた”で終わる」
「だが——」
指で軽く机を叩く。
「帳簿があれば話が変わる。……内部犯行に見せられる」
「そうだ。金が消える。帳簿も消える。しかも水増ししていた証拠ごとな」
報告役の目が鋭くなる。
「……責任を被せる、と勝手に崩れる」
シュトライヒは淡々と答えた。
「疑い合いが始まる。工房どころじゃなくなる」
一拍。
「一石二鳥だ」
「……見事ですな」
「まだだ」
シュトライヒは首を振る。
「やってから言え」
「はい」
「決行のタイミングは——」
少し考える。
「給料日前日の夜だ」
「……理由は?」
「金が一番集まる」
「そして——」
目を細める。
「消えた時の影響が最大になる」
「……確かに」
報告役は頷いた。
「兵も職人も、騒ぐでしょうな」
「ああ。騒げば騒ぐほどいい。混乱が広がる」
そして。
「疑いが回る」
静かな声。だがその先は見えている。
「それと」
シュトライヒは続ける。
「そのディープって奴の詳細を調べておけ。家族、交友関係、癖。全部だ」
「……処理も視野に?」
「状況次第だ」
短く答える。
「使えるなら使う。使えないなら——」
言葉は最後まで言わなかったが意味は十分だった。
「承知しました」
報告役は深く頭を下げ足音が遠ざかる。
一人残ったシュトライヒは、静かに帳簿を見つめた。
「……面白い」
ぽつりと呟く。敵は外にいる。
「中にもいる」
その歪みを利用する。
「さて」
ゆっくりと立ち上がる。
「どこまで崩れる」
その準備は、整った。