軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

歩く領主と止められた街道

朝。

領主館の空気は、どこか軽かった。

書類の山を前に、領主はふっと立ち上がる。

「さて……私も見に行くとするか」

「……は?」

顔を上げたのはグレゴール。

「領主様、自ら?」

「そうだ」

外套を羽織りながら鼻を鳴らす。

「私とて踏ん反り返ってるだけの石像ではないぞ」

「ですが護衛が——」

「付ければ良い」

くるりと振り返る。

「グレゴール。お主も付き合え」

「……はぁ」

小さく溜め息。

「解りました。たまには息抜きも必要でありますからな」

「ふん。息抜きなどではない」

そう言いつつも。

声色が、ほんの少しだけ柔らいでいた。

グレゴールは気付いている。

——ここ数ヶ月。

領主はほとんど部屋から出ていない。

報告。判断。文書。交渉。

椅子と机の往復だけの毎日。

流石に、人間だ。

気分も滅入る。

……外の空気が吸いたいだけでしょうな。

あえて口には出さない。

長年の付き合いだ。分かっている。

領主の“意地”も含めて。

「では、参りましょうか」

数名の護衛を連れ、一行は馬に乗った。

目指すは。

後方補給村、二箇所。

そして築城した砦、二箇所。

今のグレイス領の“命綱”だ。

最初の村に着くと。

領主は思わず目を細めた。

「……多いな」

街道沿い。荷馬車、荷馬車、荷馬車。

ざっと数十台。商人たちが屯している。

馬を休ませ、火を起こし、飯を炊き——

まるで野営地だ。

「……これは」

グレゴールが眉をひそめる。

「流石に多すぎますな」

「話を聞いて来い」

「はっ」

グレゴールが商人たちの元へ。

しばらくして戻ってくる。

「どうだ」

「……街道に盗賊が出たそうです」

「盗賊?」

「ええ。先で商隊が襲われたとの噂が流れ、三週間ほど足止めを食らっていると」

「三週間?」

「はい。皆、様子見だとか」

領主は顎に手を当てた。三週間。長すぎる。

盗賊が出ただけで、ここまで物流が止まるか?

……妙だな

そのまま二箇所目の村へ。

結果は——

「同じ、か」

「はい」

グレゴールが肩をすくめる。

「こちらも盗賊の噂で足止めだそうです」

ほぼ同時期。

同規模。

同理由。

偶然にしては、出来すぎている。

領主の口元が、ゆっくりと歪んだ。

「……ふふ」

「……領主様?」

「やりおったな、あやつ」

「……?」

「クラウスだ」

グレゴールが「ああ」と小さく声を漏らす。

「報告は一切入っておらぬ」

「確かに」

「本当に盗賊が出たなら、必ず報告が来る」

ならば。答えは一つ。

「噂を流して、止めさせたのだ」

「……意図的に、ですか」

「人目を避ける為だ」

今は築城中。

兵の移動。武器の輸送。資材の集中。

商人がうろついては、全部見られる。

「“盗賊が出た”と言えば、勝手に商人は止まる」

「……確かに、商人は命が一番ですからな」

「強制せず、自然に足を止める」

ニヤリ、と笑う。

「クラウスらしいやり方だ」

真正面から締め出すのではない。

勝手に近付かなくなる状況を作る。

「となると」

グレゴールが言う。

「隣国方面も?」

「ああ」

領主は頷く。

「国境で同じ事をしておるだろう」

物資も情報も。今は遮断したい。

見せたくない。

……あやつめ。

息子の顔を思い出す。

「少し見ぬ間に、随分と狡くなった」

「褒め言葉ですな」

「戦では、な」

領主はゆっくり村を見渡した。

荷馬車。商人。止まった街道。

一見すれば停滞。

だが実際は。

裏で、静かに準備が進んでいる。

「……悪くない」

誰にも気付かれず、牙を研ぐ。

これが今の戦い方だ。

「さて」

手綱を握る。

「次は砦だ。あやつが何処までやったか、この目で見てやろう」

馬が歩き出す。

グレゴールは小さく笑った。

……結局、嬉しそうですな。

息子たちの成長を見るのが。

何よりの“息抜き”なのだから。