軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

沈黙の備え、見えない城

領主館の執務室。

地図の上に、いくつもの駒が置かれていた。

砦。村。街道。補給路。

それらを静かに見下ろしながら、領主は腕を組む。

「……エドワルドめ」

小さく息を吐いた。

「あやつの報告は、いつも“最悪”を前提にして来る」

その最悪が、ほとんど外れない。

王都の混乱。隣領の崩壊。難民の流入。

侵攻の可能性。

どれも、後から現実になった。

「疑い深いのか、勘が良いのか……」

「恐らく両方でしょうな」

横で書類を捌いていたグレゴールが苦笑する。

「……違いない」

領主は地図上の街道を指でなぞった。

二本の太い線。西へ抜ける幹線。

ここが、命綱だ。

「築城だけでは足りぬ」

「はい」

「城が二つあっても、補給が絶たれればただの棺桶だ」

どれだけ堅固な城も食料が尽きれば終わる。

兵より先に、腹が死ぬ。

だから。

「クラウスには、街道沿いの二つの村も要塞化させておる」

「例の補給村ですな」

「ああ」

その二つの村は。単なる農村ではない。

• 兵糧の集積

• 荷馬車の中継

• 負傷兵の後送

• 籠城戦時の後方拠点

いわば——血管だ。

ここが詰まれば。

築城した二つの城も、ただの孤島になる。

「どちらか一つでも潰されれば、全てが崩れる」

「ゆえに両方とも強化、ですか」

「そうだ」

報告書をめくる。

「備蓄は既に通常の三倍。井戸も増設。

外壁も土嚢と柵で二重化」

「ほう……」

「籠城戦も想定しておる」

村人も避難すればそのまま守れる。

小さな城塞。

いや。

「……村という名の砦、だな」

グレゴールが感心したように頷く。

「しかし、築城も随分早かった分人手が回せる」

「ああ」

領主は少しだけ口元を緩めた。

「クラウスめ。南町の建築方法を真似たお陰で」

「規格化、ですか」

「壁、柵、櫓、門。全部寸法を揃えてな。

部材を量産して、組み立てるだけにした」

一から作るのではない。

積み木のように、組む。

だから速い。

「本来なら一月は掛かる規模を、半月足らずだ」

「……恐ろしい速さですな」

「だが悪くない」

速さは、そのまま生存率だ。

しかも。

「また余裕が出た分、擬装まで進めておる」

「擬装?」

領主は笑った。

「外から見ればな」

窓の外を見る。

「ただの倉庫群にしか見えぬ」

「……?」

「納屋、物置、小屋、家畜小屋」

一見すれば、ただの農村。

兵の気配は無い。武装も見えない。

「敵が見れば“ただの村”と判断する」

だが実際は。

• 地下備蓄庫

• 隠し武器庫

• 即席防壁

• 伏兵用の遮蔽物

全部仕込んである。

「……踏み込んだ瞬間、牙を剥く村、ですか」

「そういう事だ」

派手な城より。

気付かれない城の方が厄介だ。

「まるで狐の巣ですな」

「戦は、獅子より狐が勝つ」

淡々と言い切る。

「正面からぶつかる時代は終わった」

王政は無い。大軍も無い。あるのは。

小勢で、如何に生き残るか。

「……エドワルドの影響ですかな」

グレゴールがぽつりと言った。

「南町の作り方。あやつの“無駄を削るやり方”が、皆に伝染しておる」

領主は少しだけ笑った。

「困った息子だ」

「ええ」

「だが」

地図の上に駒を置く。

村。砦。城。すべてが線で繋がる。

「……悪くない布陣だ」

静かな備え。誰にも気付かれず。

だが確実に、牙を研ぐ。

嵐が来るなら来い。簡単には飲み込まれぬ。

「さて……」

領主は椅子に座り直した。

「次は、どこを固めるか」

戦は、もう始まっている。剣を抜かぬ戦が。

静かに、確実に。

領地のあちこちで進んでいた。