作品タイトル不明
兄の築いた盾
領主館の執務室。
朝の光が差し込む中、机の上に一通の報告書が置かれた。
封蝋の印を見ただけで、誰からか分かる。
「……クラウスか」
封を切る。
目を走らせた瞬間、眉が上がった。
「何? もう築城が終わっただと?」
思わず声が漏れる。
横に控えていた グレゴール が静かに頷いた。
「はい」
「如何やら、クラウス様は南町の建築物の建て方を踏まえて、築城にも導入した様です」
「……南町式か」
脳裏に浮かぶ。
規格化。分業。同時並行。
誰がやっても同じ形になる設計。
あの“速さだけに特化した建て方”。
「成る程な……」
椅子に深く腰掛ける。
「本来なら、早くても一ヶ月近くは掛かる。それを……たった二週間ほどでか」
「はい。まだ急造ではありますが、機能的には問題ないとの事です」
「急造で十分だ」
どうせ時間は無い。
「建築が早まった分、さらに防御を固める事が出来ると書かれております」
「ふふふ……」
思わず笑みが漏れる。
「しかも二箇所だぞ? この速さで」
北からの侵攻路。二本の街道。
その両方を塞ぐ砦。
「……やるな、あいつ」
ぽつりと呟く。
弟が前線で泥だらけになっている間に、兄は兄で、着実に“国の盾”を作っている。
「如何やら奴も、色々と学んでいた様だな」
「その様で」
グレゴールは続ける。
「同時に兵のクロスボウ訓練も開始との事です」
「もう始めたか」
「更には、国境から城までの街道途中にも、待伏せ用の簡易柵を設置中との事」
「……」
思わず、報告書を持つ手が止まる。
「私の指示を……更に細かく、か」
そこまで読んでいたか。
街道戦。遅滞戦術。
削って、削って、最後に砦で受ける。
こちらが頭の中で描いただけの“構想”を、
クラウスは、既に形にしている。
「……兄弟だな」
小さく笑う。
言葉にせずとも、同じ発想に辿り着いている。
「正直、これほどとは思っていませんでした」
グレゴールが素直に言う。
「あの方はどちらかと言えば“正攻法”の方ですから」
「……ああ」
昔のクラウスは、真っ直ぐだった。
騎士の様に堂々と正面から。
だが今は違う。
「回り道も、汚れ仕事も、必要ならやる……か」
弟の背中を見て、変わったのか。
それとも、最初から隠していただけか。
「頼もしいな」
「はい」
「これで北は時間が稼げる」
もし隣国が動いても。
即侵入、即崩壊にはならない。
「……エドワルド様の警告が活きましたな」
グレゴールが静かに言う。
「でなければ、ここまで早くは動かなかったでしょう」
エドワルドの警告。王都崩壊。
侵攻加速の可能性。
それが、父と兄を本気にさせた。
「……皮肉なもんだ」
「と、言いますと?」
「王が居なくなったお陰で、皆、本気になった」
王政に頼れない。助けは来ない。
だから、自分達で守るしかない。
「小さな国が、いくつも生まれた様なものだ」
「まさに戦国ですな」
グレゴールの言葉に、深く頷く。
「……悪くない」
「?」
「少なくとも、“誰かの命令待ち”じゃない」
自分で考え、自分で決め自分で、責任を取る。
「生きるか死ぬかが、他人任せじゃない」
それは、ある意味。
「……自由だ」
窓の外を見る。遠く、北の空。
そこに兄が築いた砦がある。
「盾は出来た」
ならば。
「次は、こちらの番だな」
エドワルドは報告書を静かに畳んだ。
兄が守る。弟が動く。
グレイス家は、もう止まらない。
王のいない時代でも——
この領地だけは、絶対に潰させない。