作品タイトル不明
立ち上がる前の足場
朝の空気が、少しだけ柔らいできた。
元領主館の町――臨時拠点。
炊き出しの煙が細く上がり、子供の笑い声が混ざる。
ほんの少し前までは、呻き声と咳ばかりだった場所だ。
それだけで、奇跡みたいな変化だった。
「……大分、顔色が戻ってきたな」
エドワルドは広場を見下ろしながら呟いた。
鍋を運ぶ女。水を汲む男。
子供の手を引いて歩く老人。
まだ痩せてはいる。
だが、もう“死にかけ”の顔ではない。
生きる人間の顔だ。
レオンが横に立つ。
「最初に見た頃とは別人ですな」
「ああ」
「あの時は、正直半分は駄目かと思ってました」
「言うな……」
苦笑する。
自分も同じ事を思っていたからだ。
だが。
問題は、ここからだった。
「……さて」
腕を組む。
「体力は戻ってきた」
「はい」
「本来なら」
指を折る。
「田畑の経験がある者は畑へ。
商売の経験がある者は商いへ。
職人は工房へ」
それが普通の“復興”だ。
「……現実は、そう簡単じゃない」
レオンが頷く。
「ええ」
町の外を指す。
「外はまだ野盗がうろついてます。昨日も二件追い払いましたしな」
「畑に出た瞬間、襲われる可能性がある」
「商売も同じです。街道は安全とは言えません」
つまり。働きたくても、働けない。
「結局、まだ“保護民”のままだな……」
エドワルドは小さく息を吐いた。
助けた。救った。
「自立は、させられていない」
それが現実だった。
広場の端で。
老人が鍬を手にして、地面を見ている。
土を触って。
また戻す。
「……畑に出たいんだろうな」
「でしょうな」
「体が動くのに、何も出来ないのが一番つらい」
分かる。
守られるだけってのは、思った以上に苦しい。
「エドワルド様」
レオンが言う。
「焦らん方がいい」
「……焦ってる顔してるか?」
「ええ」
即答だった。
「完全に“早く立て直さねば”って顔です」
図星だ。苦笑する。
「……そんなに分かりやすいか」
「分かりやすいです」
肩をすくめる。
「ですが、今はまだ“回復期”です。無理に動かせば、また倒れます」
「……だな」
兵でも同じだ。
怪我人を無理に戦場に戻せば、死ぬ。
民も同じ。
「順番を間違えるな、か」
「はい」
エドワルドは考える。今やるべき事は何だ?
畑を広げる?商いを再開?
違う。
「……まずは、安全の確保か」
「ええ」
レオンが頷く。
「野盗を減らす。巡回を増やす。道を押さえる」
「外が安全になって、初めて“生活”が始まる」
「はい」
つまり。まだ戦時。復興の前に、治安。
「……面倒だな」
「戦場よりはマシでしょう?」
「それもそうか」
少し笑う。広場を見る。
少しずつ。少しずつ。人が動き始めている。
子供が走る。女が洗濯する。男が木を運ぶ。
まだ小さい。だが確かに。
「……町に戻ってきてる」
「はい」
「ゼロじゃない」
それで十分だ。
「レオン」
「はっ」
「当面は“軽作業”からだ」
「軽作業?」
「壁の補修、道の整備、井戸の清掃」
指折り数える。
「町の中で完結する仕事だ。危険が少ない」
「ああ……」
レオンがニヤリと笑う。
「リハビリですな」
「そんなもんだ」
「体も戻る。町も整う。一石二鳥だ」
「そういうこと」
「……さて」
空を見上げる。まだ道は遠い。
死を待つだけの集団から。
“生き直そうとしている町”に変わってきた。
それだけで、十分な前進だ。
「焦るな、エドワルド」
自分に言い聞かせる。
「立たせる前に、足場を作れ」
町づくりは。戦より、ずっと時間がかかる。
その時間こそが――
守った意味になるのだから。