作品タイトル不明
王都の灰
偵察隊が戻ったのは、昼前だった。
門番が慌てて駆け込んでくる。
「王都偵察隊、帰還しました!」
思わず椅子から立ち上がる。
「……そうか。すぐ通せ」
喉が妙に渇いている。
良い報告でないことは、もう分かっていた。
戻ってきた連中の顔が——
それを物語っていたからだ。
部屋に入ってきた三人は、土埃まみれだった。
鎧には煤。外套は破れ。
そして何より。
全員が、疲れ切った顔をしている。
「ご苦労だった。座れ」
「いえ、このままで結構です」
隊長が首を振る。
その仕草だけで、胸が重くなった。
「……如何だった?」
短く問う。少しの沈黙。
そして。
「酷いものです」
声が低い。
「……焼け落ちていました」
「……」
やはり、か。分かっていた。
覚悟もしていた。それでも——
実際に言葉にされると、腹の奥が冷える。
「……そうか」
それしか言えなかった。
「外壁の一部は崩落。城門は焼失。市街地は……ほぼ全域が焼け跡です」
「ほぼ、全域……」
「建物は骨組みだけ。石造りも熱で崩れています。瓦礫と灰の山です」
あの王都が。何度も訪れた。
賑わっていた市場。石畳の大通り。王城。
それが全部、灰。
頭が追いつかない。
「……遺体は?」
聞くのが怖かった。
だが聞かなければならない。
隊長が目を伏せる。
「残念ながら……多数」
「……」
「焼失が激しく、数の把握も不可能です。身元の判別も……」
「……そうか」
拳に力が入る。助けられなかった。
間に合わなかった。分かっている。
それでも、悔しさが滲む。
「……生きている人は?」
最後の望みだった。
「広過ぎて、全ての確認は不可能です」
「……だろうな」
王都は一つの町じゃない。
一つの“都市”だ。
三人で探し切れる規模じゃない。
「ですが」
隊長が続ける。
「痕跡はありました」
「痕跡?」
「焚き火の跡。簡易的な寝床。最近使われた形跡です」
顔を上げる。
「……生存者か」
「恐らく」
わずかでも。それだけで救われる。
「数万人が暮らしていたんだ」
自分に言い聞かせるように呟く。
「いくら何でも、全滅なんてあるか。どこかに隠れているはずだ」
「私もそう思います」
「地下や、石造りの建物、下水道……生き延びている者はいるはずです」
「他の領地に逃げた可能性は?」
「十分にあります。街道には人の移動跡が多数ありました」
「難民か……」
どこも同じだな。
王都も、村も、皆バラバラに散っていく。
王が消えた瞬間。
国は、砂みたいに崩れた。
少し迷ってから、聞く。
「……例えばだ」
三人を見る。
「王都を……元王都へ占領に向かった場合」
自分でも無茶な質問だと思う。
それでも、考えなければならない。
「あそこは象徴だ」
王都を押さえれば、正統性も得られる。
旗印にはなる。
「維持は可能か?」
即答だった。
「不可能です」
「……理由は?」
「まず広すぎます。守備兵が圧倒的に足りません」
指を折りながら説明する。
「建物は崩壊。井戸は埋まり、水源も不安定。食料保管庫は焼失。」
そして、静かに。
「……あの惨状ですと、修復するより新しく建てた方が早いかと」
「そこまでか……」
「はい」
迷いの無い返事。
「正直に言えば」
隊長が周囲を見る。
「まだ、ここ——この町の方が遥かにマシです」
苦笑が漏れた。
「天下の王都より、うちの方がマシか」
「皮肉ですが」
「いや……現実だな」
王都は“過去”だ。もう戻らない。
だったら。
「……無理に取り戻す必要はないな」
小さく呟く。
「あそこは墓場だ」
守る場所じゃない。
「俺達が守るのは、今生きてる人間だ」
曙町。
南町。
ここにいる連中。
灰の都より、笑ってる畑の方が価値がある。
「ご苦労だった。ゆっくり休め」
「はっ」
三人が去る。一人残される。窓の外を見る。
煙は無い。人の声がある。鍬の音がする。
生きている音だ。
「……王都、か」
あれだけ大きかった都が消えた。
なら。小さな町が、次の時代を作るしかない。俺達みたいな、ちっぽけな領地が。
「時代ってのは、皮肉だな」
静かに息を吐く。灰の都の代わりに。
この小さな場所を——守り抜くしかない。