作品タイトル不明
父の決断、国境の備え
「……ふっ」
書状を読み終えた男は、小さく笑った。
「如何しましたか?」
向かいに立つ老臣――グレゴールが首を傾げる。
「エドワルドからの文だ」
「ほぅ」
「希望する者と資材を送ってくれと。しかも……金まで同封してきおった」
机の上。革袋がどさりと置かれている。
中身は金貨。相当な額だ。
「元領主館まで進出した様だが、そこで何やら見つけたらしいな」
「戦利品……ですか」
「恐らくな」
くっくっと喉を鳴らす。
「しかもその金を自分の為でなく、領民の為に使うと言う」
窓の外を見る。遠くの畑で、民が働いている。
「あいつらしい」
誇らしさを隠しきれない声だった。
「早速、手配をしてくれ。グレゴール」
「食料、農具、種芋、家畜、鍛冶資材……必要な物は一通りですね」
「ああ。出し惜しみするな。再建が早いほど、あちらは強くなる」
「解りました」
老臣は静かに頭を下げた。
これで一件落着。
そう思った、次の瞬間だった。
「至急!! 領主様にお目通りを!!」
廊下の向こうで怒鳴り声。慌ただしい足音。
「如何した? 通せ!」
息を切らした伝令が飛び込んでくる。
「エドワルド様より……早馬にて、追加の書状です!」
「またか?」
眉をひそめる。
「しかも早馬……何かあったか?」
嫌な胸騒ぎ。封を切る。紙を広げる。
そして――
「……ん?」
目が細くなる。読み進め。止まる。
「…………」
部屋の空気が重くなった。
「如何しましたか?」
「これを読め」
無言でグレゴールへ渡す。
老臣は目を走らせ――
やがて、表情が変わった。
「……確かに」
静かな声。
「エドワルド様のご指摘は……十分可能性があるかと」
書かれていたのは。
王国崩壊。統率消失。抑止力消滅。
そして。
『隣国から侵攻の恐れあり』
単なる憶測ではない。
軍事を知る者間の、極めて現実的な分析だった。
「……そうだな」
父は椅子に深く腰掛ける。天井を見上げる。
「王国軍が消えた今、国境は“空白地帯”だ」
「はい」
「向こうが攻めぬ理由が無い」
沈黙。やがて。静かに決断が下る。
「うちより北領地に文を送れ」
「北へ?」
「ああ。念の為だ。共同防衛の打診をしておく」
「了解」
「我が領の街道は二本……」
地図を広げる。指でなぞる。
「補給線はここだ」
「はい」
「街道の両脇は深い森。伏兵には最適だな」
「……敵に使われれば厄介です」
「ならば、こちらが先に使う」
グレゴールがニヤリと笑った。
「防御陣を?」
「ああ」
声に迷いは無い。
「街道沿いに防塁を築く」
「伐採、空堀、柵、見張り台……」
「弓兵とクロスボウ兵の配置点も作れ」
「承知しました」
「橋は全て点検。最悪、落とせるよう細工を」
「徹底します」
「兵の再編もだ。農兵を予備役として組み込め」
矢継ぎ早に命令が飛ぶ。
もう平時ではない。完全に戦時思考だった。
「人員と資材の手配を。細かくは私より後から通達する」
「はい」
グレゴールは深く頭を下げ、すぐに動き出す。
扉が閉まり。部屋に一人。
父はぽつりと呟いた。
「……成長したな、エドワルド」
昔は剣ばかり振っていた少年が。
今は、国の未来を読んでいる。
「先に気付いたのはお前か」
ふっと笑う。
「親より先に国を案ずるとは……生意気な」
だが。
その目は、どこまでも誇らしげだった。
窓の外。風が強く吹き始める。
木々がざわめく。
まるで。戦の足音のように。
「よし」
静かに立ち上がる。
「来るなら来い」
領主の目になる。
「我が領は、簡単には踏ませぬ」
国境防衛。その準備が、静かに始まった。