作品タイトル不明
砦となる町
戦闘が終わった翌朝。
まだ焦げた匂いの残る通りで、エドワルドは腕を組んで町を見渡していた。
瓦礫。崩れた壁。焼け落ちた屋根。
かつては領主館を中心に栄えていた町も、今はただの廃墟だ。
だが。
「……いや」
小さく首を振る。違う。
これは廃墟ではない。
「使える」
そう呟いた。レオンが横に立つ。
「エドワルド様?」
「ここは捨てるには惜しい」
石造りの建物が多いし道幅も広い。
井戸もある。そして何より——位置だ。
王都と各方面を繋ぐ中継点。
軍事拠点としては申し分ない。
「ここを前線基地にする」
「完全に要塞化だ」
レオンがニヤリと笑った。
「やっと本腰ですな」
「昨日の連中みたいなのがまた来る。今度はもっと多いかもしれん」
「なら、最初から攻める気を失くさせる町にする」
すぐに指示が飛ぶ。
「建築班! 入口の馬車と瓦礫を使ってバリケードを組め!」
「大工経験者は柵の増設!」
「槍兵は見張り塔の設置補助!」
「女隊は屋根上の狙撃位置を固定化しろ!」
町中が一斉に動き出した。
ギコギコと木を切る音。
石を運ぶ掛け声。ハンマーの連打。
昨日まで避難民だった人々が、今は“町を守る側”になっている。
「ここは安全だ」
そう信じられる場所を作るために。
レオンが報告する。
「四方の通りを三か所に絞ります。侵入経路を限定すれば守りやすい」
「いい。袋小路を作れ」
「了解」
「それと井戸の周囲に倉庫を作る。水と食料は中心に集中管理だ」
「兵糧攻め対策ですな」
「籠城前提で考える」
レオンが吹き出した。
「完全に城主の発想ですな、閣下」
「もう前線指揮官だろ」
苦笑する。その時。
遠くで子供の笑い声が聞こえた。
振り向く。
保護した住民たちが、瓦礫を片付けながら話している。
「ここ、また住めるかな」
「畑作れそうだな」
「井戸が生きてるなら助かる」
希望の声だった。エドワルドは静かに思う。
——ただ守るだけじゃ駄目だ。
人が戻らなければ、町は死ぬ。
「レオン」
「はい」
「畑を作る土地も確保しろ。町の外周だ」
「農地も同時進行で?」
「ああ。兵だけの砦は長持ちしない。人が住む町にする」
「……なるほど」
戦える町。暮らせる町。その両立。
それが目指す形だった。
一通り指示を終え。一人になった時。
ふと、胸の奥がざわついた。
「……ん?」
違和感。引っかかる。何かを忘れている。
考える。そして。唐突に、記憶が蘇った。
前世の——いや、この世界の未来の記憶。
「……待てよ」
小さく呟く。俺の記憶では。
各地で反乱が起こり、王政の統率が弱まり、
国は分裂寸前になった。
そして——
我が領と接している隣国が侵攻。
父と兄が出撃し……
そして、戻らなかった。
あの報せ。母の泣き崩れる姿。
焼き付いて離れない。
だが。
今、この世界はどうだ?
「王国自体が……もう崩壊している」
王都は落ちた。騎士団は散り散り。
統治機構は機能停止。
つまり。
「統率が弱まる」どころではない。
もう“空白”だ。
その瞬間に背筋に冷たいものが走った。
「……となると」
隣国は?
今までは王国軍が抑止力だった。
だがそれが消えた。守る者のいない軍隊。
「侵攻が……早まる?」
いや。早まるどころか——
「今すぐ来てもおかしくない……!」
最悪の想定が頭をよぎる。
この前線整備も意味がなくなる。
本命は国境。
父と兄がいる、あの地だ。
「レオン!」
「はっ!」
「早馬を出せ!」
「どちらへ!?」
「我が領都だ!」
強く言い切る。
「父上に警告する」
「隣国が動く可能性がある。国境防備を固めろと伝えろ」
レオンの目が鋭くなった。
「……本気ですな」
「ああ。嫌な予感がする」
未来を知る者だけが感じる、あの胸騒ぎ。
同じ結末にはさせない。
絶対に。
「急げ。今日中に出せ」
「了解!」
レオンが走り去る。
エドワルドは空を見上げた。
曇天。重たい雲。
まるで戦の匂いが漂ってくるようだった。
「……今度は」
小さく拳を握る。
「誰も死なせない」
町は砦へ。そして。戦いは、国境へと広がろうとしていた。