作品タイトル不明
名を与えるということ
地図の上に、小さな石を置く。
元領主館の町。そして、補給拠点にしているあの町。二点を線で結ぶ。
「……流石に」
エドワルドは腕を組んだ。
「いきなり、ここの町に人を呼ぶのは不味いな」
レオンが頷く。
「ですな」
「野盗でも出たら守りきれん。兵力が足りない」
今いるのは百名程度。臨時司令部としては十分だが、町を守るには心許ない。
老人、女、子供まで抱え込めば——
守備線は一気に崩れる。
「守れない保護は、ただの見殺しだ」
苦い声が漏れた。
「となると……」
視線が自然と、もう一つの石へ向く。
補給の町。最初に立て籠もりの生存者を救い、今は炊き出しと物資が集まっている場所。
「……あっちの方がまだ安全か」
「兵力もそこそこありますしな」
団員。民兵。女性クロスボウ隊。
三百以上が駐留している。
簡易ながら、防壁も整備済み。
「しばらくは、あそこを中心に人を集めるべきか」
「妥当かと」
エドワルドは、ふと顔を上げた。
「レオン」
「はっ」
「我々が補給の町とした所だが……なんて町だ?」
「……あー」
珍しくレオンが言葉を濁した。
「何だ?」
「いえ……その……」
頭を掻く。
「滅びた町ですからな」
「……」
「ですので」
さらりと言う。
「エドワルド様が付けても宜しいのでは?」
「はぁ??」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「俺が?」
「はい」
当然のように頷く。
「今あそこを守っているのは我々ですし、今後人を集めるなら中心地になります」
肩をすくめる。
「古い名より、新しい名の方が皆も気分が良いでしょう」
「……」
確かに。
滅びた町の名前をそのまま使うのも、縁起が悪い。
焼け落ち、飢え、死体が転がっていた場所。
そんな記憶に縛られた名前より。
新しい名前の方が——
「……やり直せる、か」
ぽつりと呟く。名前とは不思議なものだ。
呼び方が変わるだけで、場所の意味が変わる。
「昔の名前よりも……新しい町、か」
助けられた民。ここで再出発する人々。
なら。
「希望がある名の方がいいな」
レオンがニヤリと笑う。
「らしいですな」
少し考える。難しい名はいらない。
覚えやすくて、口に出しやすくて、意味が真っ直ぐなもの。
「……よし」
顔を上げる。
「『 曙(あけぼの) 町』にする」
「曙、ですか」
「ああ」
ゆっくりと言葉にする。
「夜が明ける最初の光だ」
滅びの後。
最初に灯った火。
最初に助けた命。
最初に笑い声が戻った町。
「ここから全部やり直す」
地図の上に、指で円を描く。
「この戦線の始まりの町だ」
レオンは、しばらく黙ってから。
小さく笑った。
「……悪くない」
「不満か?」
「いえ」
首を振る。
「傭兵稼業長いですが……」
外を見る。
煙が上がり人が動き、子供が走っている。
「あんな“希望の名前”を付けられた町は初めてです」
エドワルドは小さく息を吐いた。
「決まりだ。文官に通達しろ」
「はっ」
「以後、あそこは——曙町だ」
滅びた町がこの瞬間。
初めて“生きた町”になった気がした。