作品タイトル不明
前線拠点
炊き出しの煙が、ゆっくりと空に上がっていた。鍋の匂い。子供の泣き声。水を飲む音。
さっきまで死にかけていた町に、少しずつ“生活”が戻ってくる。
だが——
ここは安全地帯ではない。
偶然、まだ奪われていなかっただけの場所だ。
「……レオン」
「はっ」
横に立つレオンを呼ぶ。俺は町全体を見渡しながら言った。
「この町を、補給の一次拠点とする」
レオンは一瞬だけ周囲を確認し、すぐ頷いた。
「解りました」
即答だった。
「建物は多い。井戸も生きている。壁もそこそこ高い。籠城実績もある。拠点には最適ですな」
俺も同意見だ。廃村では意味がない。だがここは違う。まだ“守れる形”をしている。
「食料は?」
「三日は持ちます。南町からの補給を合わせれば、一週間は確実に回せますな」
「十分だ」
一週間あれば、動ける。
「領主館まではどの位だ?」
レオンは少し考え、地図を頭に描くように目を細めた。
「街道を使えば……三日半。強行軍なら三日。
馬なら二日といったところでしょう」
三日。思ったより近い。
「となると……」
俺は町の外を見る。分岐する道。
南へ、東へ、北へ。
「ここを拠点にすれば、他の町や村の偵察にも行けるか?」
「可能です」
レオンは頷く。
「半日圏内に、あと三つほど集落があります」
「三つもあるのか」
「ええ。地図上では」
その言い方。
「……実在していれば、か」
「はい」
沈黙。
地図の上にあっても、もう存在していない町はいくらでもある。
「ですが」
レオンが続けた。
「兵力を余り分散させるのは不味いかと」
「理由は?」
「この町は守れますが、“点”です」
足で地面を軽く叩く。
「周囲は空白地帯。どこから野盗が来てもおかしくない。三百七十人を三つに割れば、百ちょっと」
苦笑する。
「百では町一つ守るのが精一杯です」
「……確かに」
俺たちは軍ではない。即席民兵だ。
数で誤魔化しているだけ。
分けた瞬間、脆くなる。
「なら基本はここに主力を置く」
「はい」
「偵察は小規模か、団員中心だな」
「それが妥当でしょう」
俺はゆっくり息を吐いた。救助に来たはずなのに。やっている事は、もう完全に軍事行動だ。
拠点設営。補給線確保。偵察。
まるで前線だ。
「……前線、か」
自然と口から漏れた。
レオンがニヤリとする。
「戦場の匂いがしてきましたな」
「嬉しそうに言うな」
「傭兵ですので」
肩をすくめる。
「ですが安心してください。今のところ“勝てる匂い”です」
「勝てる時と勝てない時、空気で分かるんだったな」
「ええ」
即答。
「今はまだ、こちらが主導権を握ってます」
なら。今のうちだ。敵?が整う前に。混乱が収まる前に。助けられるだけ助ける。
「……よし」
決めた。
「この町を前線拠点とする」
声を張る。
「防衛班、柵と見張り台を設置!炊き出し継続!軽装班は周辺偵察準備!」
民兵たちが動き出す。鍋をかき混ぜる者。槍を持って配置に付く者。木材を運ぶ者。
さっきまで“救われる側”だった人間も、
自然と手伝い始めている。
「……不思議なもんだな」
「何がです?」
「助けたはずなのに、もう戦力になってる」
レオンは笑った。
「守られた人間ほど、次は守る側に回りますからな」
その言葉に。少しだけ、救われた気がした。
遠くの空を見る。王都の煙は、もう見えない。
だが。
ここから先は、全部俺たちの責任だ。
「……進むぞ」
もう、誰も止めない。この町が俺たちの最初の足場になった。