軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誰もいない故郷

侵攻——

その言葉だけは、どうしても使う気になれなかった。俺たちは奪いに来たんじゃない。

助けに来た。そうだ。これは救助だ。

自分にそう言い聞かせながら、隣領へと続く街道を進む。

朝靄が薄く残る中、三百を超える足音だけが土を踏み締めていた。

やがて。前方に、最初の村が見えてきた。

「あれが……」

誰かが小さく呟く。

柵。畑。井戸。煙突のある家々。

形だけ見れば、どこにでもある普通の村だ。

だが——

「……煙が、無いな」

誰かが言った。その一言で全員が察した。

炊事の煙が無い。家畜の鳴き声も無い。

人の気配が、まるで無い。

遠目からでも分かる。

——死んだ村だ。

その時。数名が、ふらりと隊列から離れた。

「おい、待て——」

レオンが声を掛けかけて、止めた。

俺も、止めなかった。

本来なら規律違反だ。

厳しく叱責するところだ。

だが——

誰も、何も言わない。あの背中。

あの歩き方。

……恐らく、この村の出身なのだろう。

帰ってきたのだ。家族の元へ。

故郷へ。皆、言葉に出さない。

だが心情は同じだった。

「居ない」と分かっている。

それでも——確認せずには、いられない。

それが人間だ。

やがて村へ入る。足音がやけに響く。静かすぎる。風が、戸板を揺らす音だけ。

家の扉は開いたまま。荷物は散乱。

鍋は転がり。畑は枯れ放題。

……生活が、途中で止まっている。

「……連れ去られたか」

「逃げたか」

「それとも……」

誰も続きを言わない。井戸の横で、一人の男が膝をついていた。志願兵の一人だ。

ただ、地面を見つめている。

そこには、小さな木彫りの玩具。

子供の物だろう。男はそれを拾い、強く握りしめた。

声は出さない。ただ、肩が震えていた。

俺は目を閉じる。遅かった。

助けに来たはずなのに。もう、誰も居ない。

救助とは、間に合って初めて意味がある。

間に合わなければ——ただの後悔だ。

胸の奥が、重く沈む。

「……レオン」

「はい」

「生存者の捜索。食料と水の確認。

使える建物があれば一時拠点にする」

「はっ」

命令は出す。止まっている暇はない。

ここが空なら、次へ行くだけだ。

まだ、助けられる命があるかもしれない。

それだけが、俺たちが進む理由だ。

去り際に振り返る。静まり返った村。

帰れなかった人々の故郷。

「……遅れて、すまない」

誰に向けたのか分からない言葉が、自然と零れた。そして俺たちは、再び歩き出す。

三百七十七の足音が。

今度は少しだけ、重くなっていた。

村を後にし、隊列は再び街道を進む。

誰も口数が少なかった。

さっきの光景が、まだ胸の奥に残っている。

助けに来たはずなのに、助ける相手が居ない。あの虚しさは、思った以上に堪える。

「……次は町のはずです」

隣を歩く志願兵の一人が、小さく言った。

記憶を辿るような声だった。

やがて。

視界の先に、建物の影が見え始める。

「あれは……」

今度は村ではない。規模が違う。

石壁。二階建ての建物。

小さな広場らしき空間。

簡素だが、確かに“町”と呼べる大きさ。

百や二百では済まない人間が暮らしていたはずの場所。

だが——

「……煙が、無い」

誰かが呟いた。

炊事の煙も。鍛冶の炉の煙も。生活の匂いも。

何も無い。

火災の跡は見えない。

黒煙も、焦げた臭いも無い。

つまり。

「燃えてはいない……」

「……だが」

「生活も、無い」

静かすぎる。風が吹き抜ける音だけが、やけに大きい。人の気配が、まるで感じられない。さっきの村とは違う。

規模が違う分——

余計に、不気味だ。もしここが全滅しているのだとしたら。消えた人数は、村の比ではない。

「レオン」

俺が視線を向けると、既に彼は状況を読んでいた。

片手を上げる。

「全隊、停止」

ピタリと足音が止まる。

「警戒態勢」

空気が変わった。さっきまでの沈痛な空気とは別物。今度は、張り詰めた緊張。

「前進は索敵しながら行う。三人一組。死角を作るな」

低く、よく通る声。完全に“傭兵団長”の顔だ。

「建物の中は不用意に入るな。屋根、窓、路地裏——上と横を常に見ろ」

「はっ!」

志願兵たちの背筋が伸びる。さっきまで“元農民”だった者たちが。今は、兵の顔になっている。

レオンが小声で俺に言った。

「……嫌な静けさです」

「ああ」

「無人の町ほど、危険な場所はありません。略奪者か、野盗か、それとも……」

言葉を濁す。死体だらけ、という可能性もある。

「ゆっくり行きます」

「任せる」

俺は頷いた。救助のために来た。

だが——

ここから先は、何が出てもおかしくない。

村の“喪失”とは違う。

これは。

「嵐の前の静けさ」だ。

「……前進」

レオンの号令。三百七十七の足音が、再び動き出す。今度はゆっくりと。

武器を握り締めながら。

人気の無い町へ——

まるで、飲み込まれるように足を踏み入れた。