作品タイトル不明
守られる者たちの手
朝靄の残る南町へ、エドワルドはレオンと共に馬を走らせていた。
吐く息が白い。
まだ早い時間だというのに、町は既に動いている。
あちこちで槌の音。鍬が土を打つ音。
子供の声。
——生きている音だ。
「……賑やかになりましたな」
隣でレオンが小さく笑う。
「ああ」
三千を超える人が住む町。
ほんの数か月前まで、何も無かった土地とは思えない。
「ここまで戻したのは、エドワルド様ですよ」
「違う」
首を振る。
「この人たち自身だ」
俺は場所を用意しただけだ。
立ち上がったのは、彼らだ。
だから——
「……その力を、借りる」
広場に着く。
既に文官が簡易の台と机を並べていた。
紙、筆、名簿。準備は整っている。
「始めましょうか」
レオンが腕を鳴らした。
俺は台の上に立つ。
ざわざわと、人が集まり始める。
職人。
農夫。
女たち。
年寄り。
そして、若い男たち。
皆、何事かとこちらを見る。
静かになったところで、口を開いた。
「——聞いてくれ」
広場が凍る。
「隣領は、既に統治が崩れている」
ざわめき。
「王都は炎上。領主も死亡した可能性が高い」
息を呑む音。
「……多くの民が、まだ取り残されている」
視線が集まる。逃げてきた者も多い。
家族や友人を、置いてきた者もいる。
「俺たちは保護を続ける」
はっきりと言う。
「これは侵略ではない」
間違いなく、本心だ。
「——保護だ」
一拍。
「食料と治安を持って、助けに行く」
レオンが横で腕を組む。
「そのための志願兵を募る」
広場がざわつく。
「強制はしない」
声を強める。
「家族がいる者、畑がある者、無理に来る必要はない」
静寂。
「だが」
拳を握る。
「守られるだけで終わりたくない者。
今度は誰かを守りたいと思う者」
胸が熱くなる。
「力を貸してくれ」
——沈黙。風だけが吹く。
……集まらなかったら、どうする。
その不安が、頭をよぎった瞬間。
「……俺、行きます」
若い男が一人、前に出た。
鍛冶屋の息子だ。
「助けてもらったんだ。今度は俺が助ける番だろ」
「……俺も」
「うちの弟がまだ向こうにいる」
「剣なら扱えます」
一人。
また一人。
気付けば。
ぞろぞろと前に出てくる。
足音が、止まらない。
レオンが小声で呟く。
「……思ったより多いですな」
「……ああ」
胸の奥が、熱くなる。
「数えろ」
「はっ」
文官が慌てて名簿を取り始める。
名前。
年齢。
経験。
レオンは既に切り替わっていた。
「剣経験者は右! 弓は左!
未経験者は中央! 体力テストからだ!」
声が飛ぶ。
「三十人単位で班編成!」
「元兵士経験者は前へ! 教官に回す!」
完全に軍人の顔だ。頼もしい。
俺は文官を呼んだ。
「数名、レオンに付けろ。記録と補給管理だ」
「了解しました」
「武装庫からの搬出も始めろ。槍と盾を優先だ」
「はっ」
広場は、いつの間にか訓練場になっていた。
木剣が振られ。掛け声が響き。
汗の匂いが立ち上る。
——守られていた人間たちが。
今。武器を手にしている。
レオンが戻ってきた。
「第一次集計ですが……」
紙を渡される。
「志願、三百二十七名」
「……!」
想定より、多い。
「十分すぎますな」
にやりと笑う。
「私の五十と合わせて三百七十超え。
軽く一個中隊規模です」
南町の空を見上げる。この町が。
この人たちが。
——俺たちの兵力。
「……守るための力、か」
小さく呟く。もう、逃げるだけの集団じゃない。俺たちは。自分たちの足で立ち。
自分たちの手で。誰かを助けに行く。
その準備が、今。
静かに整い始めていた。