軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

守るための野心

執務室の扉の前で、足が止まった。

ノックをする前に、一度だけ息を吐く。

これを開けば。

もう、後戻りは出来ない気がした。

——コンコン。

「……入れ」

いつも通りの、低く落ち着いた声。

扉を開ける。

父上は書類に目を落としたまま、顔を上げなかった。

「珍しいな。お前がこの時間に来るとは」

「……少し、相談が」

「ほう?」

そこでようやく、視線がこちらに向いた。

鋭い。相変わらず、全てを見透かす目だ。

俺は、隠さず話した。

王都崩壊の可能性。

隣領主死亡。

統治不能。

難民の増加。

そして——

「……隣領へ、進出する選択肢があります」

静まり返る室内。言ってしまった。

もう引き返せない。

「名目は救助と保護。食料供給と治安回復」

淡々と続ける。

「ですが……実質は制圧です」

「…………」

「兵は南町から三百。レオンの軍団五十。

正規軍が居ても統率は取れていないはず。

勝率は高いと判断しています」

数字。

配置。

想定。

全て説明した。

気付けば、まるで軍議だ。父は一言も挟まない。最後まで黙って聞いていた。

やがて。

ふっ、と小さく笑った。

「……なるほどな」

椅子にもたれ、腕を組む。

「表向きは救助、か」

「はい」

「お前の本心は?」

「…………」

言葉が詰まる。救いたい。本当だ。

だが。

それだけでは、ない。

「……分かりません」

正直に言った。

「助けたいとも思っています。ですが……機会だとも思っている」

「取れる、と」

「……はい」

父は、また小さく笑った。

怒りでも呆れでもない。

どこか、懐かしむような笑みだった。

「守るだけでは、守れないと理解したか」

「!」

胸が、跳ねた。

「領地というのはな、エドワルド」

静かに語る。

「縮こまっていて守れるほど、甘くない」

窓の外を見る。遠くの空。

「他が崩れれば、必ず波は来る。

受け身の者から沈む」

一拍。

「ならばどうするか」

父の目が、真っ直ぐこちらを射抜く。

「波を叩き割るか?飲み込む前に、こちらが飲み込むかだ」

重い言葉だった。

「この世に、大きさはどうあれ」

父は続ける。

「野心の無い人間など居らん」

「……」

「領主なら尚更だ」

否定しない。責めもしない。

ただ、当たり前の事として言った。

「今回、お前の前には“機会”が転がっている」

ふっと笑う。

「それを拾うかどうか。それだけの話だ」

そして。

「だがな」

声が少し低くなる。

「兵は出さん」

「……はい?」

「我が領の北は未だ不透明だ。国境は空けられん。正規兵は動かせん」

……やはり。

そう簡単にはいかない。

だが。

「その代わり」

父は机の引き出しから紙を一枚取り出した。

「武装庫の予備を使え」

「!」

「槍、盾、革鎧、弓。好きに持っていけ」

「……よろしいのですか」

「貸すだけだ」

にやり、と笑う。

「補給も最低限だ。無理はするな。こちらに負担を掛けるな」

つまり——

「自分の責任でやれ!失敗しても助けん」

突き放した言葉。

だが。

それは同時に。

「止めはしない」

という許可だった。胸の奥が、じわりと熱くなる。

「……ありがとうございます」

深く頭を下げる。父は最後に言った。

「エドワルド」

「はい」

「綺麗事だけで守れるほど、領主は甘い仕事じゃない」

視線が重なる。

「汚れる覚悟を決めろ」

静かに。はっきりと。

「それが“上に立つ者”の宿命だ」

——はい。そう答えた時。

少しだけ。本当に少しだけ。

俺は。

父に近付けた気がした。執務室を出る。

廊下を歩きながら、拳を握る。

兵は無い。

だが。

武器はある。覚悟も、決まった。

「……やるしかないか」

守るために。奪う。

その矛盾を抱えたまま。

エドワルドは——次の一手を打つ。