作品タイトル不明
崩れた未来図
「……王政が崩壊?」
言葉が、頭の中で何度も反響する。
崩壊。王政が?この国の中心が?
「おいおい……ちょっと待て」
思わず額を押さえた。
「そんな筈は無いだろ……」
レオンは黙っている。
俺の独り言だと理解しているのだろう。
だが、止まらなかった。
「順番が違う」
「……?」
「順番が、違うんだ」
これは、絶対におかしい。
俺の記憶では——
不作。
↓
地方の暴動。
↓
王政の統治力低下。
↓
隙を突かれて隣国侵攻。
↓
戦乱。
↓
そして……俺は捕まり、処刑台へ。
そこまで行っても、王政は“辛うじて機能していた”。
ボロボロでも。形だけでも。
「……まだ、壊れてはいなかった」
なのに。
「何で今、崩壊する……?」
まだ一年も経っていない。
いや、もっと早い。
俺の記憶より、明らかに早すぎる。
「不作から……二年後だぞ……?」
喉が、やけに乾く。
「それから俺は処刑台に立った」
あの感触。縄の締まる音。
歓声。首筋の冷たい刃。
思い出したくもないのに、勝手に蘇る。
「……まだその頃には王政は生きてた」
「……なのに今、無い?」
自分の声が震えているのが分かる。
「何だこれ……」
レオンが静かに言った。
「エドワルド様?」
「……未来が」
「はい?」
「未来が、合わない」
はっきり口に出してしまった。
「俺の知ってる流れと、全然違う」
今までは、まだ説明出来た。
保護民が増えるのも。
隣領が崩れるのも。暴動も。
「多少の前後はあっても、同じ流れだと思ってた」
だがこれは違う。これは——
土台ごと崩れている?
「王政がこの時期に潰れるなんて……あり得ない」
未来の“地図”が、音を立てて破れた気がした。今までは、知っている道を少しショートカットしていただけだ。
だが今は違う。
地図そのものが、存在しない。
「……」
冷たい汗が背中を伝う。
これから何が起きる?
隣国は?戦争は?俺の処刑は?
全部、もう分からない。
「……くそ」
初めてだった。
“先が読めない”事が、ここまで怖いなんて。
今までは、どこか余裕があった。
前世の知識がある。
最悪の結末を知っている。
だから避けられる。
——そう思っていた。
だが。
「……俺の知らない世界になってやがる」
小さく、吐き捨てる。
レオンは静かに言った。
「ですが」
「?」
「それは……悪い事でしょうか?」
「……何?」
「未来が最悪だったのなら、違う未来になっている今の方が、希望があるのでは?」
一瞬、言葉に詰まった。
確かに。あの未来は——地獄だった。
処刑。戦争。領地崩壊。
「……は」
思わず、笑いが漏れた。
「そうか」
そうだな。同じ道じゃない。
なら。
……俺は、もう処刑台に立たなくて済むかもしれない、か。
胸の奥の重石が、ほんの少し軽くなる。
未知は、恐怖だ。だが同時に——
可能性でもある。
エドワルドは、ゆっくり顔を上げた。
「……ならいい」
目に、再び光が戻る。
「未来が分からないなら、作ればいいだけだ」
王政が崩れた?だから何だ。
守るべきものは、もう決まっている。
南町。
保護民。
この領地。
「王都が消えようが、国が割れようが」
静かに告げる。
「俺のやる事は変わらん」
レオンが、力強く頷いた。
遠くの空は、今日も薄く霞んでいる。
煙か。雲か。
それとも——時代の終わりか。
「……来いよ」
誰にともなく呟く。
「未来でも、混乱でも、全部まとめて相手してやる」
前世の地図は、もう要らない。
これからは——自分で描く番だ。
それから間もなく。
屋敷の空気が、目に見えて重くなった。
廊下を行き交う使用人達の足取りが静かすぎる。
誰も大声を出さない。
まるで、葬儀の前日のようだった。
「……来たか」
嫌な予感が、胸の奥を掠める。
執務室へ向かうと、扉の前に控えていた家令が小声で告げた。
「旦那様がお呼びです」
ノックをして中に入る。
父上は、机の前で腕を組み、深く椅子に沈み込んでいた。
いつもなら背筋を伸ばしている人だ。
それが今日は、明らかに疲れて見える。
「……エドワルド、来たか」
「はい」
机の上には、数枚の羊皮紙。
そして商人ギルドの印。
「商人達からだ」
父上は短く言った。
「王都の確定情報らしい」
……やはり。
レオンから聞いた“未確認”とは違う。
こっちは、商隊が直接見聞きしてきた話だ。
つまり——現実だ。
「内容は……私が聞いても?」
「ああ。お前も領地を預かる身だ。知っておけ」
一枚の報告書が差し出される。
読む。
王都各区で同時暴動。
食糧庫襲撃。
兵の離反。
貴族屋敷の放火。
そして。
俺の視線が、ある一文で止まった。
「……っ」
思わず、息を呑む。
「王城……陥落……?」
父上が低く言った。
「城門が内側から開いたらしい」
「内側……」
「近衛兵の一部が寝返ったそうだ」
最悪だ。守る側が裏切った。
もう統治も何もあったものじゃない。
そして。
父上は、ゆっくり続けた。
「……まだ確定ではないがな」
その前置きが、逆に重い。
「王が——」
一拍。
「民衆に殺された可能性が高い」
部屋の空気が、凍った。
「…………は?」
自分でも間抜けな声だと思った。
だが、理解が追いつかない。
王が?殺された?
「処刑でも、暗殺でもない」
父上の声は低い。
「暴徒に引きずり出され……その場で」
言葉が途切れる。
最後まで言わなくても分かる。
リンチ。
石か。
棒か。
刃か。
想像したくもない最期だ。
「……そう、ですか」
それしか言えなかった。王が死んだ。
つまり、王家の権威は完全消滅。
命令系統も。法も。正統性も。
全部、消えた。
「国が……終わったな」
父上がぽつりと呟く。その一言が、何より重かった。戦争でもない。革命でもない。
ただ——崩壊。
静かに、土台から砕け散った。
俺は、窓の外を見る。
いつもと同じ領地の景色。
畑があり、家があり、煙が上がっている。
なのに。
「……もう、別の国だな」
王のいない国。それはもう、国とは呼べない。ただの土地の集合体だ。
「保護民は、さらに増えるか」
父上が言う。
「ああ」
「王都からも流れてくる」
「……間違いなく」
人は、生きるために逃げる。秩序の無い場所には居られない。
なら。向かう先は一つ。
「うちだな」
「うち、ですね」
自然と、同じ言葉が重なった。
父上が小さく笑う。
「厄介な役回りだ」
「今さらでしょう」
俺も苦笑する。もう覚悟は出来ている。
王が死んだ?王政が崩壊した?
だから何だ。
「……だったら」
静かに拳を握る。
「この領地だけでも、国の代わりをやるだけです」
父上が、じっと俺を見る。そして、ゆっくり頷いた。
「そうだな」
「王がいないなら」
その目に、領主としての覚悟が宿る。
「俺達が守る側になるだけだ」
王都は燃えた。王は死んだ。、国は消えた。
だがまだ立っている。
その事実だけが、今の救いだった。