軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

減り始めた列の意味

あれから——

偽装保護民をこの手で切ってから、数日が経った。不思議なほど、騒ぎは起きなかった。

報復も。混乱も。動揺も。

ただ、静かに日常が続いている。

「……静かすぎるな」

南町を見下ろしながら、俺は小さく呟いた。

建築の音。

木を打つ音。

鍬の音。

人の声。

全部、いつも通りだ。

違うのは——

「保護民の流入は?」

横にいた文官が帳簿をめくる。

「本日三十八名。

昨日が四十二名。

一昨日が五十六名です」

「……減ってるな」

「はい。明らかに」

以前は違った。

百。二百。多い日は三百近く。

毎日のように押し寄せてきた。

三箇所の一時保護村を合わせても、

今は多くて二百人程度。

しかも日に日に減っている。

普通に考えれば、良い兆候だ。

流民が減る。

混乱が収まる。

安定してきた証拠。

——だが。

「……そんな訳ないよな」

俺は空を見上げた。

隣領の状況が好転する理由など、どこにも無い。

王都も恐らく燃えている。

隣領主は打ち取られた。

統治は崩壊した。

良くなる要素など、一つもない。

「来れないだけだな……」

喉の奥が、少し重くなる。歩ける者は、もう来た。歩けない者は——来れない。

途中で倒れたか。動けず村で朽ちているか。

あるいは。……考えるのをやめた。

文官が恐る恐る言う。

「ですが、受け入れ総数は……かなりの規模になっています」

「どれくらいだ?」

「南町、約三千二百。

領都回復組、八百。

三箇所の循環村、常時一千前後。

既に移住完了した者も含めると……」

帳簿を見て、息を呑む。

「累計、八千七百を超えています」

「……八千七百」

思わず苦笑が漏れた。一つの町の人口だ。

いや、小さな領地ならそれだけで成り立つ規模だ。

「もうすぐ……一万に届きます」

「そこまでは行かせたくないな」

半分本音。

半分願望。

一万人。

それはもう「保護」じゃない。

「移住」だ。

いや。「領地拡張」と言ってもいい。

俺は、どこまで踏み込んでいる?

救っているつもりが、

いつの間にか別のものを作っている気がする。

「……まあいい」

首を振る。今さら止められない。

ここまで来て「もう無理です」なんて言える訳がない。

「詰まりは?」

「ありません。南町の増築が効いています」

「よし」

歩き出す。建設現場へ。

畑へ。人のいる場所へ。

考えている暇があったら、手を動かす。

それだけだ。遠くを見る。

保護村へ続く道。かつては列が出来ていた。

今は、ぽつぽつと影があるだけ。

「……減って嬉しくない数字ってのも、あるんだな」

誰に言うでもなく、呟いた。

列が減ったのは、助かったからじゃない。

——もう、歩ける人間がいなくなっただけだ。胸の奥が、静かに冷えた。

「……急がないとな」

助けられるうちに。動けるうちに。

俺は足を速めた。

止まったら、色んな事を考えてしまいそうだった。

南町の視察を終え、領主館へ戻ろうとした時だった。

遠くから、土を蹴る音が近付いてくる。

「エドワルド様!」

聞き慣れた声。

振り向くと、レオン団長が珍しく息を荒げて走って来ていた。

普段のあの男が、ここまで慌てるのは珍しい。

「レオン?如何した」

「急ぎの報告です」

ただ事じゃないな、と直感する。

「王都で……彼方此方に火の手が上がっているそうです」

「……やはりそうだったか」

驚きは、無かった。

あの夜の空。オレンジ色に染まった雲。

あれを見た時点で、分かっていた。

「思っていた通りだ」

静かに息を吐く。

「これでは統制は効かなくなる。

兵も役人も、まず自分の家族を守る方へ動く」

そうなればもう終わりだ。

命令も。法も。統治も。

全部、紙切れになる。

「……更に保護を求めて移動が起きるぞ」

「はい。間違いなく」

レオンも重く頷いた。

「既に街道に人の流れが出始めているとの話もあります」

「だろうな……」

これまでの比じゃない。今までは“地方”。

次は——“王都圏”だ。

桁が変わる。

俺が黙り込んだのを見て、レオンが言い淀む。

「それと……」

「それと?」

珍しく、言葉を選んでいる。嫌な予感しかしない。

「まだ未確認ですが……」

一瞬の間。

「王政が、崩壊の可能性ありです」

「へぇー……そう……」

生返事が漏れる。頭が追いついていない。

王政。この国の中枢。

何百年も続いた統治機構。

それが。

「……はぁ?」

間抜けな声が出た。

「崩壊?」

「はい」

「王政が?」

「その可能性が」

「……マジか」

足元が、ぐらりと揺れた気がした。

隣領の問題じゃない。暴動でもない。

飢饉でもない。——国そのものの話だ。

「……レオン」

「はい」

「王都に潜り込んで居るから団員に詳しく情報収集させろ!」

「はい。今だに継続中で有ります」

「解ったら知らせろ」

剣を振る戦じゃない。もっと質の悪い。

秩序が無くなる戦だ。

遠い王都の煙が、ここまで届いているかのように。