軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

見えない戦線

その頃——

領主館、執務室。

夜だというのに、灯りは落ちていなかった。

机の上に広げられたのは、地図。

隣領、王都、各街道、交易路、河川。

赤と黒の印がいくつも書き込まれている。

「……確定か」

私は、商人から届いた文を閉じた。

「はい」

向かいに立つグレゴールが静かに頷く。

「隣領主、死亡。館は焼失。現在、統治権は完全に空白です」

「軍は?」

「散り散り。命令系統が途絶えています」

ふむ、と息を吐く。

つまり——

「領地が、一つ消えたな」

静かな宣告だった。だが事実だ。

王政は機能不全。隣領は領主不在。

もはや「あちら側」に統治者はいない。

あるのは——混乱だけ。

「エドワルドは?」

「保護民対応で手一杯です」

「だろうな」

小さく笑う。あれは今、前線に立っている。

ならば——

「裏は、こちらの役目だ」

私は椅子に深く座り直した。

「始めるぞ、グレゴール」

「はい」

最初の指示は単純だった。

「交易路を絞れ」

「……遮断、ですか?」

「完全遮断ではない」

首を振る。

「選別だ」

地図の数カ所を指で叩く。

「この三本道だけ通す。他は“危険地帯”として商人に迂回させろ」

「物資の流入管理……」

「そうだ」

無秩序に流れ込めば、こちらが死ぬ。

だが止めすぎれば、恨みを買う。

「流れは細く、だが絶やすな」

「了解」

「次」

新しい紙を取り出す。

「空白領の接している三領に文を出せ」

「同盟ですか?」

「違う」

即答する。

「責任の押し付け合いだ」

グレゴールが苦笑した。

「……なるほど」

「“我が領は既に多数の保護民を抱えている。

これ以上は受け入れ困難。

貴領でも分担願いたい”——そう書け」

「助け合い、ではなく?」

「牽制だ」

一領だけが抱え込めば、最後は潰される。

ならば——

「全員を同じ船に乗せる」

沈むなら、皆一緒だ。

そう思わせれば、簡単には敵対出来ない。

さらに。

「噂も流せ」

「どの様に?」

「“我が領は既に限界だ”と」

グレゴールが目を細めた。

「ですが実際は……」

「逆だ」

私は笑った。

「まだ余裕はある」

だからこそ、言う。

余裕があると知られれば、全てが押し寄せる。

限界だと見せれば、流入は緩やかになる。

「情報もまた、壁だ」

「……承知しました」

執務室に静寂が戻る。蝋燭の火が揺れる。

窓の外。

南町の灯りが遠くに見えた。

「……エドワルド」

小さく呟く。あれは、人を救っている。

真っ直ぐに。愚直に。

だからこそ——

「泥は、こちらが被らねばな」

外交。

牽制。

情報操作。

遮断。

どれも綺麗な仕事ではない。

だが、誰かがやらねば、あの灯りは守れない。新しい文を書く。

宛先は、王政ではない。

「……今更、あそこに送っても意味は無い」

ならば。さらに外。

他国の商会。辺境領主。軍閥。

「“王都方面は危険。交易は中央街道を推奨する”……か」

流れを変える。人も、物も、金も。

全てを——

「戦だな、これは」

剣も槍も使わない。だが確実に国力を削り合う。見えない戦。

「……始めるぞ」

筆を置いた。その瞬間。

正式に。

ただの“救護地”から——

“新しい中心”へと、舵を切った。

蝋燭の火が、静かに揺れている。

書簡をいくつか片付けたところで、ふとグレゴールが口を開いた。

「……そういえば」

「ん?」

「一件、報告が」

顔を上げる。

「エドワルド様が……中央の村で、偽装保護民を一名、処断されたそうです」

「ほう」

驚きは、無かった。ただ、静かに問い返す。

「確証は?」

「読み書き、高度な教育、身分偽装、言動不審。ほぼ間違いなく、隣領側の政治に関わって居たかと」

「そうか」

短く頷く。それだけで十分だった。

少しの沈黙。

そして——

「……ふふ」

自然と、笑みが零れた。

グレゴールが目を瞬かせる。

「お叱りには、ならないのですか?」

「何を叱る」

私は椅子に背を預けた。

「当然の判断だ」

窓の外を見る。遠く、南町の灯り。

あそこを守る為なら、いずれ必ず通る道だ。

「綺麗事や理想論だけでは、守れん」

静かに呟く。

「救うだけでは、国は保てんのだ」

善意だけの領地は、必ず食い破られる。

優しいだけの領主は、最初に殺される。

「……あいつも、理解したか」

「その様です」

「ならば結構」

小さく笑う。

「ようやく、“上に立つ者の顔”になってきたな」

グレゴールは黙って聞いている。

「本来なら、あんな判断はさせたくは無いがな」

それは、父としての本音だった。

人を斬る決断など、若いうちから背負うものではない。

だが——

「まあいい」

顔を上げる。

「それが上に立つ者の宿命だ」

守るとは、選ぶ事だ。

救う者を選び、切り捨てる者を選ぶ。

どちらも同じ重さで背負う。

「……私も、同じ事をしてきた」

ぽつりと漏れる。

若い頃。まだ当主になったばかりの頃。

同じ様に、線を越えた夜があった。

「血を知らぬ領主など、ただの飾りだ」

「……」

「エドワルドは、もう飾りではない」

しっかりと、地に立った。

ならば——

「後は、私の仕事だ」

あれが前で泥を被るなら、私は後ろで全てを整える。

それが親であり、それが私の役目だ。

「……壊させんよ」

誰にともなく呟く。

「せっかく掴んだ、あの灯りをな」

蝋燭の火が、静かに揺れた。

夜は、まだ終わらない。

だが確かに。“次代”は、もう歩き始めていた。