軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2 とりあえず話し合い

翌日、私は食堂で軽食を買い、ハヴェイナの研究室へ向かった。仲睦まじい許嫁を演じる事にしたは良いが、私……エスメラルダとハヴェイナの関係がどういったものか、学内では割と有名だ。ハヴェイナはとんでもなくモテたし、エスメラルダはそんな彼の行動に口を出しては喧嘩になっていた。本人は人前では控えていたつもりだったみたいだけど、客観視は思うよりもずっと難しい。

いきなり仲良しですアピールした所で、直ぐには信じて貰えないだろうけど……そもそも私達は許嫁な訳だし、時間が経てば皆こっちに慣れるだろう。

「好きな物とか聞いとけばよかったかも」

適当に食べやすそうな物を買ってきたが、そう言えば彼の好き嫌いについて考えていなかった。小説では特に描写は無かったけれど、それを抜きにしても相手は貴族のお坊ちゃんな訳だし。私もご令嬢ではあるけど……もう前みたいな振る舞いは無理だな。

サンドウィッチと林檎、ポットには紅茶が入っている。一緒にお昼を取るつもりではいるが、話が弾むとは思えない。折角だしあの部屋にある本でも物色させてもらおう。

で、現在。ハヴェイナの部屋の前で、シンシアと鉢合わせている。

「あー……あなたも彼に用事?」

「あ、あの……私、っ」

目が合っただけで震えられると、何だか恐喝しているみたいだ。多分周りにはそう見えてると思う。人通りも少なくないし、ただでさえ私は目立つ、色んな意味で。

プルプル震えて俯いているシンシアは、うさ耳の効果もあって庇護欲をそそられた。それはそれは可愛い。ヒールを履いた私とだと20センチ近く下に頭があって、ふわふわした髪が震えに合わせて揺れている。可愛いなぁ。絵本に出て来るお姫様みたい。

「私、彼に……ハヴェイナさんに、あいたくて」

「え」

「会って、ちゃんと謝りたいって、わたし……!」

シンシアが手に持つ紙袋から、ラッピングの頭が覗いている。多分手作りなんだろうけど、謝罪の品って事かな? 何かこの展開、覚えがあるというか正確にいうと読んだ覚えがあるというか。

「だから、少しだけお時間を頂きたくて……!」

「えっと……ハヴェイナは中にいるでしょうから、用件は本人へどうぞ」

ノックはしてみるが、返事がなかった。入りますと声を掛けたが聞こえてないだろうなーと思った。

扉の先、机に向かっている彼は人の気配に顔を上げて、私と、その後ろにいる人影に目を瞠った。私はと兎も角、シンシアが来るとは思っていなかったのか……まさか本当に小説通りの展開が起こると思わなかったのか。いくら共有した記憶が本物だと思ってはいても、疑いなく信じるには子供染みた話だ。

「エスメラルダはともかく……そっちは、何の用だ」

「あ、あの……!」

警戒で厳しい表情をしているハヴェイナは、その美しい造形もあって迫力が強い。片目が隠れているからか、薄暗い影の中にいるかの様。磨き抜かれた黄金みたいに綺麗な瞳の色をしているけど、剣呑な雰囲気を纏えば切れ味の鋭い刃みたいだ。これ、私も含めて可愛い兎をいじめている狼みたい。

これでハヴェイナが彼女を気に入ってるんだったら、気を利かせて立ち去るんだけど。本人は小説通りのエンディングを望んでないみたいだから、ここで消えたら後でおこられるかなぁ。

「この間は、すいませんでした! あの、私誤解して、それで」

必死に言葉を並べるシンシアだが、ハヴェイナの表情はどんどん硬くなっていく。彼女の態度へというより、その台詞が記憶と一語一句同じだからかな。私が居ても居なくても変わらないのか……それはちょっと困るかもしれない。

「これ、お詫びです! クッキーなんですけど……お口に、あえば」

「……分かった、謝罪の気持ちとして受け取ろう」

差し出された紙袋を一瞥し、少し悩んだ様だが受け取る方向に傾いたらしい。不安そうだったシンシアの顔に笑顔が浮かんで、胸の前で両手を握り締めて感激している。反して、ハヴェイナの顔はげんなりしているが。あまり人前でおススメできる表情ではない。

「彼女と一緒に頂く。用は以上か?」

「はい! ありがとうございました!」

「では、お引き取りを。昼食の時間なので」

シンシアは元気よく頭を下げて、最後に私にも微笑んでから、軽い足取りで部屋を出て行った。くるんと回った時にはためいたスカートが、まるでアイドルみたいで。目の前であの可愛さを目の前で浴びたのに、振り返ったハヴェイナの顔はげんなりしている。

「顔やっば」

「うるせぇ……」

「私もサンドウィッチ買ってきましたけど、そっち食べます? 頭使うと糖分が欲しくなるって」

「いらん。腹に溜まんねぇだろうが」

「なら受け取んなきゃいいのに……」

「仕方ないだろ。これから毎日来られても困る」

小説では、ここでハヴェイナはお詫びを断る。そうするとシンシアは毎日この研究室に謝罪に訪れる。そしてその内根負けしたハヴェイナは、彼女を研究室に招き……と言う展開が待っている。そして獣人である彼女の願いとハヴェイナの目指す物が一致し、距離が近付くのだ。

「にしても……見たままの事が起こったな」

「ですねぇ。まさか私が居ても展開が変わらないとは」

二人してサンドウィッチと備え付けのカップに注いだ紅茶を手に今後の対策を話し合う。一応ハヴェイナが受け取った事で、毎日来る事はないだろうが……それで安心出来るかなぁ。

「恋愛云々は別として、ハヴェイナ様の研究は大丈夫なんですか? シンシアの協力は大きかったんじゃ」

「シンシアの協力というより獣人の協力が、な。その代償が恋愛関係なら、デメリットが

デカすぎる」

「可愛いし、いい子そうでしたよ」

「婚約者がいる人間に、その婚約者の目の前で、あの距離感は悪意がない方がヤバい」

「……まぁ」

私がハヴェイナに恋慕していないから良いものの、愛する恋人にああやって近付かれたら……良い気はしないと思う。前も今も初恋すら未経験だから想像でしかないけど。

「うちに通うハーフはあいつだけじゃない。同じ学科にも数人いるし、規模が大きくなったら外に募る事も出来るだろ」

「ハヴェイナ様が良いなら構いませんけど、募って彼女が来たら笑いますね」

「笑うなや当事者」

「私は別にどっちでも……」

「おい!」

いやだって、私はハヴェイナに恋をしていないし、婚約だって家同士の取り決めだ。結末がどうなったのかは分からないけど、婚約解消で私には別の誰かがあてがわれて終わるんじゃないかな。シンシアを選んだ彼は……。

「小説通りになって困るの、ハヴェイナ様だけでは」

「それを聞いた俺がどんな気持ちになるかとか考えろ」

「考えてますよ。だからこうして協力してるんじゃないですか」

私も別に彼と別れたいとか思っている訳では無い。前世の記憶については誰にも言うつもりは無いけれど、ハヴェイナには隠す以前に共有してるし、私が何か可笑しな発言をしたとして、勝手に納得してくれるだろう。それだけですこぶる楽。恋愛結婚には夢があるけど、正直私にはそれ以外にやりたい事が多過ぎる。

前世では出来なかった事を、今生はやり尽くすと決めている。

「偽装婚約者、ちゃんと全うしますから!」

「正真正銘婚約者だ阿呆。順調にいけば数年後には籍入れんだぞ」

「いや、偽装だって思ってないと婚約してる事忘れそうで……多分平気で籍入れるまで会いに来ませんよ」

「嘘だろ。共有前のがマシな事あんのか」

「前世では婚約どころか初恋もする事なく死にましたからねぇ。前のエスメラルダの方がまだちゃんと婚約者しようと頑張ってたかと」

「顔合わせれば小言しか言わなかったのにか」

「まぁ、言い方に問題はありましたねぇ。そこで買い言葉を投げる貴方も一緒です」

前のエスメラルダとハヴェイナは犬猿の仲だった。お互い相手の言い分を突っ撥ねてばかりだったから仕方がない。あれでは籍を入れてからの生活が思いやられるから、その場合はシンシアを選んだ方が平和だったかもしれない。

「今回の事で小説と同じ展開が起こる事は確認出来ました。一先ずはハヴェイナ様がした様に、小説とは違う選択を取りましょう。そうしていれば仮に展開が同じであってもシンシアの気持ちは変わるはずです」

「つっても、今日が終わったらもう関わる理由はねぇけどな」

「だといいんですけど」