軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

偉大な聖女の片鱗 3

「まったく。貴女は皇妃としての自覚が足りないのではありませんか?」

フリーダが何度目か分からない溜め息を吐く。

ここはレイヴェルの皇宮にある中庭。

目の前には、私がアイゼンヴァルト領へ向かうための荷物が積み上げられている。フリーダは、私がアイゼンヴァルトに向かうのが不満のようだ。

「たぶん、心配してくれているのよね?」

「私は皇妃としての自覚の話をしているのです。そもそも、先日あんなに規模の大きな浄化をしたばかりではありませんか。浄化をする余裕などあるのですか?」

やっぱり心配しているんじゃない。

なんて、指摘しても認めないとは思うけどね。

「心配しなくても、あれくらいの浄化なら大丈夫よ」

陛下にも同じくらい浄化の力を使っている、とはさすがに言わないけれど。皇都を浄化した程度なら、私が鍛えた聖女たちにも可能なレベルだ。

そう思っての発言だったのだけれど、「強がりはやめてください。戦場では正確な状況把握が必要、部隊全体の命に関わりますから」と、フリーダは信じてくれなかった。

「……本当なのに」

「はあ、それが事実なら、貴方は皇国のどの聖女よりも力が強いことになりますね。そんなことはあり得ないと思いますが。それとも、白雪の聖女だとでも言い張るつもりですか?」

「……いいえ、そんなつもりはないわ」

だって正体は隠すつもりだもの。そう心の中で呟いて、私は中庭にある巨大な魔法陣に視線を向ける。それは、レイヴェルの城と、各領都の城を行き来するための転移の魔法陣だ。

制限も多く、大規模な部隊を送り込むようなことも出来ないが、今回のような規模の部隊であれば問題はない。私がアイゼンヴァルトへ向かうための荷物も運び込まれている。

「ノエル皇妃殿下、出立の準備が出来ました」

「……分かったわ。では行きましょう」

フリーダに促され、転移の魔法陣の上に立つ。

アシュタルでは使う機会がなかったから楽しみだ。そんな思いに呼応するように、魔法陣が淡い光を放ち――視界が一瞬で入れ替わる。とたん、肺を満たす空気に混ざる瘴気の濃度が濃くなった。それに鉄さびと薬草の匂いがかすかに漂ってくる。

領都に飛んだはずなのに――と顔を上げる。

そこにそびえる城を見て息を呑んだ。

皇国を護る六芒領主の一人、英雄の子孫である彼女が治める領地、隣国にまでその名が轟くその領都は、きっと素敵な場所だと思っていた。

でも、目の前に広がるそれは、魔王の城を彷彿とさせるような雰囲気を纏っていた。

「ようこそおいでくださいました。ここがアイゼンヴァルト、我が領地でございます」

「えっと、その……要塞のように堅牢な街ね」

知恵を絞って感想を口にする。

だが、それを聞いたフリーダはクスリと笑った。

「そのように気を遣っていただかなくとも大丈夫ですよ。ここは前線基地ですから、殺伐としているのは仕方ありません。領都から離れれば、もっと豊かな街もありますよ」

「……え? 領都から離れた方が豊かなの?」

逆なのではと首を傾げる。

「不勉強ですね。六芒領主が治める領都はどこもこんな感じですよ」

「どこも? なにか理由があるということ?」

「ええ、我らが六芒領主と呼ばれる由縁があります。貴女が聖女として役目を果たすとおっしゃるのなら、いずれ知ることになると思いますよ」

彼女はイタズラっぽく笑った。

フリーダがこんなふうに笑うなんて珍しい。

気になる――けど、役目を果たせば知ることになるのよね? ここで追及したら、役目を果たすつもりがないみたいに思われるじゃない。

それは嫌。

元から低い評価をこれ以上落としたくない。

そんなことを考えていると、そこに騎士の一人が駆け寄ってきた。

「フリーダ様、帰還したばかりのところ申し訳ありません。東門に魔物の群れが向かってきます」

「数は?」

「数は二十ほど。ただし強力な魔物は確認できません」

「ならば貴方が部隊を指揮して殲滅なさい」

「――はっ!」

騎士は即座に応じ、他の騎士を連れて出撃していった。

「フリーダは指揮をしないの?」

「いつもならします。ですが、いまは貴女の侍女としてここにいますから」

「……ごめんなさい。私が負担を掛けてしまっているのね」

「皇妃を護るのもまた六芒領主の務め、気にする必要はありません」

「でも、私は……」

お飾り、あるいは邪魔な詫びの品と思われているのよね?

「貴女がどのような人間であれ、皇妃である事実は揺るぎません。それに……まあ、少なくとも、皇妃としてはよくやっていると思いますよ?」

「……ありがとう」

私を嫌っているはずなのに、私の努力を評価してくれる。彼女が侍女長でなければ、レイヴェル国での私の生活は、もっと過酷なものになっていたはずよ。

侍女長になったフリーダが、こんな風に公平だったのは本当に運がよかった。

でも、私の侍女長を指名したのはアルベルト陛下だ。

ただの運じゃないかもしれない……なんて、考えすぎかしら? フリーダの性格を把握した上で、なんらかの思惑で私の侍女長に付けた――

「ノエル皇妃殿下、どうかなさいましたか?」

「いいえ、なんでもないわ」

「では、城にまいりましょう。用意させた客間に案内いたします」

フリーダが歩き始める。私がその後に続いて堅牢な建築物の中へと足を踏み入れると、エントランスホールに集まった使用人たちが出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、フリーダ様」

「皆も息災のようでなによりだ。それと、この方はノエル皇妃殿下。アルベルト陛下の奥方であり、いまは聖女としてここにいる。決して粗相のないように」

フリーダの言葉に、使用人たちは一斉に「承知しました」と応じた。使用人たちはフリーダに似て、仕事に私情を挟まないタイプなのだろう。

そう思った瞬間――

「なにが皇妃だ。王太子に押しつけられた厄介者ではないか」

という声が聞こえて来た。

アシュタル国で悪態を吐かれるのは珍しくない。同じような噂話もされていただろう。でも、使用人がこのような場で悪態をつくのは異常事態だ。

そう思うのとほぼ同時、フリーダが私のまえに立った。

「いま皇妃殿下を侮辱したのは誰だ!」

使用人たちがびくりと身を震わせ、フリーダに視線を向けられた方にいた者達が、自分は違うと言いたげに左右に割れていった。

その向こう側に、一人の若い騎士が立っていた。

「……カイ、いまの発言は貴様か」

「だとしたらなんだと言うのですか?」

「皇妃殿下への粗相は許さないと言ったはずだ」

「どうせ上辺だけでしょう……っ。まさか姉上、本気でおっしゃっているのですか?」

怒りを滲ませるフリーダを前に、カイと呼ばれた騎士が軽く目を見張った。

というか、いま、姉上って……

「二人は姉弟なのですか?」

ぽつりと呟くと、フリーダが「義弟が失礼しました」と頭を下げる。

義弟ってことは、義理の姉弟なんだね。

「それより、姉上に頼みがあるのです」

カイが空気も読まずに話し始める。

すごいメンタルね。そんなふうに考えているとフリーダが舌打ちをした。

「頼み? というか、主人が留守の屋敷になぜ居座っている」

「頼みがあると言ったではありませんか」

深刻そうな顔。フリーダもそれに気付いたはずだが、「いまは皇妃殿下の案内で忙しい」と袖にしようとする。案の定、カイは私のことを睨み付けてきた。

「フリーダ、私は大丈夫よ。この領地の事情にも興味があるわ」

「……皇妃殿下、この者に気を遣う必要はありませんよ」

「だとしても、彼の話は聞くべきだと思うわ」

本当に深刻な話なら大変だからと微笑めば、フリーダは小さく息を吐いた。

「……お気遣いに感謝します」

フリーダは私に一礼した後、カイに「手短に話せ」と用件を促す。

「妻のエルゼが一週間ほど前から寝込んでいるのです」

「エルゼが? 医者には診せたのか?」

フリーダが問い詰めるように前に踏み出した。

「医者は侵蝕病だと」

「――っ」

フリーダが身を震わせ、その背後にいた私も息を呑んだ。正式名称は瘴気侵食病。侵食病とも呼称されるそれは、身体の許容量を超えて瘴気を吸収した者が患う病気だ。

寝込むのは瘴気に抗う体が過剰な反応を示しているからで、放置すればそのまま死に至る可能性が高い。アシュタル国でも死因の上位に入る病である。

いますぐ、その子に聖女を派遣する必要があるわね。

そう思ったのだけど――

「……そうか、それは残念だ」

フリーダの悲しみを帯びた声がぽつりと落ちる。

「残念? 貴女の部下が聖女を派遣できないと言うから、俺はあなたに頼みに来たのですよ。まさか、貴女まで無理と言うつもりですか?」

カイが黄色の瞳に怒りを滲ませた。

それに対して、フリーダがゆっくりと息を吐いた。

「エルゼは軍の関係者ではない。ならば、部下の判断は間違っていない。聖女は皇国に仕え、民のために命を懸けて戦っている。彼女らの奇跡は有限なのだ」

「だから諦めろというのですか!?」

「私とてエルゼを救いたい。だが、ルールを破っては国が成り立たない」

災害などで深刻な状況になると、治療対象に優先順位を付けることがある。聖女の奇跡も同じだ。ときに、誰を救うか決めなくてはならないときがある。

ましてや、皇国は皇都の瘴気すら後回しにしている。侵食病で人が亡くなるのは、日常的なことのはずだ。であるならば、フリーダの領主としての判断は正しい。

一人一人を救うよりも、その大本を断つ方が救える命も多いだろう。

だけど、人の感情は正しさだけでは計れない。

「俺は文字通り命懸けで領地のために尽くしてきました。それなのに、妻一人救っていただけないというのですか! ならば俺はなんのために戦ってきたというのですか!」

「……気持ちは分かる。だが、騎士や兵士にも家族はいるんだ。その中にも、侵食病で苦しんでいる者は多い。そんな彼らに言えるのか? 俺は領主の身内だから特別扱いしてもらったと」

「エルゼは貴女の妹でもあるでしょう!」

――ああ、だから義理の弟なのね。

フリーダは、領地の秩序を護るために、実の妹を見捨てようとしている。それを理解した瞬間、私を詫びの品に仕立てた、兄の顔が浮かんでチクリと胸が痛んだ。

「私は姉である前に領主だ。よって、聖女を派遣するのは無理だと判断する」

「では、俺はどうすればいい!?」

「出来ることをしろ。……そうだ、侵食病によいとされる料理がある。それを食べさせてやるというのはどうだ? おまえが作ったと言えば、エルゼも喜ぶだろう」

「――あんなものは気休めだ。姉上も知っているでしょう!」

「カイ、気持ちは分かるが、そういうことを言うのではない」

「気持ちが分かるなどと、心にもないことを言わないでください!」

カイの言葉がフリーダの顔を歪ませた。

それが、私には泣いているように見えた。

「心にもないなどと……私は本当にエルゼを心配している。そうだ、後でエルゼの見舞いをさせて欲しい。領主としては無理だが、姉として出来ることならば……」

「――来なくて結構です! それともなにですか? おまえを救う手段はあるが、おまえに使う価値はない。だから諦めて死ね――と、エルゼに言うつもりですか?」

「いや、そんなつもりは。私はただ……」

フリーダは答えられなかった。

カイは、「姉上がこんな人でなしだとは思わなかった!」と吐き捨てる。その瞬間、フリーダは痛みに耐えかねたかのように顔を背けた。

結果的に見るのなら、フリーダは私の兄と同じように、妹を見捨てようとしている。

だけど同じなんかじゃない。フリーダはこんなにも辛そうで、それでも他に方法はないと訴えている。

姉として苦しみながら、領主として毅然と振る舞っている。そんな彼女を一方的に責め立てるのは、騎士のやることじゃない。

「レイヴェルの騎士は優秀だと聞いていたけど、ただのわがままな子供でも務まるのならたいしたことはないわね」

「――なんだと!? いまのは俺に言ったのか!」

カイが私を睨み付けてくる。

「あら、自分のことだと分かる程度には自覚があるのね」

私は進み出て、フリーダを背後に庇うようにカイのまえに立った。

「てめぇ、俺に喧嘩を売ってるのか? たとえ隣国の王女だからって容赦はしねぇぞ」

「私はもう皇国の妃よ。それを理解した上でなら好きになさい」

皇帝の決定に逆らう覚悟があるのかと問えば、カイはぎりっと歯を鳴らした。

ふんっ、その程度の覚悟で話しているのね。

私は肩口に零れ落ちた髪を手の甲で払いのけた。

「フリーダには逆らえるのに、皇帝の権威には逆らえないのね。なんだかんだと理由を付けているけど、結局は義理の姉に甘えているだけじゃない」

「――ぐっ」

再びカイが歯を鳴らし、拳をぎゅっと握りしめた。

「ノエル皇妃殿下、なにを挑発なさっているのですか! カイも、止めなさい。彼女になにかしたら貴方だけの問題じゃ済みませんよ!」

フリーダが私の腕を引いて下がらせようとするけれど、私はそれに従わない。そうしてカイの出方をうかがっていると、彼は怒りを滲ませながら口を開いた。

「……気に入らねぇ。てめぇだって、兄に見捨てられた身だろうがよ。なのに、妹を見殺しにしようとしている、姉上の味方をするのか?」

「そうね。私は兄が嫌い。自分の都合で、私を詫びの品なんかに仕立て上げた最低の人間よ。結果的に見れば、フリーダのしていることはそれと同じなのでしょうね」

そう言い放てば、フリーダは捨てられた子犬のように俯く。私はそんな彼女に視線を向け、「分かっているから」と呟いた。

「……ノエル皇妃殿下?」

フリーダが恐る恐る顔を上げた。

私はそんな彼女に微笑み、それからカイに視線を戻す。

「――だけど、それは結果だけよ。見なさい。彼女が苦しんでるのが分からない? 喜んで妹を見捨てているように見える?」

「それは……」

私は兄が嫌い。

でも、私を見捨てたのがフリーダだったとしたら、こんな風に苦悩したうえでの結論だったとしたら、きっと私はフリーダを許したと思う。

いや、やっぱり許さないかも。正直、分からない。

だけど……

「結果が同じだったとしても、その過程までが同じ訳じゃないのよ。そんなことも分からないから、貴方を子供だと言ったのよ」

「てめ……っ」

カイはなにかを言いかけて、だけど唇を噛んで黙り込んだ。

「ここにいても時間の無駄ね。フリーダ、部屋に案内して」

彼女を促した私は、戸惑う者たちをその場に残して立ち去った。