軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

偉大な聖女の片鱗 4

案内された部屋のソファに沈み込み、私は深く息を吐いた。

さきほどは、カイの言い草に対し、少し熱くなりすぎてしまった。本当はこういうつもりだったのだ。フリーダを責めても意味はない。どうしたらいいか、冷静に話し合うべきよ、と。

なのに、一方的に責められるフリーダを見ていられなくて我を見失った。

どうしたものかしら?

アシュタルでも似たようなことは多々あった。ただこの国よりは聖女が多いので、解決策も存在する。

この国ではどうするのが正解なのかな?

部屋の隅に控えるフリーダに視線を向ける。さっきまで落ち込んでいたはずなのに、いまの彼女は部下が運んできた書類とにらめっこをしていた。

妹のことは平気なのかしら? それとも、平気な振りをしているのかしら? その心の内を知りたくて観察するけれど、彼女は私の視線にも気付かないくらい書類を見つめている。

「フリーダ、執務をしたいのなら、席を外してもいいのよ?」

「いいえ。いまの私はノエル皇妃殿下の侍女ですから。それに、身内とはいえ、許可のない人間の侵入を許してしまいました。そのような場所で貴女を一人にするわけにはまいりません」

「……分かった。ならこのローテーブルを使いなさい、命令よ」

私が命じると、彼女は「申し訳ありません」と向かいに座る。それからちらりと私を見ると、「さきほどは、ありがとうございました」と呟いた。

「別に、感謝を言われるほどのことじゃないわ。少し――」

見ていられなかっただけだと口にしようとした私は、フリーダが既に書類に視線を落とし、こちらの話を聞いていないことに気が付いた。

ちょっとムッとする。

いや、少し落ち着きましょう。さっきそれで熱くなって、やりすぎたところじゃない。大丈夫、落ち着けるはずよ私。そんなふうに唱えながら深呼吸をする。

彼女がテーブルの上に広げる書類に視線を向けると、戦況報告という見出しが目に入った

「フリーダ、それはこの領地の戦況報告書?」

「……えぇ。これを見れば、聖女がどの程度の聖力を残しているか、おおよその把握が出来ますから」

「……もしかして、エルゼさんに聖女を派遣できないのか、考えているの?」

そうでなければ、このタイミングでそんなものを調べる理由はない。領主として毅然とした態度を取ってはいても、姉としてはやはりなんとかしたいのだろう。

フリーダは手を止め、少し寂しげに微笑んだ。

「聖女たちの働きで死者の数は減っています。でも、聖力はいつも足りていません。それにここ数年、魔物の数は増え続けています。いつスタンピードが発生してもおかしくないほどに」

「スタンピード……」

魔物の氾濫。魔物が瘴気の濃い場所へと大移動する現象のことで、街に押し寄せた場合は大きな被害が発生することも珍しくない。

「そもそも、騎士や兵士ですら、聖女の治療が受けられずに亡くなる者がいます。戦闘で侵蝕病に罹った彼らですら見殺しにしなければならない状況なのに、私の妹を特別扱いできると思いますか?」

「それは、難しいでしょうね」

妹を救うと言うことは、皇国のために戦っている者のうち、誰か一人を犠牲にするということだ。もしもその話が広がれば、領民の信頼を失うだろう。

「だから、最初から答えは決まっているんです」

そう口にするフリーダの目には、深い悲しみが滲んでいた。

やっぱり、フリーダと兄は違う。

でもこのままなら、結果的に兄と同じになる。

そんな結末を見たくない。

「私が浄化する、というのはどうかしら?」

フリーダは目を見張って、視線を彷徨わせた。だけど、最後には苦渋に満ちた顔で首を横に振る。

「……同じことです。貴女が力を振るうなら、それは皇国のために戦った兵士にお願いします」

「でも、私は軍に所属していないわよ?」

私の気紛れということにしたらいい。

そう思ったのだけど、フリーダは首を横に振った。

「……貴女は既にレイヴェルの皇妃ですから。いまだから言いますが、皇都の浄化も少し問題になっていました。陛下がとりなしてくださいましたが……」

「え、問題だったの?」

「もっとひどい状況で、聖女の浄化を待ち望んでいる土地はいくらでもありますからね」

気付かなかった。だってアルベルト陛下は、あれこれ言いながらもお礼を言ってくれたから。

「ごめんなさい、迷惑をかけたのね」

「いえ、皇都の件は、ちゃんと説明しなかった私のせいですから。こちらこそ、申し訳ありません」

迷いのない謝罪。私がなにかやらかしたら自分の責任。あれは本気の言葉だった。

でも、そうなると困ったわね。

「話を戻すけど、私が貴女の妹を救うのはダメなのね?」

「……私は、姉であるまえに領主ですから」

やっぱり、フリーダは高潔だ。

だけど、それ以上に不器用だ。

彼女はいま、泣いている。

泣きながらそんなことを言うくらいなら、領主の立場なんて捨ててしまえばいいのに。

でも……そんな彼女が侍女になってくれたから、私はずいぶんと助かっている。だから、私は彼女の意思を歪めることなく、彼女を救ってあげたい。

たとえ、私が白雪の聖女であると知られる危険を冒し、功績を隠すハメになっても。

「――フリーダ、私をこの地で最大の瘴気溜まりに案内なさい」

「……はい? そんなところへ行って、どうするつもりですか?」

「決まっているじゃない。私がそれを浄化するのよ」

フリーダが妹を救えずにいるのは優先順位の問題だ。

なら、彼女の治療より優先順位の高い問題を、私が片付けたら? フリーダの妹にも順番が回ってくるはずだ。それは不正でもなんでもない。

胸を張ってフリーダの妹を救う正攻法。

「……本気、ですか?」

「冗談でこのようなことは言わないわ」

「いくらなんでも無茶です。貴女は先日、聖力を使ったばかりではありませんか。それに、領都の瘴気溜まりは、皇都の空の比ではありませんよ」

「問題ないわ。あのときは全力じゃなかったもの」

「またそんな、冗談みたいな話を……冗談、ですよね? まさか、本気、なのですか?」

胡散臭そうな目を向けられる。

「信じられないのは分かるわ。それに、護衛を編成してもらうことになるから、軽々しくたしかめて見ろとも言えない。それでも……」

信じて欲しいと訴える。

フリーダは小さく息を吐いた。

「それは問題ありません。この領地で最大の瘴気溜まりは城の地下にありますから」

「城の地下?」

なぜそんな場所に瘴気溜まりがあるの?

後から瘴気溜まりが発生した? それとも、最初からそういう場所に城を建てたのかしら? そういえば、フリーダが領都を前線基地と呼んでいたわね。

そして、六芒領主は封印の要を護っているという陛下の言葉。

領地の真ん中にある領都が前線基地で、その周囲の方が豊かである理由。

私はいま、その真相に近付こうとしている。

私はフリーダと共に城の地下へ向かった。地下へと続く階段は魔導具の灯りに照らされてなお暗く、一歩降りるごとに瘴気が濃くなっていく。

「どうして、こんな危険な場所を放置しているの? 浄化すればいいでしょう?」

「していますよ。毎月浄化してなお、この状態なのです」

「毎月? 冗談でしょ」

「いいえ、事実ですよ。前回浄化してからそろそろ一ヶ月ではありますが……」

この世界は瘴気に侵食されているが、瘴気がどこから発生するのかは分かっていない。魔族が暮らす世界から瘴気が流れ込んでいる、なんて噂もあるけれど、それを立証した者はいない。

いずれにせよ、聖女が浄化しなければ各地の瘴気は濃くなっていく一方だ。だがそれでも、一ヶ月でこんなに濃くなる瘴気溜まりを私は聞いたことがない。

それに戸惑いつつも階段を降りきると、そこに魔法陣が設置されていた。

「どうぞこちらに。短距離用の転移の魔法陣です」

「……短距離用?」

「侵入者を防ぐためのもので、皇帝と六芒領主にしか使えません。さあ、お手をどうぞ」

フリーダが魔法陣の上に立ち、私に手を差し伸べてくる。その手を掴み、おっかなびっくり魔法陣の上に立った。

次の瞬間――私は地下にあるとは思えない大きな部屋の中に立っていた。床には六芒星の魔法陣、そして部屋の中は瘴気に包まれ暗く澱んでいる。

「……ここはなに?」

「ここは封印の六芒殿です」

「封印の六芒殿? ……もしかして、六芒領主はこれを護っているの?」

「ええ。魔王を封印する魔法陣。その中心は皇都にあり、六芒の頂点には六芒殿があります。その六芒殿を護る一族、それが六芒領主です」

私はいままで、六芒領主は魔物から領民を護っているのだと思っていた。

だけど違う。

六芒領主はその民と共に、魔王の封印を護っている。

「じゃあ、この瘴気は魔王のもの?」

「そう言われています。そして、これを定期的に浄化しなければ、魔物が押し寄せて封印を解いてしまうでしょう」

「だから、領都が前線基地だと言ったのね」

「ええ。領都は皇国で一番魔物の襲撃が多い場所だと言われています」

いままで見えなかったものが見えてくる。

この封印が破られれば、魔王が復活する。それが事実なら、フリーダが領主として非情な決断をくだすのも無理はない。

「こんなに過酷な環境で、貴女たちはそれを外部に漏らさずに戦ってきたのね。どうして、他国に援助を求めなかったの?」

魔王の封印が解ければ、困るのはレイヴェル皇国だけじゃない。海を隔てているとはいえ、アシュタル国だって他人事じゃない。

「封印の存在を知られる危険もありますから。とはいえ、アルベルト陛下はアシュタル国と交易を始めようとなさっています。貴女の兄のせいで頓挫していますが……」

「あぁぁああぁぁ、私の兄が大変申し訳ありません!」

講和に向けた技術交流を、兄がぶち壊しにしたんだった。

兄のやらかしは知れば知るほどヤバいわね。

彼らが怒り狂うのも当然だ。

「……あの王太子のことは許していませんが、貴女が同類でないことはもう分かっています」

「ありがとう。その言葉だけで十分よ」

王太子のやらかしと、技術交流で訪れた聖女のやらかし。王太子の妹であり、聖女でもある私が警戒されるのは当然だ。国際的に見ても、同じ王族である私には責任がある。

頭で理解していても、感情では納得はしていない。

でも、それは彼女たちも同じだろう。

兄と私は別の人間だと理性で理解はしていても、感情では納得していない。兄が詫びの品として私を差し出して、責任から逃げてしまったのだからなおさらだろう。

それでも、フリーダは私のことを理解しようとしてくれた。

だから――

「ねぇフリーダ。貴女は妹と仲がいいの?」

「急になんですか?」

「いいから答えて」

私が促すと、フリーダは少しだけ考える素振りを見せた。

「そうですね。嫌われているかもしれませんね」

「……どうしてそう思うの?」

「エルゼは、父がメイドに産ませた子なんです」

「婚外子ということ?」

私とおなじ身の上なのかしら?

「いいえ、認知はしています。この地で子供が生まれるのは特別なことですから。血縁ならなおさら、大切な家族として迎え入れるのが普通で、エルゼもその例には漏れていません」

「だったら……」

嫌われる理由なんてないんじゃない。

「それでも、当主になるべく教育を受けた私と、そうでない彼女では、なにもかもが違いました。侵食病だってそうです。私なら、真っ先に治療を受けることが出来ます。私はそんな立場の違いをずっと歯がゆく思っていた。でも、妹はそんな私の気持ちを知りません」

だから嫌われているかもしれないと、フリーダの言葉は私の胸に突き刺さった。

私の兄もそうだったのかしら? とそう思ったから。

――まあ、兄に限ってそれはないわねと、一瞬で可能性を切り捨てたのだけれど。

結局のところ、兄とフリーダは違う。

だからこそ、結末が同じになって欲しくない。

「いまからでも、伝えればいいじゃない」

「え?」

「次に会ったとき、大切な妹だと伝えてあげて。私がその機会を作るから」

六芒殿の真ん中に立った私は片手を胸元に添え、もう片方の手はゆっくりと広げる。

女神に祈りを捧げ、行使するのは浄化の奇跡。

巨大な六芒殿に、汚れを知らぬ純白の雪が降り始めた。

「これが、黒雪? いえ、これはどう見ても……まさかっ、貴女は……いえ、貴女様は――」