軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

偉大な聖女の片鱗 2

「……まったく、そうならそうと最初に言えばいいものを」

「陛下が勘違いなさっただけです! 私は最初に呪いを解析したいといいましたよ」

とんでもない勘違いをされたわ! と、ちょっぴりふくれっ面になる。

それを見た彼はわずかに苦笑した。

「そうか、ならば今回のことは俺が悪かった。それで、服を脱げばいいのか?」

「ええ、呪いの痕跡を見せてください」

「分かった。ならば上半身だな」

正面のソファに座る彼はそう言って、シャツのボタンを外し始めた。

夜の帳が降りる私の寝室。

魔導具に照らされ、彼の引き締まった胸板が露わになっていく。

うひぃと悲鳴を上げて顔を手で覆う。線は細いながらも肉体は引き締まり、腹筋もうっすらと割れている。それを指の隙間からうかがっていると彼が半眼になった。

「……もう一度聞くが、呪いを解析するのだな?」

「え、ええ、もちろんです」

私は咳払いを一つ。

意識を聖女のそれに切り替えて観察する。だけど、見える範囲に呪いの痕跡は見当たらない。でも、不慮の事故で触れたとき、呪いの力を感じたのは上半身のあたりだったはずよ。

「……もしや、背中ですか?」

「ああ、正解だ」

彼はソファの上で軽く上半身を捻った。

ちらりと見えた背中に大きな紋様、禍々しさの中にわずかながら聖なる力を感じる。相反する力を持つ、精巧な魔法陣がそこにあった。

私はその紋様から目が離せなくなり、解除したいという衝動に駆られる。それと同時、頭の中にこの呪いを解くために必要な技術が流れ込んできた。

……いまのは、なに?

その不思議な感覚に流されるまま、私はそっと魔法陣に指を伸ばした。

「ノエル、呪いに触れると危ないぞ」

アルベルト陛下が警告を発する。

それは、私が魔法陣に触れた後だった。

「……申し訳ありません。ダメだったでしょうか?」

「いや、魔法陣に触れると拒絶されると聞いていたのだが……大丈夫なのか?」

「ええ、とくに反発などはありませんでした」

痛いとかはない。

でも、この感覚は……なんだろう?

「……ノエル、泣いているのか?」

「……え?」

頬に触れると、わずかに涙の跡があった。

「すみません、目に埃が入ったみたいです」

慌てて手の甲で拭い、それから「すみません、横になってくれますか?」と話を進める。

「……まあ、いいだろう」

彼は物言いたげな顔をしながらも、ソファの上でうつ伏せになった。

私はローテーブルを迂回して彼の前に立つ。

六芒星の魔法陣ね。やっぱりちょっとおかしい。

呪い特有の禍々しさはあるけれど、同時になんらかの護りのようにも感じるわ。

「この呪いをいつ、どこで受けたかお聞きしてもよろしいですか?」

「ああ。これは皇位の継承とともに受け継がれる、魔王から受けた呪いだ」

「魔王の呪いなのですか!?」

予想の斜め上。

相当に強い呪いだと思っていたけれど、まさか魔王による呪いだとは思ってもみなかった。たしかにそれを納得させるだけの禍々しさはあるけど、だとしたらこの聖なる気配はなに?

「この紋様には六芒星が使われています。六芒星には結界や封印、それに対なるものの調和などがあり、こういった呪いにはあまり使わないのですが……」

本当に魔王の呪いなのだろうかと疑問を浮かべる。口にしなかったのは、それが白雪の伝承を信仰する彼にとって侮辱になると分かっているから。

果たして、彼は小さく笑った。

「本当に優秀なようだ。これは魔王の呪いであり、同時に白雪の聖女の祝福でもある」

「まるで謎かけですね」

「そうでもない。魔王から受けた呪いに、白雪の聖女様が手を加えたというだけの話だ」

彼は伝承の一部を教えてくれた。

かつて、白雪の聖女と、彼女を護る七人の騎士が魔王を封印した。その際、魔王は聖女を道連れにしようと呪いを放ったが、一人の騎士が身代わりとなって呪いを受けた。

決して解けず、本人が死ねば血縁に移る最低最悪の呪い。

本当なら、騎士はその一族ごと死んでしまうはずだった。けれど、白雪の聖女は魔王を封印した魔法陣を利用して、騎士に掛けられた呪いを抑え込んだ。

ただ、生涯を懸けても解呪には至らず、聖女は輪廻の時を経て、いつか必ず騎士をその呪いから解放すると約束したそうだ。

「その騎士が、レイヴェル建国の皇帝なのですか?」

「ああ。そして残りの騎士が六芒領主となって、封印の要を護り続けている」

壮大な話ね。

陛下の呪いを実際に目にしなければ、おとぎ話と断じていたかもしれないわ。

でも、呪いはたしかにここにある。その話も実際にあったことなのでしょうね。

そこまで考えたとき、さっき頭に浮かんだ知識の出所を理解した。あれは、白雪の聖女が輪廻の時を経て研究を重ねた、呪いを解くために必要な知識だ。

それが私の魂に刻まれている。

いつか、輪廻の時を経て、皇帝に掛けられた魔王の呪いを解くために。

「これは呪いであると同時に、白雪の聖女が実在する証、彼女が俺達を護った証でもある」

「だから、白雪の聖女が復活したらすべてを捧げるとおっしゃったのですか?」

「それもある。だが、俺が彼女にすべてを捧げると誓ったのは、実際に命を救われたからだ」

あぁ……そう言えば、演説の前に聞いた気がするわ。

「先代の白雪の聖女様に救われた、でしたか?」

「ああ。物心が付いたばかりの頃だ。不慮の事故で重度の侵食病に侵されてな」

重度ということは、きっと瘴気に触れたのね。

「そのとき、白雪の聖女様に?」

「ああ。本来ならそのまま死んでいてもおかしくなかったのだが、白雪の聖女様のお力で救われた」

それが二十年以上前の出来事。その後、私が生まれたと考えると、時間的な辻褄が合うわね。

やはり、私が白雪の聖女なのかしらと、彼の背中に刻まれた紋様に指を這わせた。

私に前世の記憶なんてものはない。

けれど、その紋様を見ていると妙な使命感のようなものを感じる。この呪いを解析して、アルベルト陛下を呪いから解き放ってあげたいと、そんな衝動に背中を押される。

「陛下にとって命の恩人なのですね」

「そうだ。それに、白雪の聖女様がいらっしゃらなければ、この地の人間はすべて魔王に滅ぼされていただろう。だから、俺達は生まれたときから彼女のために生きると決めている」

彼らの忠誠は本物だ。私が白雪の聖女だと名乗れば、彼は私の過去をすべて許し、白雪の聖女だからという理由だけですべてを与えてくれるだろう。

だけど、それは嫌だ。

私は白雪の聖女として居場所が欲しいんじゃない。

ノエルとしての居場所が欲しい。

だから、自分の力で彼に認められる。私はそのために出来る一歩として、呪いの解析を進めた。

魂に刻まれた知識が、解析を飛躍的に早めた。けれど、肝心なところが解析できない。

それを理解したところで手を止めた。

「……終わった、のか?」

「ひとまず、呪いの構成を記憶しました」

「そうか。改めて聞くが、解呪は出来そうか?」

「そうですね……」

魂に刻まれた白雪の聖女の知識だけでは、この呪いを解けない。それは、先代の白雪の聖女が呪いを解いていない結果が物語っている。

だけど――と思い出すのは、アシュタル国の禁書庫で一度だけ見た資料。その本には、白雪の聖女が持っていない知識が書かれていた。

あのときは興味がなくて流し読みしかしなかった。けれど、本に書かれた知識があれば、白雪の聖女の知識だけでは足りない部分に手が届く。

その確信があった。

つまり、アシュタル国と関わりがあり、白雪の聖女の生まれ変わりでもある。私だけが、アルベルト陛下の呪いを解ける唯一の人間ということになる。

「いますぐには不可能です。ですが、必ず解いて見せます」

「……そうか。では期待して待っている」

さして期待していなさそうな顔で言われた。

悔しいなぁ。

いつか、その顔をびっくりさせてやる。

そんなふうに思いながら、私はアルベルト陛下の背中に手の平を乗せた。

「いますぐ解呪は出来ませんが、呪いにこびりついた瘴気の浄化なら出来ますよ」

「それはありがたいが……そなたは昨日も大規模な浄化をしたばかりだろう。続けて力を使っても大丈夫なのか?」

「あの程度なら問題ありません」

「あの程度……?」

しまった。もう少し謙遜しておくべきだったかも。

でも、あの程度で驚かれていたら、今後が窮屈で仕方ないわよね。

「私はまだ大丈夫ですよ」

「……そうか。ならば浄化を頼む」

「はい。では、前を向いていてください」

彼が前を向くのを待って、私は浄化の力を発動させる。

淡い光を帯びた雪がふわりと彼の背中へと落ちていく。その白い雪はアルベルト陛下を蝕む瘴気を吸って黒く染まり、雪解けのように消えていく。

刹那、アルベルト陛下がピクリと身を震わせた。

「これが、そなたの浄化か?」

「ええ。雪といっても、冷たくはないはずですが……くすぐったかったですか?」

「いや、だが少し驚いた。その名とは違い、心が洗われるような、優しい温もりだな」

「そう言ってくださったのは陛下が初めてです。だから、振り向かないでくださいね。せっかくよい印象を得たのに、それを台無しにしたくありませんから」

彼が振り返ろうとする気配を感じて牽制する。私の白い雪を見られるわけにはいかないからね。

……って、どうしたんだろう? なにか、すごく言いたげな顔をしている。

「どうしました?」

「いや……そなたは、黒雪の名を恥じているのか?」

「兄が揶揄していましたから。でも、いまは恥じていません」

黒雪の名は、多くの瘴気を浄化して、人々を救った証だ。

だから恥じることはない。黒雪の聖女として、アルベルト陛下に認められたいと強く想う。

「そうだ。私に聖女としての役目をくださいませんか?」

「……なぜだ?」

「そもそも、私が嫁いだのはそういう名目だったはずです。それに、フリーダから少し話を聞きました。皇国には聖女が足りていないと」

「事実ではある。だが、聖女として活動するならば、危険な前線にも立つことになるぞ?」

「覚悟の上です」

「……言うだけなら誰でも出来る。だが、戦場はそなたが思っているよりも危険な場所だ。皇都で大人しくしていた方がいい。そなたは皇妃なのだからな」

フリーダと同じようなことを言う。

あのときは大人しく従うと口にしたけれど……

「アルベルト陛下、私は謝罪の品として贈られました。いまの私は皇妃にふさわしくありません。だから、皇国の、貴方の皇妃にふさわしいと、自らの力で証明したいのです」

「だから危険な戦場へ向かいたい、と? そなたは、国の命令で嫁がされただけではないのか?」

「否定はしません」

そうだね、否定は出来ない。私は望まぬ婚姻を強いられた。

でもそれは、陛下が憧れのお兄さんであることを知らなかったからだ。

「祖国のことを怨んでいるのではないか?」

「それも否定はしません。ですが、あの国には大切な人たちがいますから」

私がそう口にした直後、アルベルト陛下がピクリと身体を揺すった。

「……陛下?」

「いや、なんでもない。それより、大切な人々というのは?」

「ええと? ……あぁ、そうでした。あの国にも私の居場所があったんです。残念ながら、それに気付いたのはすべてを失った後でしたが……」

居場所の話は、憧れのお兄さんとした話題だ。陛下が気付いてしまわないか不安だったのだけれど、彼は幸いにもこれといった反応を示さない。

代わりに、酷く弱々しい声を上げる。

「そなたは、戻りたいのか?」

どこか不安そうな声、いつもは自信に満ちた彼の声とは思えない。

それにしても、戻りたいか、戻りたくないか、か。

「いいえ、私はこの国で新たな居場所を作ると決めていますから」

「……そうか」

彼はそのまま沈黙した。

「……陛下?」

「いや。それで、そなたはこの国でなにをするつもりだ?」

「レイヴェルとアシュタルの関係を取り持てればと思っています。それが敵国へ嫁いだ王女の役目だと思いますから」

「立派な志――と言いたいところだが、あの男が次の王である以上は難しいと思うが」

「同意見です。ですので、そのときは首をすげ替えましょう」

私が笑うと、アルベルト陛下はガバッと振り返った。

「――陛下、振り向かないでと言いましたよ」

私が一喝すると、彼は慌てて前を向いた。

「すまない。その……そなたの言い分に驚いてな」

「いえ、こちらこそキツく言ってしまい申し訳ありません」

謝るが、心臓はバクバクと音を立てていた。

……大丈夫だったかな? 白い雪、見られてないよね? 一瞬だったし、ほとんどが瘴気を吸って黒く染まってたから大丈夫だよね?

でも、私の雪の色を見ましたか? なんて自らボロを出すようなものだ。ひとまず、気付かれていないことを祈るしかないと浄化を続ける。

結局、なにか言われることもなく浄化を続け、やがて雪は黒く染まらなくなった。それを確認して、私はようやく浄化の奇跡を終える。

「いかがですか?」

「……あぁ、いいな、これは。すごく晴れやかな気分だ。これほど身体が楽になったのは本当に久しぶりだ。そなたは優秀なのだな。ありがとう」

彼は肩越しに振り返って笑う。

彼が浮かべる笑顔は、期待していると言ったときの、上辺だけの笑みとはまったく違っていた。それが嬉しくて、私は「がんばった甲斐がありました」と破顔した。

彼は一瞬だけ驚いた顔をして、それからわずかに視線を彷徨わせた。

「なんでしょう?」

「いや、その……そなたがずっと真剣な様子だったから、言うか言わないか迷っていたのだが、いつまでそうしているつもりだ?」

「え、なんのこと――っ」

言われて気付く。

紋様を正面から見るため、私はいつの間にか身を乗り出して彼の背中に跨がっていた。

「大変失礼しました!」

慌てて彼の上から退いて、絨毯の上に足を下ろそうとする。でもあまりに慌てた私は足をもつれさせ、顔からローテーブルに突っ込みそうになる。

「――っと。気を付けろ」

寸前、身を起こしたアルベルト陛下に支えられた。

彼の腕が、背後から私の腰を抱えている。

お姫様抱っこなんて可愛いものではない。完全にお荷物である。

詫びの品からお荷物へ……あはは。

「……か、重ね重ね申し訳ありません」

今度は落ち着いて、ゆっくりと絨毯の上に降り立つ。それから向かいの席に座り直した私は、恥ずかしさを誤魔化すように明後日の方を向いた。

だが、そんな私の横顔を、アルベルト陛下がまじまじと見つめてくる。

「……ふむ。こういうことには慣れていないようだな」

「あ、当たり前ではないですか。アルベルト陛下は私をなんだと思っているのですか!?」

思わず彼の方を見て、だけどやっぱり恥ずかしくて視線を逸らす。

アルベルト陛下は「すまなかった」と言いつつ、喉の奥でくくっと笑った。

「悪かった。どうしても、前回この地を訪れた聖女のイメージが消えなくてな」

「……そんなに酷かったのですか?」

「俺の部屋にあられもない姿で押しかけ、護衛の騎士に捕まったそうだ。しかも、聖女はそのまま騎士を誘惑しようとしたそうで、騎士がなんとかして欲しいと泣きついてきた」

「それは、なんというか……同じ国の人間として謝罪いたします」

兄も、もう少しまともな聖女を選びなさいよ。それこそ、そのときに私を選んでくれていたら、もう少しマシな対応を受けられたのに。

と、そんなことを考えていると、アルベルト陛下が不意に真面目な顔になった。

「――ノエル。アイゼンヴァルト領ならば許可しよう」

初めて呼び捨てにされたことに驚いて、最初はなんのことか分からなかった。でも、すぐに、フリーダの領地なら浄化の任務についてもいいという話だと理解する。

「……よろしいのですか?」

「ああ。その代わり、泣き言は聞かない。聖女としての価値、皆に証明して見せろ」

「謹んで、お受けいたします」

――白雪ではなく黒雪として認められる機会。

私は、それを決して逃さない。