作品タイトル不明
251、リンハの店
大きく手を振っているその様子と声質から、道の先にある建物から顔を出してこちらに呼びかけているのが誰なのか分かった。
「リンハさん、ですよね?」
ディアスの妹だ。朝は早く出かけていったはずだが、なぜこんなところにと思っていると、ディアスが少し疲れたような表情で言った。
「あそこはリンハの店らしい。城までの通り道だから必ず寄っていけと言われていた」
「そうなのですね!」
お店をやっているなんて凄いと、マルティナはその外観を確認する。レンガのような材質の建材で建てられている店は、そこまで大きくないものの、二階建てでとてもおしゃれだった。
材質はレンガに似ているが、その大きさは一つがマルティナでは確実に抱えられないほどで、二色のその建材が上手く組み合わさっている。
さらに店先には、黄色の綿毛が咲いているように広がる植物が、雲のような白いふわふわした何かからたくさん生えていた。マルティナたちの世界にはないものだが、とても可愛くて癒される見た目である。
透明度の高い窓から見える店内には、服や装飾品が並んでいた。
『私のお店にようこそ!』
『リンハさんがお店をやっているなんて驚きました』
『凄く、可愛い、です』
ハルカも興味津々だ。辿々しいが竜の言葉で伝えている。
『ずっと自分のお店を持つのが夢で、少し前に始めたんです。せっかくだから見てもらいたくて。どうぞ中に!』
『では、お邪魔します』
皆で店内に足を踏み入れると、外から思っていたよりも広く感じる店内に、たくさんの服や装飾品が並べられていた。
『こういう服飾店は、私たちの世界とあまり変わらないみたいだ』
ソフィアンの言葉にリンハがずいっと距離を詰める。
『その話をぜひ詳しく!』
やはり自らが好きなものが別世界でどのような扱いなのかは気になるようだ。リンハは昨日もマルティナたちの服装について質問をしていた。
早口の質問の意味が取れず、ディアスに通訳をお願いしているソフィアンを横目に、マルティナは並べられた商品を見て回ることにした。それにロランとハルカも続く。
「あ、男性向けもあるみたいですよ」
「本当だな。こっちでいくつか服を買うのもありか? あんまり持ってきてないからな」
「そうなんですよね。サイズが合えば買ってもいいかもしれません。あ、でもそのためにはまず稼がないと」
こちらの世界での生活はディアスに頼りきりだが、服まで面倒を見てもらうのは申し訳ないのだ。
ただこちらで何をすれば稼げるのか。そもそも雇ってもらえるのか。そんなことを考えていると、ソフィアンと話していたはずのリンハが期待の眼差しでマルティナたちを見ていた。
『今の話って……!』
『えっと、どの話ですか?』
『服をいくつも買うみたいな話です! 本当ですか?』
なぜリンハが瞳を輝かせているのか分からず首を傾げながらも、マルティナは頷いた。
『もちろんですが……』
『それ、私が目指してることなんです!』
服をいくつも買うことを目指すというのがよく分からない。また首を傾げそうになったところで、マルティナはディアスの服装のことに思い至った。
ディアスはマルティナたちの世界の服を着ることがほとんどなかったのだ。竜という全く別の存在であるため、そういうものかと普通に受け入れていたのだが……。
『あんまり服を着替える文化がないのですか?』
『そうなんです!』
それからリンハが説明してくれたところによると、竜の人型向けの服やアクセサリーは、竜の姿に変身しても問題ないような特殊な材質で作られているらしく、認識としては体の一部のような形らしい。
確かにそうでなければ、竜の姿と人型を繰り返すときに毎回服を脱ぎ着しなければいけないだろう。それが必要ないように作られているのが当たり前だそうだ。
しかし、だからこそ耐久性や防汚性がかなり高く、一年単位で同じ服を着続けることも珍しくないらしい。
『私はそれを変えたいんです! 頑丈な作りだっていっても、やっぱり新品と比べたら着続けてる服は寄れてるし汚れてるし、少し破れたりほつれたり色々とダメになっていく部分もあって――それに、服を変える楽しさって日々を豊かにしてくれると思いませんか?』
リンハの主張はマルティナたちにとってごく当たり前のものだが、服が体の一部であり、年単位で替えない文化の中ではかなり異端なのだろう。
悔しそうなもどかしそうな顔をしていた。
『私はあまり服に興味がないのですが、それでも新しい服を着ると少し気持ちが上がるのは分かります。ハルカの世界は私たちの世界よりもたくさんの服があったとか……』
マルティナがリール語でハルカに同じ言葉を伝えると、ハルカは笑顔で頷く。
「うん。皆がたくさんの服を持ってたよ。毎日組み合わせを考えたり、お気に入りの服を着た日はいつもより楽しい気分になったり……」
その言葉を訳すと、リンハは羨ましそうに瞳を潤ませた。
『やっぱりなんとかその文化を定着させたい――私、頑張ります!』
グッと拳を握りしめたリンハを心から応援したくなる。リンハは前向きで元気で可愛く、素直に応援したくなる相手だ。
それからも少し話をして、城に行かなければいけないからそろそろ店を離れようという流れになったところで、リンハが思い出したように一着の上着を手にした。
『そうだお兄ちゃん、これを長に届けてくれる? ちょっと前のことなんだけど、室内で着る薄い上着が欲しいって言われて作ったの』
その上着はとても綺麗な青だ。複雑な模様が描かれているが、場所によっては透けるほどの薄さで、さらにとても軽そうに見える。
『分かった』
『ありがとう。注文の時に前のは破れたから捨てたって言われたんだけど、せめて破れる前に次の服を注文してって言っといてくれる? しばらく上着なしでいるはずだから、身に染みてるかもしれないけど』
『それも伝えておく』
『よろしくね』
ディアスが上着を受け取ったところで、リンハはニコッと明るい笑みを見せながらマルティナたちに手を振った。
『じゃあ、また今日の夜にでも』
『はい。お仕事頑張ってください。私たちはお城にお邪魔してきます』
店の外に出ると、ちょうど他のお客さんが中を覗いているところだ。邪魔にならないように足早にその場を去り、また城に向かった。