作品タイトル不明
250、客室と翌朝
ディアスの家族がそれぞれ自分時間を過ごし始めたところで、マルティナたちは客室に案内してもらうことになった。
巨木を家にしているだけあり、部屋数は多いそうだ。マルティナたちが一人一部屋を使えるらしい。
「好きに使って構わない」
「ありがとうございます。とっても素敵な部屋ですね」
「母が趣味で整えてるんだ」
趣味というだけあり、客室はそれぞれ趣向の違うコンセプトになっていた。マルティナが借りる客室は色鮮やかな布が多く、とても暖かみのある部屋だ。反対にロランの部屋は白と黒でまとめられている。
「私の部屋は空、でしょうか」
「よく分かったな。青空と夜空を上手く融合させているらしい」
「わたしの部屋はお花ですね。可愛いです!」
どの部屋もセンスがあり、マルティナたちはそれぞれの客室に足を踏み入れた。どの部屋も同じ階にあり、マルティナとハルカの部屋が隣で、それぞれの向かいがロランとソフィアンだ。
「そうだロラン、護衛は一人だけだから、夜の見張りは必要ないよ」
ソフィアンが部屋から廊下に顔を出して告げると、ロランもすぐ廊下に戻る。
「かしこまりました。さすがに一人で夜も護衛をするのは無理なので寝ることにします」
「ぜひそうしてください。早めに寝てくださいね」
話を聞いていたマルティナも廊下に顔を出して伝えると、ロランにじっと見つめられた。
「……なんでしょうか」
「マルティナ、俺が護衛をしてないからって夜更かしするのは禁止だからな」
心の中を読まれたのかと思い、ギクッと肩を揺らしてしまう。この家にも本がいくつかありそうだし、借りられたら少し夜に読もうか……なんて考えていたのだ。
「マルティナ?」
「も、もちろんすぐに寝ます! 本は昼間にたくさん読めますから!」
はっきりそう伝えると、ロランは少し眉を下げた笑みを見せた。いつも通りに見えるその表情が少しだけいつもと違って、マルティナは思わず首を傾げた。
「何かありましたか……?」
「ん? なんでだ?」
「いや、なんとなくいつもと違うかな……と」
その言葉にロランは笑みを深める。しかし自然な笑顔というよりも、何かを隠そうとする笑顔に見えた。
「いや、いつも通りだぜ? もしかしたらちょっと疲れてるのかもな」
「そう、ですか」
本心を語ってくれていない気がしたが、本人が隠したいことを追及するのはダメだろうと話を終わらせることにする。
しかし、何かに悩んでるなら相談してくれないことが悲しかった。
(ロランさんにとって私は、やっぱり頼りないのかな……)
ロランに頼られる存在になりたいと、素直に思った。
「何かあったら言ってくださいね」
「ああ、ありがとな」
それだけ伝えて話は終わり、またそれぞれの客室に戻る。そしてその日は別世界に来るという大きな体験をしたせいか疲れていたこともあり、早めに眠りに落ちてしまった。
翌朝。またディアスの母親の美味しいご飯を食べたマルティナたちは、さっそく城に向かうために家を出ることになった。
この世界に来て初めての、ディアスの家の外だ。階段を一階まで下りて玄関を通ると――目の前にはとても賑やかで幻想的な街が広がった。
「やっぱり、凄いですね」
屋上庭園からも見たが、何度見ても目を奪われてしまう光景だ。時間的な問題か、昨日よりも人が多いように見える。空を飛ぶ馬車のような乗り物の数も多く、それだけでなく普通に地面を走っているものもあった。
しかし生き物はその乗り物を引いておらず、おそらく木造や金属製のそれは自走していた。
「あれは馬車……とは呼ばないよな」
「我らは車と呼んでいる。地上を走るのは地車で空をいくのは飛車だな。マルティナたちの世界に魔道具があっただろう? それと似たようなものだ」
似たようなものというが、魔道具は光源となったり火を生み出したり、便利だがあくまでも生活の補助をしてくれるものだ。魔法よりも凄いことはできないのが当たり前である。
とうてい大きな乗り物を動かしたり、ましてや空を飛ぶなんてことはできなかった。
(この世界の方が発展してるんだね……)
もしかしたら本にも違いがあるのではないかなんて考えそうになり、慌てて思考を目の前に戻す。
「随分と人が多いですね」
「時間的に朝は多いのだ。それはそちらの世界も同じだろう?」
「やはり通勤時間なのですね。そういえば、昨日聞いた限りではこちらの世界と私たちの世界の一日の時間に大きな違いはないようでしたが、一年などの単位については――」
だんだんと遠慮がなくなってきている好奇心旺盛なソフィアンがディアスを質問攻めにしていると、顔を顰めたディアスが言葉を止めた。
「待て、それは後でにする。まずは移動するぞ。城は近いから歩いて行くのでいいな?」
「はい。構いません」
「わたしもむしろ歩きたいです。この街なら楽しくていくらでも歩けそう」
楽しそうに言ったハルカに同意したかったが、マルティナは主に体力的な問題ですぐに頷けない。
「私もなんですが、どのぐらいの距離でしょうか……?」
不安で問いかけたマルティナには、ディアスが手を伸ばす。高さがちょうどいいのか、最近は頭を撫でられることが増えた。ディアスとしては子孫を愛でたいのかもしれない。
「無理そうならいつものように我が運ぼう」
「いつも本当にありがとうございます。お世話になります……」
申し訳なさを抱えながら頭を下げた。
「別に良い。マルティナを抱き上げるのも割と楽しくなってきたからな」
それにどう反応すればいいのか分からず、マルティナは微妙な笑みを浮かべた。ありがたいが、理想は抱き上げられないことなのだ。
「では行くぞ」
ディアスの号令によって、さっそく城に向かって歩き出す。捻じ曲がったような不思議な建物や、長い針金の上に乗った建物、つるりとした切れ目一つない入り口不明な建物、上が遠すぎて見えないほどの高さの建物。
とにかくさまざまな建物が入り乱れており、遠くまで見渡せる街ではなかった。道も大通りがまっすぐ通っているのではなく、さまざまな小道が入り乱れている形だ。
目的地に向かうために、近場でなければ飛車に乗ると考えると、道の利便性はあまり必要ないのかもしれない。
「お城は見えてませんよね?」
「ああ、まだ見えないな。もうしばらく歩いたら見えてくる」
「建物が多いもんな……そういえば、この街ってどのぐらいの人が住んでるんですか?」
ロランの問いにディアスは昔を思い出すようにした。少しだけ考え込んでから答える。
「おそらく十万人ぐらいじゃないか?」
「そんなに!」
マルティナの予想よりも多かった。竜は長命ならば一万年も生きることがあるほどに寿命が長いと聞いていたため、数は少ないイメージだったのだ。
「それは竜の街では普通でしょうか」
「大体このぐらいだろう」
一気にこの世界への解像度が広がって、それと共に漠然と想像していたこの世界にある本の数が何十倍にも増えた。種族の数が多いだけ、本の数も増えるだろう。
無意識のうちにマルティナの足取りが跳ねるようになる。普通に歩くよりも確実に疲れるのだが、本に高揚しているマルティナがそこに思い至れるわけもなかった。
それからも少し歩いていくと、どこからかこちらを呼ぶ声が聞こえる。
『皆さ〜ん!』
キョロキョロと辺りを見回すと、道の先にある建物の中から誰かが顔を出していた。