作品タイトル不明
249、ディアスの家族たち
リビングの真ん中にある大きなテーブルには椅子が八脚置かれていて、それとは別に細かい刺繍デザインの布が敷かれたソファーにローテーブルがあった。さらに壁際には棚があり、中には食器やボトルのようなものが仕舞われている。
リビングと台所は扉なしで繋がっているようで、台所にディアスの母親がいるのが見えた。そしてテーブルとソファーには、それぞれ二人ずつディアスの家族がいる。
『お、やっと来たな』
『いらっしゃい!』
『よく来たね〜』
『どうも』
四人から声をかけられ、マルティナたちは慌てて挨拶をした。
『は、初めまして! 私はマルティナと申します』
他の三人もなんとか挨拶なら竜の言葉で可能だと。拙いだろう挨拶を笑顔で聞いてくれたディアスの家族にホッとしていると、今度はディアスが家族を紹介した。
「父親と妹、祖母に弟だ」
テーブルに座っているがっしりした体型の男性が父親で、満面の笑みで好奇心旺盛そうな人が妹、おっとりした雰囲気のニコニコと笑っているのが祖母で、緊張しているのかぶっきらぼうな感じなのが弟らしい。
『どうぞどうぞ座ってください! マルティナさんはこっちね。お兄ちゃんの子孫ってことは、つまり私の姪っ子的な存在でしょ?』
妹の勢いに呑まれて隣に腰掛ける。
『は、はい。そういうことに……なりますかね?』
『なるなる! というかこっちの言葉が凄く上手! 色々と聞きたいことがあるんだけど――あ、私はサハトゥイリンハって言うの。呼びづらいだろうから、リンハって呼んでください! それで――』
それからは主に妹からの質問攻めに遭い、とても賑やかに初対面の時間は過ぎていった。ハルカとロランはディアスが通訳をして、ソフィアンはなんとかゆっくりなら会話ができるようだ。
しばらくしたところで、母親の声が響いた。
『ご飯できたから持っていきな〜!』
『はーい!』
リンハが大きく手を上げて台所に駆けていった。
それからすぐに料理が運ばれ、テーブルとローテーブルはどちらも料理でいっぱいになる。ローテーブルは祖母と弟が使い、マルティナたちは全員がテーブルにつくことになった。
『どうぞ、好きなだけ食べてね』
『ありがとうございます。いただきます』
料理はどれもとても美味しそうだった。ディアスから食事にそこまで違いはないと聞いていたのであまり心配はしていなかったが、見た目も匂いもマルティナたちの世界にあったとしてもあまり違和感がないものだ。
『ん! このお肉美味しいです』
煮込みステーキのような料理を食べたが、とても柔らかい肉質にソースが濃厚で美味しかった。例えるならハルカによって新たに人気になりつつある醤油の味に近いかもしれない。
思わずハルカを見ると、嬉しそうに目を見開いている。
「これ、照り焼きみたいな味がする。お肉は牛肉に近いけどもう少し脂が少なくて柔らかいかな……」
そんな呟きに、日本の食事とここの食事が近いことが分かった。
「ハルカ、良かったね」
「うん!」
ディアスの家族には今の会話が分からないので、すぐにマルティナがハルカの喜びを伝える。
『とても美味しいと言っています。故郷の料理で似ている味付けのものがあるそうです』
『それなら良かったよ。このお肉はちょうど良い部位が買えたんだ』
このお肉はなんという動物のものなのか、調味料は何を使っているのか、そもそもこの世界の植生や動物たちの生態はどうなっているのか。
食事だけでさまざまなことが気になったが、聞き始めるとキリがないため今は気にしないことにする。
見たことがない形の野菜も全てが美味しく、マルティナはここに来られなかったサシャの顔が思い浮かんだ。
(この料理の話をしたら、絶対に悔しがるよね)
俺も食べたかったっす! と叫ぶサシャが容易に思い浮かび、思わず頬が緩んだ。離れてみて分かるが、サシャのあの明るさにはたくさん助けられてきた。
(サシャさんに何かお土産を持って帰りたいな)
『そういえば、明日は城に行ってくる。幻星道に関する書物が読みたいんだ。確か研究者もいただろう?』
ディアスの唐突な報告に、父親が反応した。
『幻星道に興味があるのか?』
『ああ、色々と研究してることに応用できそうなんだ』
『そうか。それなら城が最適だな』
城に行くことが当たり前のような会話に、改めてディアスが凄い立場だったことを思い出す。
しかし母親は、少しだけ表情を暗くしていた。
『長には会うのかい?』
『まあ、城に行くなら会うつもりだが。研究者も紹介してほしいからな』
首を傾げたディアスに、少し躊躇ってから母親が口を開く。
『なんか最近ね、ちょっとおかしいところがあるんだよ。兄はとにかく平和主義だったろう? まあ、争いは禁止されてるし当たり前なんだけどね。それが急に軍事方面に力を入れ出してて……』
『なんで軍事なんだ? 必要ないだろう』
『私もそう思うんだよ。でも言っても聞かないのさ。それに前とは別人のような感じを受けることもあってね……』
随分と深刻な話ではないだろうか。マルティナは眉間に皺を寄せてしまう。穏やかだった人が突然変わるというのは、何かしらの理由があるはずだ。
マルティナの持つ知識の中からだと、近しい人からの洗脳や、病気などもあり得る。または思考がおかしくなる植物がマルティナたちの世界に存在していたため、こちらにも存在していてもおかしくはないだろう。
なんにせよ、あまり良い方向のイメージは描けない。
『……とりあえず、明日会ってくる』
『そうしとくれ。それで様子を聞かせてくれたら嬉しいよ』
『分かった』
そこまで話したところで、暗くなった雰囲気を吹き飛ばすように母親が笑みを浮かべた。
『変な話をしてごめんね。さあさあ、もっと食べて。全く知らない世界の皆さんの口に合うか心配だったけど、問題ないようで良かったよ』
『とても美味しいです』
笑顔で伝えたソフィアンに、母親は笑みを深める。
『あの、これも、故郷の味と似てて、好きです』
ハルカがスープを示してそう言った。カタコトだが竜の世界の言葉で、それに雰囲気がさらに明るくなる。
『ハルカさんの故郷とここの食事は似てるみたいだね。遠い世界なのに不思議だね〜』
『遠い、世界? でも私は、ハルカさんと同じ気配を知ってる気がするけれど……』
静かにソファーで食事をしていた祖母が口を開いた。その内容に皆がソファーに体を向ける。突然多くの視線が集まり、祖母の前に座っていた弟は居心地が悪そうだ。
『やはりそう思うか? 我も少しそんな気がしたのだが、気のせいかと思ったのだ』
『いや、確かに知ってる気がするけれどね……でも、思い出せないね〜』
『思い出せないなら勘違いじゃないの?』
リンハの問いに祖母は首を傾げる。
『私は全然分かんないけどな〜』
よく分からない話にハルカは困惑している様子だ。マルティナもこの話をどう捉えて良いのか分からない。
『たまたま似てる気配の人たちがいたんでしょうか』
『そういうことじゃないかい?』
マルティナの問いに、母親が適当に答えた。母親もハルカの気配に何も感じないようだ。
そうしてその話は曖昧になり、ディアスの家族との食事は賑やかに終わった。