軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

239、それぞれの想い

親と幼子のような形で本を読み進めること数時間。ついに最後まで読み終わり、マルティナは本を閉じた。新たな本をじっくり読めて大満足だ。

「これ、本当に凄いですね」

その内容はまさに革命だった。

「これは本当に我の世界への帰還の魔法陣が完成しそうだな。ひとまず感知魔法を組み込む方法は分かった」

「私も分かりました」

二人して見解が一致し、マルティナはディアスの膝から降りる。大きく伸びをしてから少し気合を入れて、ハルカに顔を向けた。

「ハルカにも説明するね」

「うん。よろしくね」

ハルカの期待の眼差しにマルティナは意識して笑顔を維持しながら、ディアスと共に新たに判明した魔法陣の可能性を説明する。

説明が終わりハルカとディアスが話し始めたところで、マルティナは少し離れたソファーに腰掛けた。広い応接室には中央のソファーセットだけでなく、また別に寛ぐ用のソファーが置かれていたのだ。

二人掛けのそれに腰掛けたところで、なんだか疲れて背もたれに寄りかかってしまった。おそらく高いソファーはマルティナの体を包み込む。

部屋全体を見回すと、ハルカとディアスだけでなく、ロランとサシャ、フローランが護衛談義で盛り上がっていた。一瞬マルティナに視線を向けたロランに大丈夫だと伝えるように笑みを見せると、ロランは少し躊躇いながらも話に戻る。

ボーッとしていると、ソフィアンがマルティナの下にやってきた。適度な距離感で隣に座り、マルティナを覗き込むように横を見る。

「マルティナ、お疲れ様」

「あ、こんな格好ですみません」

慌てて背筋を伸ばすと、ソフィアンは緩く笑った。

「気にしないから自由にしていいよ。今の私は王子というよりもハルカの側近だからね」

その言葉にまた少し体から力を抜くと、ソフィアンが少しだけ真剣な表情になる。

「少し話そうって言っただろう? 今でも構わないかな」

「もちろんです。……その、話が合うって、ハルカが帰っちゃうことについてですよね?」

話の内容を聞かれないように、マルティナはソフィアンに近づいて声を潜めた。

ソフィアンも少し屈むようにして、二人はソファーの隣同士でくっつくように話す。

「そうだね。やはりマルティナも寂しいかい?」

「……はい。ソフィアンさんもですか?」

その問いに、ソフィアンは視線をハルカに向けた。楽しそうに話をするハルカの横顔に目を細め、大切そうに見つめてからまたマルティナに視線を戻した。

見てはいけないものを見てしまったような気分で、マルティナはドキドキしてしまう。

「そうだね。やっぱり寂しいよ。本人に伝えることはしないけれど」

「そう、ですよね。私も寂しいです。勝手に喚んだ私がそんなこと考えちゃいけないって分かってるんですけど、どうしてもその気持ちが浮かんできて、最近は帰還の魔法陣研究が進むことも素直に喜べなくて……」

同じ気持ちを抱えるソフィアンには素直に弱音を吐けた。視線を落としたマルティナに、ソフィアンは素に近い緩んだような笑みを見せる。

「そうだよね……でも、これは仕方がないと思うんだ。親しい人と別れるときに寂しいと思わない方がおかしいじゃないか」

「確か、に」

「だからこの気持ちは持ってもいいのだと思うよ。ただ、ハルカに伝えなければね。伝えたら困らせてしまうから」

伝えなければ寂しいと思っていい。そう考えたら、なんだか楽になった。寂しいと思う方が自然だと言ってもらえたことも心を軽くしてくれる。

「……これからはあまり罪悪感を持たずにいられそうです」

「それなら良かった」

「あ、その、すみません。心配をおかけして……」

マルティナを励ますために時間をとってくれたのだろうと思うと、ひたすら申し訳なかった。しかしソフィアンは首を横に振り、いつもは見せないような子供っぽいイタズラな笑みを浮かべる。

「私も弱音を吐きたい時はマルティナに聞いてもらおうと思ってるから。打算ありだよ」

そう言ったソフィアンに、マルティナの頬は緩んだ。

「いつでも聞きますので、声をかけてください」

「ありがとう。とても心強い仲間だ」

「仲間だなんて……嬉しいです」

二人の間に漂う空気が明るくなったところで、ソフィアンが笑顔のまま言った。

「では、久しぶりに本の話でもどうだろう。あまりじっくりと話をする機会がなかったからね」

「ぜひ! 最近何か本を読まれましたか?」

「もちろんたくさん読んでるよ。特に気に入っている著者の方がいてね――」

「え、その方の本、私も好きです!」

「それは嬉しいな。じゃあ、あの本は――」

それからの二人は本談義で大いに盛り上がった。楽しく話をしているうちに、マルティナは自然な笑顔を取り戻していた。

♢ ♢ ♢

親密そうに話をして、さらに楽しそうに本の話を始めたマルティナとソフィアンのことを、少し離れたところからロランが見ていた。

サシャとフローランと話をしながらも、どうしてもそちらに意識が向いてしまうのだ。

マルティナがまた落ち込んでいることは分かっていたのだが、励ます役目を取られてしまったらしい。その事実が自分でも驚くほどに悔しく、ロランはソフィアンを無理やり退かしてでも、マルティナの隣を取り戻したい気持ちに駆られた。

(マジ、か……)

自国の王子に対して不敬なことを考えてしまった事実が、ロランの中では衝撃だった。それほどに自分は、マルティナに特別な意味で――惹かれていたのか。

唐突に、その事実に気付いてしまう。

(可愛い後輩、だったはずなんだが)

瞳を輝かせて笑うマルティナは可愛らしい。いつもの笑顔を取り戻してくれたのは嬉しい。しかし隣にいるのが別の人であることがもどかしくて、胸が痛かった。

ただ、無理やりマルティナの隣に居座るようなことはしてはいけない、したくない。マルティナは多くの人から欲されるような特別な存在だ。ロランは自分が縛り付けていいような相手ではないと、自分に言い聞かせた。

(それに、マルティナは俺を護衛として、上司として信頼してくれてるんだ。それを裏切っちゃダメだろ)

あのまっすぐな信頼をなくすのは怖い。ロランは素直にそう思った。そして今気づいたこの気持ちは、気づいた瞬間から封印すべきだとも。

(ソフィアン様に嫁ぐなんてことも、あるんだろうな)

今はまだ様々な問題が山積していて、マルティナの立場は官吏のままだ。しかしこれから先、王家がマルティナを家族に迎え入れたいと考えるのは自然なことだと思えた。

マルティナの意思を無視するようなことはしないだろうが、ソフィアンとは本好きという趣味も合う。今話しているのを見ていても、気が合うように見えた。

諦めようと思い、自分を納得させようとしながらも、ロランは無意識に拳をキツく握りしめていた。笑顔のマルティナから視線を逸らせなくなっていると――。

「ロランさん?」

サシャに名前を呼ばれて、ハッと我に返る。

「大丈夫っすか?」

「あ、ああ、すまん。ボーッとしてた」

「疲れてるんじゃないっすか?」

「いや、問題ない」

なんとか誤魔化すとサシャは頷いたが、フローランはロランの視線の先にいた二人を見て、それからハルカとディアスを見て、全てを理解しているかのように眉を下げた。

「……色々と、ままならないものですね」

その小さな呟きに、フローランは何をどれだけ理解してるのかとロランは思う。しかし何も聞けないでいると、ディアスとの話を中断させたハルカがマルティナたちの下に向かった。

二人は笑顔でハルカと話し始め、ハルカも笑顔だ。しかしその笑顔には少しだけ無理をしている様子がある気がして――。

「ハルカは――いや」

言葉にするのはやめることにした。人生にはどうにもならないこともあるのだ。全てが望み通りになるわけではない。何かを望んだら、何かを諦めなければいけないこともある。

「ロランさん、サシャさん、フローラン様」

マルティナに呼ばれて手招きされた。最初に名前を呼ばれたことに喜びが胸に湧き上がるのを感じつつも、その感情からは目を背けていつも通りに答える。

「何かあったのか?」

「明日からの話になったので、皆さんで共有した方がいいと思って。ディアス様もいいですか?」

「うむ、構わんぞ」

それからは明日からの予定の話になり、話が終わると夜も遅くなってきていたので、準備してもらった客室にそれぞれ下がった。

マルティナの護衛として客室の外で控えている時間がいつもより長く感じ、どうにもならないことを何度も考えてしまう夜だった。