作品タイトル不明
236、港町に伝わる書物
期待と緊張を胸に入った地下室は、少しの湿気と薄暗さを感じる。最低限の掃除など管理はされているようだが、あまり手をかけられてる様子はなさそうだ。
(大切な書物なんだからもっと大切にしてほしいけど、こうして保管されてるだけで凄いことだよね……)
マルティナとしてはもっと保管に労力とお金をかけてほしい気持ちだが、それが難しいことは分かっていた。特に今の代官は書物の保管料を削って自らの贅沢に使いそうであるし、そのような者でなくとも書物の保管に価値を見出せる者は少ないのだ。
今この瞬間にも世界中のどこかで杜撰な管理をされている本があり、時間経過と共に読める本が一つ、また一つと減っていくのをつい想像してしまう。
(時間を止められる魔法が欲しい……!)
迷いの古代遺跡によって保護されていた地下研究室のように、時間止めているかのような保管ができる技術は存在していると分かったが、それを世界中の書物に適応するのは現実的ではないのだ。
マルティナが期待感からの興奮で余計な思考を回していると、代官が意気揚々と地下室の中を歩いていった。
部屋の真ん中には展示するかのような存在感で、マルティナの腰あたりの高さの台が置かれ、おそらくその中に原本が保管されているのだろう。なぜおそらくなのかは、展示するためのケースと違って、台を覆っているのが不透明で中が見えないからだ。しかしその装飾の豪華さから、大切なものが仕舞われているのはすぐに分かる。
「この中に原本があるのですが、もうこっちは触れたら崩れそうな……」
そう言いながら無造作にケースを動かそうとした代官に、ついマルティナは叫んでしまった。
「待ってください!」
代官はビクッと肩を震わせる。
「な、なんですか?」
「中には原本がそのまま入っているのですか? 開けたらさらに劣化するんじゃ……」
「確かにそのまま入ってますが、私も何度か開けてますし……」
それがさらなる劣化の原因ではないかと思った。まだ原型を留めているのなら、専門家に依頼してできる限り修繕を試みるべきだろう。
「ひとまず原本はいいです。開けないでください」
いくら複製があるとはいえ、目の前で本が崩れるところなど見たくないのだ。首をブンブンと横に振る必死なマルティナに気圧されるように、代官は頷いた。
そんな様子を見守っていた子爵は、疲れたように眉間に皺を寄せて自らの額に手を当てる。
「私がすぐに専門家を手配いたします」
その言葉にマルティナは安心した。
「ぜひ」
そうして原本もなんとか救出できる可能性が生まれたところで、代官は部屋の奥にある棚に向かった。そこに置かれた書物の中から一冊を手に取る。
「一番新しい複製はこれです。確か十年前ぐらいに書き写されたやつだったと思います。文字がよく分からないので絵を写すように書いているため、正確性は定かじゃないですが……」
「ありがとうございます。それでも大丈夫です!」
ササッとこんな時だけは素早く代官の下まで動いたマルティナが至近距離から顔を見上げると、代官は驚いた様子で少し仰反る。
しかしすぐ気を取り直したように、マルティナに向けて本を献上するようにした。
「ど、どうぞ、こちらをお読みください! 私からの精一杯の詫びの印です……! 今まで他のどこにも出したことがない本です。本も皆様に読まれることを待っていたのかもしれません。こちらの保管には多大な労力を払っていて――」
代官は必死に自らの詫びの大きさを説明しているが、本を手にしたマルティナの耳には一切入っていなかった。
まず、その本はかなり分厚くて重い。十年前に書き写されたとあって紙も表紙もまだ新しさがあるが、表紙に書かれたタイトルは衝撃的なものだった。
「我が最愛の恋人の下へ転移する方法」
思わずタイトルを読み上げると、それに部屋にいた皆が反応する。
「よ、読めるのですか……?」
「なんと、転移に関する本なのか?」
「本当に人魚のところに転移する方法が書かれてるの?」
「まさか、魔法陣言語なのか?」
代官、ディアス、ハルカ、ロランの言葉だ。他の皆も同じような疑問や驚きを表情に浮かべていた。
「ちょっと読み進めてみます。時代的なものなのか、何度も書き写されたからなのか癖がありますが、普通に読めそうです。魔法陣言語なのでディアス様も読めると思います」
「では我も読んでみるか」
その場に立ったまま二人で本を覗き込み、真剣な表情でページを捲っていく。ひとまず重要なところだけを拾い上げるように読み進め――十分ほどでマルティナは顔を上げた。
その表情は興奮から紅潮している。隣のディアスも興奮している様子で、口角が上がっていた。
「これで、我の世界への帰還の魔法陣が完成するのではないか!?」
「やっぱりそうですよね!」
思わぬところで重要すぎる情報を得られ、さらに心臓がドキドキとうるさくなる。この書物はマルティナたちがずっと追い求めていたものだ。
「そんなに凄い本だったのかい?」
ソフィアンの問いにはマルティナが答えた。