作品タイトル不明
235、代官からの思わぬ話
話がまとまりかけたところで、また代官が叫んだ。
「あのっ、貴重な本ならばこの町にもあります! そちらでお詫びを……!」
挽回しようと必死である。それが透けて見えていたが、マルティナは貴重な本という言葉を流すことはできなかった。
「それは、どんな本ですか?」
マルティナの問いに、代官は一気に顔を明るくして饒舌になった。
「この町にずっと昔から伝わる書物です! 代官が代々継承しています! なんでも人魚と会える本だと言われていますが、真偽は定かではなく……本の内容もすでに読めないため確かめられないのです」
あまり期待していなかったのだが予想以上に興味を惹かれる内容で、マルティナはつい代官に向かって前のめりになってしまう。
「それを、読ませていただけるのですか……!?」
「もちろんでございます! 聖女様御一行の皆様にお読みいただけるなど、あの古い本も喜ぶでしょう!」
代官の顔は期待に輝いた。これで失態がチャラになると思っているのだろう。しかしマルティナはあくまでも本を読みたいだけである。それによって代官の処遇に口を出したりするつもりは全くない。というよりも、そんなことに意識は向いていない。
「本は代官邸にございます! ぜひ皆様でお越しください。子爵様もぜひ! 本を読むのであれば、今夜はお泊まりになってはいかがでしょうか。豪華な晩餐も準備させていただきます……!」
機会を逃すまいと畳み掛ける代官の言葉で、マルティナはふと思い出した。
この騒動の最初は、牧場でのやり取りだったのだ。ナダ鶏を生み出した男性は、所在なさげに少し遠くで小さくなっている。
「ロランさん」
「なんだ?」
顔を近づけて小声で名前を呼ぶと、ロランはすぐに意図を察して少し屈んでくれた。
「晩餐にナダ鶏を食べてみたいと言っても大丈夫でしょうか」
その提案に、ロランはニッと笑う。
「それはいいな。俺も気になってたんだ」
「ですよね」
ロランのお墨付きをもらって、マルティナはまた口を開いた。
「晩餐にはぜひナダ鶏をお願いします。もちろんハグザ草は使わずに」
代官はナダ鶏という言葉に顔を引き攣らせる。しかしここで文句を言えるはずもなく、素直に頷いた。離れた場所にある牧場主は驚いている様子だ。
「……もちろんで、ございます」
「ナダ鶏とはなんだ?」
この場にいるほとんどの者たちは知らないので、誰もが首を傾げている。そんな中でマルティナは説明しながら牧場主の男性を手招いた。
「あの方が新たに生み出した美味しいお肉です。ナダの実を餌に与えることで、より柔らかくフルーティーなお肉になるとか。ハグザ草との組み合わせだけはお腹が緩くなるため気をつけなければいけませんが、それさえ気を付ければ美味しい特産のお肉になる可能性があるそうです。そしてハグザ草との組み合わせも、美味しい薬として売れる可能性があります。先ほど話を聞いて、一度食べてみたいと思ってたんです」
これで聖女ハルカもディアスも、そして子爵もナダ鶏の産みの親は牧場主だと認識した。もう代官が横取りすることはできないだろう。そもそも代官が代官でいられるかも分からないが……。
「ほう、そのようなものを作り出したのか。ぜひ食べてみたい」
子爵の言葉に牧場主は緊張しながらも答えた。
「ぜ、ぜひ、お試しください……!」
「では美味い部位を代官邸に頼む。皆様、本日はそろそろ夕方ですし、よろしければ邸にお泊りください」
改めての提案に答えたのはソフィアンだ。
「ありがとう。では一晩こちらで厄介になろう。よろしく頼むよ」
「はいっ。精一杯のもてなしをさせていただきます……!」
そうして今夜はこの町に伝わる本を読みながら、一泊することが決まった。シーサーペントを運ぶ人員を呼んでから、皆で代官邸を目指して歩き始めたところで、ハルカがマルティナに笑いかける。
「港町に代々伝わる本、それも人魚なんてワクワクするね」
「ね! 人魚って本当にいるのかな」
人魚とはおとぎ話に出てくる架空の存在だ。しかしエルフが存在していたことから、マルティナの中ではもしかしたらいるのではないかという気持ちが芽生える。
「この世界ならいてもおかしくなさそう」
「日本にはいない?」
「うん、いないはずだよ。もしかしたら……人が到達できない深海にいるとかならあり得るかもしれないけど、可能性は相当低いかな。それならこの魔法がある世界の方が可能性は高いと思う」
「そっか。じゃあ本で何か分かったらいいね」
新たな本を考えると、つい心が弾んでスキップになってしまう。るんるんと効果音が聞こえてきそうなマルティナの足取りに、ロランやソフィアンは眉を下げて笑っていた。
サシャはディアスと共にナダ鶏に興味津々らしい。
「海産物はたくさん食べましたし、鶏もいいっすね!」
「ああ、やはり肉は美味い」
「そうっすよね!」
それから少しして代官邸に着き、まずは皆で代々伝わる書物を見に行くことになった。その書物は代官邸の地下に大切に保管されているらしい。
「原本はすでに読めないほどボロボロなのですが、数十年に一度ほどは完璧な複製を作ると決まっていて、そちらは問題なくお読みいただけます。とはいえ、よく分からない言葉で書かれているので……」
「それは気にしないでください。私なら読めるかもしれませんし、読めなくても楽しいので!」
代官の言葉を遮ったマルティナは、期待から自分の心臓がドキドキとうるさいのを感じていた。