軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

229、揉め事

物騒な怒鳴り声に二人の足は止まり、顔を見合わせてから振り返った。声はすぐ近くにある牧場からみたいだ。

辺りを見回すと、牧場の中にある木造の建物の前で、牧場主らしき作業服の男性が、おそらく貴族だろう格好で小太りな男性に怒鳴られていた。怒鳴っている方には従者と護衛だろう付き人もいる。

「そ、そんなことは絶対にしておりません……!」

「しかし貴様のところの鶏を食べたら酷く腹を下したのだ! 毒じゃなければなんだ? 貴様は腐った肉を売ってるのか!?」

「それもあり得ませんっ。新鮮な肉を提供しております!」

「ではなぜ腹を下したんだ! あそこまで酷いのは普通じゃない。私を暗殺しようとしたのか!?」

「ち、誓ってそのようなことはしておりません! 代官様へ届けさせていただいた肉は、一番新鮮で美味しい部位です。最近新たに売り出しているナダ鶏というもので……」

「肉の種類など聞いておらん!」

「ひっ……」

牧場主らしき男性は顔面蒼白で涙目の上、体をこれでもかと縮こまらせていた。逆に貴族っぽい男性――この町の代官はさらにヒートアップしていく。

「とにかくお前は私の屋敷に連行する! 言い訳はそちらで聞いてやる! 貴族である私の暗殺未遂となれば、死刑もあり得るかもな。覚悟しておけ!」

「し、死刑だなんて……本当に私は何も知らないのです! そ、そのっ、料理の過程で何かがあったとか……」

「貴様は私が雇った料理人が悪いというのか? 責任をなすりつけるつもりか!?」

もう何を言っても代官の怒りは増幅するようだ。護衛の男が牧場主だろう男性の腕を掴んで引きずり始めた。

「ちゃんと歩け!」

「は、話を聞いてください! 私は本当に何もしておりません! 代官様を害する気持ちなど微塵もありませんっ」

必死に叫ぶが代官はもう見向きもしない。そこであまりにも男性を不憫に思ったマルティナは、つい口を出してしまった。

牧場を囲う柵の近くに行き、中にいる者たちに声をかける。

「あの」

第三者の介入に、代官がジロリとこちらを睨んできた。

「なんだ? 部外者は口を挟むな」

「その、でも、牧場の方はやってないと……」

「やってるやつは全員やってないと言うんだ」

その言葉には納得しそうになってしまったが、マルティナは慌ててまた口を開く。

「確かにそうですが、その方はかなり必死なようです。それに先ほどナダ鶏と言っていたのが気になって――ナダの実は関係ありますか?」

ガッツリ争いに介入し始めたマルティナに、慌てたロランが隣にきてマルティナの腕を掴んだ。

「おい、大丈夫なのか?」

小声で問いかけられる。

「原因はなんとなく分かったので……」

その答えにロランは目を見開いた。

「なんで今の会話で分かるんだよ」

「たまたまです」

そこまで話をしたところで、牧場の男性が必死にマルティナに答えた。

「ナ、ナダの実を餌に混ぜると身が柔らかくフルーティーになることを発見して、最近売り出してるのがナダ鶏です!」

「やっぱり」

「なんの話をしている? そんなのこの男が毒を盛ったことと関係ないだろ!? お前もお前も、平民風情が私に逆らいおって……!」

選民思想が強めの貴族らしい。どこにでもこういう人はいるんだなと、マルティナは少し懐かしくなった。それと共に自分が少し強くなっているのかもしれないと気づく。

官吏として様々な仕事をこなしてきたことでの成長だと思えば、なんだか嬉しかった。

「いえ、関係あります。ナダの実は海沿いにしか生えない木から収穫される、一つが拳大ぐらいのもので合っていますか?」

「それです! 色は青で熟れると黒に近くなって、酸味が強いので食べる人は少ないですが、私は昔から好きで食べていて……!」

マルティナが考えていたものと全く同じだ。

「それを鶏に食べさせたら美味しくなったと」

「はいっ。ナダの実はずっと食べてきましたが体に悪影響はないですし、ナダ鶏もすでにいくつものお店や個人宅に売っていますが、代官様以外から問題の報告はなく……」

そこで代官はまた怒鳴る。

「貴様っ、私が嘘をついてるとでも言うつもりか!?」

「そ、そんなつもりではっ」

「代官様、一つ確認した方が良いことがあります。ナダ鶏のレシピにはハグザ草が使われましたか?」

話を遮るようにして問いかけたマルティナに、代官は訝しげな表情を浮かべながらも静かになった。思わぬ質問だったのだろう。

「――そういえば、料理長が言っていたな。希少なハグザ草が手に入ったから、それを鶏に使うと」

「では原因はそれですね」

「どういうことだ?」

ここまで来ると、誰もがマルティナに注目していた。代官でさえ素直に話を聞く体勢だ。

「ナダの実は海沿いでしか採れず、ハグザ草も希少で高価な薬草なのでほとんど知られていないのですが、実はこの二つ……組み合わせると下剤になるんです」

マルティナも辛うじて知っていた知識だった。薬草や薬に関する書物は数多く読んでいたが、その中でこの組み合わせが書かれていたのは二つだけで、さらにその信憑性がマルティナの中で裏付けられた資料は海沿いを旅していたある男の旅行記だ。そこでたまたま二つを同時に使った食事で腹を壊したとあり、下剤になるという情報の真偽が分かった。

おそらく知っている者はかなり少ないだろう。薬師や料理人でもほとんどは知らないはずだ。ましてや今回はナダの実そのものではなく、それを食べて育てられた鶏肉だ。気づけという方が酷だろう。

さらに問題が表面化するのが遅れたのも無理はない。ハグザ草は高価なため庶民の口に入ることはないのだ。町の代官ではなくもっと上の貴族が食べて問題が発覚するよりは、ここで分かって良かったと思うべきかもしれない。

「まさか、そんなことが……」

牧場主だろう男は愕然とした表情だ。暗殺未遂疑惑はこれで晴れるだろうが、意図していなくとも、間接的でも、代官の体調を悪化させたのは事実である。

マルティナは少しでも罪が軽くなるようにと、さらに言葉を重ねた。