作品タイトル不明
228、高台へ
顔を上げてマルティナの選んだ本を確認した店主の男性は、嬉しそうに言った。
「おお、いい選択ですね。この海の生態系に関する本はかなり情報が正確ですし、コラムも楽しいですよ。確か後半に『なぜ魚は魔物に絶滅させられないのか』って考察ページがあって、そこが特におすすめです。地上の動物と魔物とはまた違う関係性もあるみたいで……」
そこまで話して男性はハッと口を閉じる。
「すみません長々と。町にはあまり本好きがいなくて、お姉さんは本がかなり好きそうだったので」
「いえ、とっても楽しいお話をありがとうございます! もう今すぐに読みたい気分です!」
「ははっ、それなら良かった。楽しんでください。――あ、この物語は続きがもう一冊ありますが、買っていきますか?」
三冊のうち二冊は海に関係した御伽噺のような物語にしたのだ。しかし、店内に続きらしいタイトルの本はなかった。
「どのタイトルでしょうか」
「……ん?」
タイトルを覚えていなければ出ない質問に男性は首を傾げたが、話を進めるためか椅子から立ち上がる。そしてカウンター後ろに積み上げられていた本の山から一冊を取り出した。
「すみません。修理をしていてこちらに置いていたんです。もう修理済みなのでご購入いただけますよ」
笑顔で差し出された本に、マルティナは迷いなく飛びつく。
「買います!」
「ありがとうございます」
マルティナと店員の男性、二人とも笑顔だ。ロランだけが増えた本に苦笑を浮かべていた。
「そこまで分厚くないし、問題ないか……?」
そんなロランの呟きは耳に入らず、マルティナはさっそく支払いをする。四冊の本を手に入れてホクホク顔だ。
「素敵な本を買えました。ありがとうございました!」
「いえ、こちらこそありがとうございました。これからは観光ですか? とは言っても海と海産物ぐらいしかないですけど」
「その海を見に行く予定です。ちょっと食べ物も買いながら」
「それならおすすめの高台があるんですが――」
そうしてマルティナとロランは店員の男性から、海が綺麗に見える穴場の高台を教えてもらった。ちょっとした崖の上のようなところから、広く雄大な海を堪能できるそうだ。
さらに高台には海岸に下りる階段もあるらしいので、二通りの景色を楽しめる。
「さて、次は屋台だな」
「ですね。美味しそうなものを買いましょう!」
鞄に無理やり本を詰め込み、ロランにも一冊持ってもらったので移動に問題はなさそうだ。二人は大通りに戻ってから魚や貝、海老などの串焼きを数本買って、高台に向かうことにした。
「ん、これ美味いぞ」
「こっちのお魚も美味しいです。ホクホクで甘くて最高です」
「新鮮だとちょっと塩をまぶすだけで美味いんだな」
「噛めば噛むほど旨味が出てきますよね」
ジュワッと口の中に広がる海の幸の旨みと、キリッと引き締める塩の味。その二つが口の中で混ざり合ってなんとも幸せだ。
「これはディアス様もサシャさんも相当食べてますね」
「だろうな〜」
二人が屋台の食材を食べ尽くしていないかが心配である。
しばらく歩くと、道が坂道になってきた。もう少しで高台に着くかもしれない。だんだんと疲れてきて、串焼きを食べ終わっていて良かったとマルティナは思った。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか行けるはずです……」
高台までの道は完全に舗装されているわけではないが、しっかりと整えられているので、歩く難易度としては低い。問題は坂道が意外と急なことと、マルティナの体力のなさだ。
景色を楽しみながら、なんとか歩いていく。左側には農業をやっているような家が点在し、右側には眼下に先ほどまでいた町が見えた。
さらに歩くと広い牧場のようなものが目に入る。
「確か牧場が目印だったな」
「そう言ってましたね。あ、あそこから見えるんじゃないですか?」
左手に牧場があり、その右斜め前あたり。落ちないような柵が設置されているので、そこから海が見下ろせるのだろう。
ついに海が見えるとあって、マルティナの足は少し早まった。ロランにとっては今までの速度がかなり遅かったのだろう。速くなるというよりも、一歩が大きくなる。
気が急く思いで柵のすぐ側まで向かうと――。
「うわぁ!」
目の前には広大な海があった。太陽の光を反射してキラキラと輝いている。ブワッと頬を撫でる風は、町で感じていたおそらく海の匂いを凝縮したようだった。
全身で海を感じる。風には湿度も含まれているようだ。ザバーンと規則的な波の音も心地が良かった。目を閉じて深呼吸をすると、なんだか心が落ち着く。
「これは凄いな……」
「見にきて良かったですね」
「ああ、綺麗だ」
「本当に綺麗です」
こんなに広いものが自然の産物だなんて。大量の水はどこから生まれたのか。マルティナの脳内には感動と共に疑問も浮かんできた。
今まで読んできた本の叡智を集めても、その疑問に明確な答えは出せない。本によって言ってることがかなり違っていたり、未だ研究途中だと締め括られているものも多いのだ。
(海が近い大きな街に行って、海に関係した本を端から読んでみたいな……!)
またマルティナの夢が増えた。
それからしばらく無言で海を見続け、ロランが高台の端を指差した。
「向こうに階段があるみたいだぞ」
「じゃあ、下までおりましょうか」
体力的に下りられるか少し心配だが、上りではなく下りなら問題ないだろうと自分を鼓舞する。
「そうだな」
二人でそちらに足を向けた、まさにその時。
「貴様の牧場の鶏は毒を仕込んでるんじゃないのか!?」
何やら物騒な怒鳴り声が耳に届いた。