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作品タイトル不明

禍根 1

禍根

「ワーベリアム准将にご相談されていはいかがでしょうか、殿下」

古くからターフェスタ大公家に仕える家柄であり、内政、外交、祭事など、手広く国の運営に携わってきたカルセドニー家の現当主、ネディム・カルセドニーは、主であるドストフ・ターフェスタに対して、常にその言葉を伝えてきた。

「困ったことになった、いったいどうすればいい……」

「大公殿下、ワーベリアム准将と話をなさってください」

「必要なものが揃わぬ、どうすればいい……」

「ワーベリアム准将に意見を求められるのはいかがでしょう」

「どうすればいいのだ、どうすれば――――」

ターフェスタを支える大樹の根であり、盾である銀星石。ドストフはしかし、それを使うことを極端に嫌っていた。

当代のワーベリアム家当主、銀星石を継ぐプラチナは、華のある人物だった。

武芸に優れ、人徳者として名高く、唯一無二の容姿を持つ。そんな配下を持つドストフの耳に届くのは、プラチナを褒めそやす言葉ばかり。

狭隘(きょうあい) な精神の持ち主であったドストフにとって、燦光石を持った忠実なる配下の存在は、ただ劣等感を刺激するだけのものでしかなかったのだ。

やがて、

「ワーベリアムの顔色を窺う必要などありません――」

「准将の悪い評判を耳にしました――」

「教会の集いで、ワーベリアムがターフェスタを貶めるようなことを口にしていたとか――」

ドストフの望む言葉を吐く者達が、そのまわりに集うようになっていく。

ネディムはしかし、常に主にとってもっとも必要な忠言を伝え続けた。

「ワーベリアム准将との関係修復をご検討ください……殿下」

時がたつほどに、その言葉を厭うようになっていくドストフは、

「そんなことはいい。それよりもカルセドニー卿、西への遠征から戻ったばかりであろう、あちらではワーベリアムのことをなんと言っている? 西方では准将のことを悪く言う者が多いと聞くが?」

目を輝かせ、最も信頼にたる者の悪口を聞きたがる主を前に、ネディムは機嫌とりの言葉ではなく、

「ごほ――――ッ」

その口から咳を吐くようになっていた。

静養のため、と言えば思い通りになった。

祈りのためにとリシアへ、湯治のためにと地方へ。逃避を続けるネディムの真意を知ることもないまま、ドストフは自身にとって都合の良い言葉を吐く者達を重用し、忠信から接する者達を遠ざけた。

その結果が、

「デュフォス親衛隊長の身柄が下街の平民に抑えられたわ」

冬華六家に属し、同僚とも言えるエリスが深刻に訴える。

ネディムは吹き出しそうになるのを堪え、

「それは……難儀なことになりましたね……」

エリスに調子を合わせ、深刻な顔を作る。

「殿下はそのこと自体が外に漏れることを恐れておられる、いったいどうやって救出すればいいのか…………」

「冬華の称号を戴くのはデュフォス卿一人ではないでしょう」

「ナトロは負傷、ダイトス卿と私では力不足、ユーカは閉じこもったまま顔を見せなくなっている、あの子にはやはり早すぎたのよ」

「ネルドベル家の才子が殻にこもった……?」

幼くとも飛び抜けて優秀だった後輩を思い、ネディムはそのことを不思議に思った。

「執政は投獄、デュフォス隊長の抜けた穴が原因となって中央の指揮が混乱している。ネディム、あなたが陣頭指揮を執って、親衛隊長の奪還作戦を――――」

「その必要はないのではありませんか」

エリスは戸惑いで瞳を揺らし、

「……なぜなの?」

「先方からの要求もないという、これは誘拐が現状維持を目的として行われたということが考えられる。ウィゼ・デュフォスという存在を盾としてかざしておくつもりなら、それを手放すはずもなく、万が一に備え、厳重な備えをした場所へ隠しているはず。無理矢理にそれを探しだそうとするなら大事になるのは必定、それは殿下が望まれていることではないはずだ。仮に誘拐の動機が怨恨であったとしても、拷問にかけられすでに殺されていてもおかしくない。だとしても我々にはそれを知る術がない。ならば現状、あえて手を出さないことが、最も冴えた対処となる」

「冬華の、私達の指揮官を放置しろ、というの……」

「それよりも現状は憂うことが多くあるはず。リシア派閥の後ろ盾を失った大公が、捨て身で突飛な考えをお出しになられるかもしれない」

エリスは顔を曇らせ、

「そこまで思っているのなら、殿下と話をしてッ、あなたの言葉なら――」

ネディムは突如、咽せたように身を屈めて、

「ごほ、ごほ――――」

激しく咳き込んだ。目から涙をこぼし、溺れたように息を求める。

「…………このような、体では、殿下の前でお見苦しい」

絶え絶えの息でネディムは告げた。

エリスは諦めた様子で視線を下げた、暗い表情には無言の怒りと、失望の色が滲んでいる。

――病は盾。

見えないよう、ネディムは笑む。

ネディムはそそくさと姿勢を正し、

「それよりも、たった一人で囚われの公子を連れ出していったという人物について、知っていることを教えてはもらえませんか」

不信な様子で眉を顰めるエリスは、

「デュフォス隊長も、大公も差し置いて、あなたの求めることはそれなの?」

「可愛い弟が、随分とその人物のことを気にかけている様子なのでね――」

この後しばらくして、ターフェスタはムラクモへ宣戦布告をする。

無断で姿を消した弟が、件の人物と共に無事の帰還を果たすのは、またそのしばらく後のこととなった。

ターフェスタ公国において、カルセドニーの名は、名門としてよく知られていた。

名門という言葉に含まれる信頼には、二つの根拠がある。

一つは過去、一つは現在。

過去には多くの有能な人物を輩出してきた。

優れた武官や文官、各部署の長官に至るまでを網羅し、さらに現在のカルセドニー家当主は、若くして冬華という称号を授かり、組織内での二番手の地位にまで上り詰める。その席は実質、国主の相談役に等しかった。

その人物、ネディム・カルセドニーは、この日、一人の人物を探していた、弟のクロムである。

クロム・カルセドニーは幼少期から非凡さを発揮していた。

武芸の才は一級、とくに弓術とそれにからめた晶気の扱いには並ぶ物がないほどの素質を見せたが、その性格はまさに自由奔放であった。

年頃になったクロムは、あろうことか国主への忠誠を誓わず、事情を抱えた者達が送られる監察隊送りとなったが、それもネディムが苦労して助力した唯一の活路だった。

大公であるドストフ・ターフェスタを無能と罵ったクロムは、カルセドニーの名とネディムの必死の嘆願がなければ、手首を切り落とされていても妥当であったと言わざるをえない。

多方から、狂った弟を持ったことに同情を送られたネディムは、しかし誰よりも弟の才能を信じていた。

奔放に振る舞うクロムはいよいよ、突如戦地へと姿を消したが、ある日突然に、ふらっと国に戻ってきた。しかし一向に顔を合わせようとはせず、ネディムはクロムの目撃情報を元に、ターフェスタ城内を捜索していた。

クロムは常人とは違う世界を見て生きている。行動には一貫性がなく、そこに加えて悪癖とも言える占いや賭けによっても行動が変化するせいで、動向を読むことが難しい。

――凡庸を捨てなければ。

弟に対して、こうであろう、という考えは通用しないのだ。

城内を歩きながら、別れ道にさしかかる度、ネディムは硬貨を投げ、裏表によってどちらへ行くかを選択した。

やがて、城の一階にある人気のない区画にさしかかったとき、奇怪な姿勢で腰を曲げ、尻を突き出し、床に這いつくばりながら、通路の奥を覗き込む弟の後ろ姿を発見した。

――ふむ。

不可思議な行動をとるクロムを見て、ネディムは首を傾げた。

クロムは、いたって真剣な表情で曲がり角の奥を必死に観察しているが、なぜか片手に焼き菓子のようなものを乗せている。

普通なら一目で異様に感じるであろうクロムの奇行も、しかし兄であり、彼の数少ない理解者であることを自負しているネディムにとっては、さして奇抜な事態でもなかった。

ネディムはクロムに近寄って、

「なにをしているのかな」

クロムは前を向いたまま、

「敵の生態を調査し罠にかけるところだ、放っておいてくれたまえ」

クロムは前を向いたまま往復で手を払った。

「戦場から戻ったというのに、一向に姿を見せない弟をようやく探し出した苦労に免じて、せめて顔を見せてはくれないかな、我が弟よ」

クロムは肩を竦め、錆び付いた扉のように首を回し、ネディムと目を合わせた途端、嫌気を露わに顔を逸らす。

「なんだ……無知蒙昧なる愚か者ではないか……別に用はないから、どこかへ行ってかまわないぞ、しっし」

クロムは兄であり、一族の当主であるネディムに、まるで泥をかぶった残飯でも見るような目を向ける。

ネディムは長髪を手ぐしでかき上げ、ふっと一つ呼吸を置いた。

「ところで、敵というのはいったいなんの事なのかな?」

クロムが覗いていた先を見てみると、通路の奥で屈伸運動に励む長身の南方人がいる。

慌ててクロムがネディムの肩を押し返し、

「気をつけろ、奴は手強いッ」

「ほう……それほど……」

猛禽が人の姿を成したかの如く、抜きん出た身体能力を持つクロムが、まるで小動物のように慎重に行動している、それだけ、彼の言う敵という存在の能力が長けているということが窺えた。

ネディムは、

「あの人物は、お前の見つけたという御主君の――」

クロムは頷いて、

「奴が我が君の手下でなければ……ぬぬぬッ」

血走った眼で歯ぎしりをする弟を見て、ネディムは微笑ましく見守っていた。どうやら、戦場に忍び込んでいた間に、新たな因縁を見つけてきたらしい。

「その手にしている菓子は現状にはそぐわず、浮いている。つまり、罠にかけると言っていた事と関係があるのだろうね」

弟の性格から推理した事を言うと、クロムは目を合わせて嬉しそうに破顔した。

「その通りッ、これには腸ごと引きずり下ろすほどの腹下しの毒を仕込んである、これをこれみよがしに奴が通る先に置いて食わせ、破壊された 愛賽(さい) の 弔(とむら) いとする」

「しかし、露骨に食べ物を置いておいても、口にいれはしないのではないかな」

興奮気味に話していたクロムは、はっとなって我に返り、

「難癖をつけ、また邪魔をしようという腹なのだろう。あの能なしに頭を下げろというつもりなら願い下げだぞ。このクロムは天啓により、生涯の主を見つけたり」

むくれ面で顔を背けるクロムに、ネディムは優しく微笑みかける。

「邪魔をするつもりなどない、むしろお前が道を見つけたことを喜ばしいと思っているくらいなのだからね」

「ううん……?」

疑わしげに、しかし興味ありげにクロムがちらりと目を向ける。

「本当の事だ、その証拠に、私はお前の御主君の補佐役に立候補しただろう」

「……妨害をするため、と思っていたが」

「その逆だ。カルセドニー家の総力を挙げ協力をしたいと思っている、父上も了承済みの事だよ」

「……ほんとう、なのか?」

クロムが幼子のように純真な顔でネディムの顔を覗き込む。久方ぶりに見るその所作から、幼い頃の弟の姿を重ねつつ、ネディムは首肯してみせた。

「微力ながら私財の放出も覚悟している、お前がとうとう見つけた主のためだ、安いものだろう?」

クロムは目をきらきらと潤ませ、

「兄さま……この弟、クロムは感動した……これは細やかな感謝の気持ち……」

ネディムの手を取り、そっと毒入り菓子を手の平の上に乗せた。

ネディムは弟の肩に手を乗せ、

「そう呼んでくれるのはいつ以来だろうね、嬉しいけど、これはいらないよ」

おそらく、感動と感謝の念から贈り物として捧げられた焼き菓子を、床の上に転がした。中に何が入っているかを聞いている今、それが最善の行動なのである。

「感謝を思ってくれるのなら、代わりに父上に顔を見せてやってほしい」

ネディムの提案にクロムは顔を顰め、

「しかし、作戦行動中で……」

「主君の部下を下痢にすることと、カルセドニー家の協力を得られること、どちらを優先すべきか、天に尋ねる必要があるだろうか」

クロムは左右にばらけた視線を整え、

「わかった、しかたなし……我が君のため、末期の老父を見舞おう」

ネディムは微笑み、

「それはよかった。だが、父上は健康体だ」

クロムはさっそくと足を出し、

「そういうことなら、すぐに済ませてこなければ」

ネディムはクロムを呼び止め、

「そう、一つ聞いて置きたいことがあったんだ」

クロムは面倒くさそうに唇をとがらせ、

「なんだ」

「アリオトからの出陣の際、お前が味方の輝士の首をはねた、という目撃情報が寄せられていてね」

ネディムは慎重にクロムの様子を窺いつつ、聞いた。

クロムは視線をぐるりと宙に泳がせた後、

「ああ、そんなこともあったかもしれないな」

重罪に値するようなことをしておいて、遠い過去を思い出すように言ったクロムに、ネディムは肩を落として、

「やはり事実だったのか……幸い、戦場の混乱で情報が錯綜していたおかげで、どうにかもみ消すことができたが簡単ではなかった……次からは気をつけるんだよ、やるなら上手く、ばれないように」

ネディムはクロムの両肩に手を乗せ、諭すように言った。

クロムは垂れた前髪の隙間から鋭く目を光らせ、

「ふ、そうしよう」

ネディムは微笑みと頷きを返し、クロムの乱れた髪を整え、衣服の乱れを綺麗に直した。

「よし――では行ってくるといい」

クロムが首を傾げた。

「おや? 兄も同行すると思っていたのだが」

ネディムは長衣の袖に両手を交差して入れ、

「兄はこの足で、戦場へ同伴するボウバイト将軍へ挨拶に行こうと思っている。お前が共に顔を見せたいというのなら一緒に――」

クロムは顔を逸らし、

「けっこうだ、一日にわざわざ二人の死にかけに会いに行くなど、このクロムは暇な男ではない」

背中ごしに手を振る弟を見送り、久方ぶりの親子の再会を取り付けた満足感を持ったまま、思索を巡らせる。

――では次へ。

国境を守護してきた血の気の多い老将軍を思いつつ、そこへと至る道筋の検討を始めた。