軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

流転 9

流転 9

骨喰いの団長ボ・ゴは、夜が開けて間もなく、手足に繋がれた錆びだらけの鎖を引かれ、一人の男の前に連れ出された。

見上げる先にいるのは大きな黒い眼帯をした若い男だった。それは昨日、南方人たちを引き連れて現れた、ボ・ゴが降伏を申し入れたあの時の相手である。

隣に立つもう一人の若い男は、一目で貴族とわかる。西方の貴族を思わせる鮮やかな髪色を持ち、左手にある彩石は嫌みなほど美しく朝陽を受けて輝きを返していた。

貴族の男は、不気味なほど淀みない微笑を浮かべたまま、眼帯男に仕えるような所作で側に佇み、さらにその周囲には雑多な兵士や輝士らしき者たちが控えていた。

「傭兵団の長ボ・ゴで間違いないな?」

眼帯男に問われボ・ゴは愛想笑いを浮かべ、

「へ、へい、間違いありやせん」

媚びるような態度で頷いた。

僅かな沈黙が降りる。周囲にいる者たち全員に囲まれ、睨まれている状況に威圧的な空気を感じ、ボ・ゴは次に言われる言葉を想像し、身構えた。

眼帯男は、

「お前の連れ込んだ傭兵たちのうち、今も街中に潜伏している奴らがいる」

ボ・ゴは慌てて自己弁護を口走る。

「う、うちらは雇われて命令に従ってただけなんでッ。雇い主に聞いてもらえりゃすぐにわかる、やりたくてやってたわけじゃ――」

貴族の男が口を開き、

「雇い主というのがレフリ・プレーズという人間のことなら、すでに他界済みだ。現状、ボ・ゴという男が抱える傭兵組織が、この中央都で正式に雇われていたという事実を証明するものは存在しない」

ボ・ゴは顔を引きつらせ、

「プレーズの旦那が……? いや、ですがね、俺たちゃたしかに――」

眼帯男が目を険しく尖らせ、

「お前たちがここでしていたことを訴えている住民たちが多くいる。下街の住居に火をつけていたのがお前たちだという証言もある」

動揺から、ボ・ゴは全身に汗を滲ませる。額に浮いた玉のような汗が首まで伝い、喉に固唾を押し込んだ。

「うちは大所帯なもんで……なかには言う事を聞かねえ頭の悪いのも混じってる。もしかしたら言われているようなことを一部の奴らがやったかもしれねえが、俺が命じたんじゃ――」

貴族の男が不気味な微笑を強め、

「言い訳を求めているわけじゃない。入手した情報だけで判断しても即刻処刑を行って然るべき事案だが、こちらの准砂将閣下は、その前に話がしたいということで、この機会が設けられている」

「じゅんさ、しょ?」

明らかに平民出でありながら、大層な肩書きで呼ばれた眼帯男を見上げ、その意味も理解できぬまま、ボ・ゴは首を傾げた。

眼帯男は、

「残党狩りに時間をかけたくない。お前が仲間たちに呼びかけて全面的に協力するなら、俺がお前を守ってやる」

不思議な言葉を聞き、

「守るって、いったいなにから……」

眼帯男は視線を後ろへ向ける。つられて見ると、そこには憎悪を露わにした軍服を着た老女と、輝士や屈強な兵士たちの姿があった。

老女は歯を剥き出し、

「獣に話しかけるだけ無駄なことだ。そいつをさっさと引き渡せ、ユーギリでそうしたように、人喰いのクズどもを根絶やしにしてくれる」

聞こえたいくつかの言葉を拾い、ボ・ゴは現状をゆっくりと理解していった。

「大公様の遠征に貸し出したうちの連中は、どうなったんだ……?」

聞くと、眼帯男は首を横に振った。

ボ・ゴは青ざめた顔で、

「戦いで負かした相手を喰らうのは一部の狂信者たちだけだ。混沌の出でも全員が熱心な信徒ってわけじゃねえッ」

老女が足を踏み鳴らし、

「ほざけッ、このクズどもは生き残るためならなんでも言う。騙されるな、早く全員こちらに引き渡せ」

その口、目から放たれる圧には、たしかな殺意が込められていた。

ボ・ゴは喉を鳴らし、縋るように眼帯男に目をやった。

眼帯男は、

「お前たちが習慣でやっている行為を、この場で咎めるつもりはない。ただし、この街でしていた行為が事実で、お前にその責任があるなら、ボウバイトに引き渡す理由としては十分だ。それでも、協力して役に立つなら、使えるうちは俺がお前たちを守ってやる」

ボ・ゴは鎖を引きずって眼帯男の靴に頬を擦り、

「なんでもやるッ、あなた様の言う通りにッ、どんなことでも言われたことを骨喰いの団長であるこのボ・ゴがッ、だからどうか、命だけは――」

側にいた貴族の男が、上げた足で思いきりボ・ゴの体を蹴り飛ばした。

「く……」

痛みに耐えるボ・ゴを見下ろすように、大きな影が落ちる。その影の主は南方人の男だった。優れた体躯に見惚れるような筋骨を誇り、正面から睨まれれば震え上がるような形相をしたその男は、ボ・ゴの足首を掴み、軽々と空中に持ち上げた。

逆さになった視界のなかで、眼帯男が鋭く睨み、

「シガについて、潜伏している仲間たちを全員投降させろ、できなければ身柄をボウバイトに引き渡す」

ボ・ゴは必至に首を振り、

「やります、いや、やらせてくれッ――」

自分を掴み上げるシガと呼ばれた男を見て、

「――けっこうな腕力をお持ちで」

媚びを売るようにわざとらしく褒め言葉を吐いた。

シガはボ・ゴを放り投げ、

「自分の足で立て。飯前に終わらなかったらお前の腕をへし折ってやる」

無理難題を言われ、

「いくらなんでもそんなに早くは……」

ボ・ゴは泣きそうな顔で訴える。

シガはボ・ゴの頭を叩き、

「うるせえ、早くしろ」

言って、手で軽く捻って鎖を砕いた様子を見て、ボ・ゴは青ざめた心地でシガを見た。

多くの恐ろしげな顔をした者たちから睨まれつつ、家畜のように連れられていく自分を客観視し、ボ・ゴは自らを憐れむように溜息を吐く。

――うまい仕事なんかじゃ、なかったな。

多くを失い、今や囚われの身となった自分を憐れみ、ボ・ゴは巨体の男に怯えながら、とぼとぼと城の外へ歩き出した。

「ふん、朝からくだらん芝居に付き合わせおって」

エゥーデが不満げに愚痴を零すと、側に控える副官のアーカイドが、主に見えぬ位置で静かに頬を和らげる。

シュオウは、

「将軍が上手く脅してくれて、話が早く済んだ」

エゥーデは鼻息を吹き、

「わざわざ私が出ずとも、あのような小物は脅せばすぐに言う事を聞いただろう。悪い事はいわん、用が済めばさっさと殺してしまえ、ろくでもない連中には違いはない」

去って行くエゥーデに、シュオウはそっと会釈を向ける。

エゥーデが姿を消した後、すかさずジェダが、

「将軍の意見に賛同するとまではいわないが、あの手合いを側に置いておくことには不安もある」

シュオウはまっすぐジェダを見返し、

「あの男は使える。部下たちを上手く統制していたし、あれだけの人間を集める手腕もある。今は利用できるものはなんでも使いたい」

ジェダは呆れたように肩をすくめ、

「君の生殺の基準は理解しているつもりだ。脅しは有効に働いていたように見えるし、君が大丈夫だと思うのなら、文句はない」

二人は連れだって歩き出し、城内の一角に足を踏み入れた。途端、視界のなかに無数の雑音が入り交じり、無数の人々が発する強烈な匂いが鼻の奥を刺激する。

老若男女を問わず、城内の部屋という部屋、そして通路や物資倉庫に至るまで、多くの難民たちが詰めかけている。

ある者は飢えを訴え、ある者は失ったものを嘆き、ある者は憎悪をわめき散らす。

子どもの泣き声と、大人たちのすすりなく声に溢れる城内に、シュオウはジェダと肩を並べ、しばらくの間、この光景を黙って見つめていた。

「たしかに――」

ジェダは腰に手を当てて、

「――人材を選んでいる余裕はないか」

中央都の混乱から離れ、ロ・シェンとビ・キョウの二人は、森の中に入り、地面の様子を見つめていた。

見つめる先にはなにもなく、ただごつごつとした地面があるだけだ。しかしそこは、ジ・ホクらを中心に、ロ・シェンに逆らった者たちを拘束して残してきた場所である。

「やはり、こうなったな。シェン、お前はわかっていて連中だけを残していっただろう?」

ビ・キョウが地面に屈み、複数人が残した跡を見て淡々と言った。

ロ・シェンは動じた様子もなく、

「知らんな」

腕を組んで視線を背ける。

ビ・キョウは、

「大師範として、その意に背いた者は罰し、けじめをつけなければならない。が、古い付き合いの者ばかりだ、お前がわざと逃がしたと知れたとしても、なにも言う者はいないだろう。が、ここから逃亡していったいどこまで行けるのかという心配はある」

ロ・シェンは舌打ちをして、

「奴らをわざと逃がしてなどいない。ホクをはじめ、一門の序列に背いた者たちがどうなろうと知ったことではない。生きて再び俺の前に現れたときは、必ずこの手でけじめをつけてやる」

ビ・キョウはくすりと笑み、

「そういうことにしておこう。さて、これ以上時間を潰している暇もない、言われている通り、置き去りになっている馬車と荷台をすべて回収してしまおう。急がねば、我らの現在の雇用主は、どうやら人使いが荒いようだからな」

市街地の治安維持に物資の運搬、囚人の監視に城の警備など、一門の武人たちは時と場所を問わず、隙間なく仕事に就いている。

山中の街道に置き去りにされているのは、囚われの身だった百刃門の武人たちを乗せていた椅子付きの馬車である。その他にも物資を運んでいた荷台や、一部には馬が付けられたままの馬車など、そのままに置き去りにされているものも多い。

ロ・シェンは馬に餌を与えながら、ちらりと横目でビ・キョウを見る。

「どう思う?」

「なにがだ?」

ロ・シェンは一つ間を置き、

「……このままでいいのか」

ビ・キョウは眉間に皺を寄せ、

「ふむ――現状を俯瞰するほどに、我らはどうにも面倒な事態に首を突っ込んでいる可能性が高い。だが裁かれる身から、転じて今では傭兵の身分に格上げとなった。それを思えば、そう悪いこともない。シェン、お前はなにが気がかりだ?」

「ここからは金の匂いがしない。時間と体力、それに命を賭ける以上、得るものを求めて行動するべきではないのか、とな」

ビ・キョウはロ・シェンの言い様を鼻で笑い、

「我らは商人ではない、山を出たのは金のためばかりではないだろう?」

ロ・シェンは自らの拳で片手の平を叩き、

「然り。その視点で言えば、あの男からは戦いの匂いがぷんぷんと漂ってくる」

ビ・キョウは小さく頷き、

「あのシガという男、あれほどの強者を従えている人間だ、その周囲で血が流れないわけがない」

ビ・キョウの言葉に反応し、ロ・シェンは体を乗り出して、

「あの男、南山流派に属する者ではないな」

「ああ、私もそう思う。なんらかの格技を修めている気配は感じるが、あの類い希な身体能力にまかせてかかられれば、生半可な技ではひとたまりもないだろう。なんせ、あの怪力を誇ったホクを軽々とねじ伏せたのだからな」

ロ・シェンは耐えかねたように笑みを漏らし、

「……本当に世界は広いな。あんなのを従えるほどの人間ならば、今のうちに恩を売っておくのも悪くはないか」

ビ・キョウは細めた目でロ・シェンを見つめ、

「お前がそんな打算的なことを口にするようになるとはな」

ロ・シェンは慌てて顔を引き締め、

「黙れ」

ビ・キョウは視線をはずして微笑み、

「シュオウ――その名の下に大過が渦巻いているのなら、それを利用し一門の名を売るのに好機ともいえる。しばらくはここに留まり、様子を見てみるのが得策と思うがな」

ロ・シェンは強く鼻息を吹き、

「ふん、どのみち許可なく離れることなどできん。情けない話だがな」

会話はそこで途切れ、二人は置き去りになった馬車の回収作業に勤しんだ。

清廉な朝の空気は、徐々に昇り始めた昼の陽光に暖められ、昨日まで上流から強く匂っていた焦げ臭さは、ほとんど感じられないほど薄くなっていた。

こじ開けた目の奥に、白い泡のようなものが見える。

「う……」

今が昼か夜かもわからないまま、セレスは首だけを上げて周囲を見回した。

その時、

「おや――」

足元から女の声が聞こえ、

「――あの状態から生き残ったのか、丈夫な体だな」

声がしたほうを見ると、白くぼやけた何かがそこにいた。そのなにかは人であるとわかっていながら、セレスの視界には、まるで伸ばしたパンのようなものにしか見えていない。

「ここ……は……」

ようやくひねりだした声はすっかり枯れていた。

「ここは城の地下にある牢獄……ともいえるかどうか。場所が足りなくてな、もうとっくに廃れているような場所しか置いておける所がなかった――ところで、お前は何者だ? 特別に警戒されているようだが」

ぼやけていた意識は徐々に鮮明になりつつある。

己が何者か、忘れられるはずもなく、

「僕は――」

自らが殺人鬼である、という事実を思い、続く言葉を喉の奥に押し込める。

話しているうち、白い泡に覆われていた視界が正常に戻っていく。周囲は薄暗い牢のようだった。そこかしこに層になった古い蜘蛛の巣があり、湿った壁には大きな多足の虫が這っている。

神に召された行き先にしては不潔で、見捨てられた先としては中途半端だ。自分がまだ現世に留まっていることを知り、セレスは暗く溜息を吐きだした。

再び足元に視線を送ると、そこには一人の女がいた。南方人の特徴を持ち、特徴的な細い目をした見目の良い人物である。

「あなたは……」

女は笑みを浮かべ、

「百刃門師範ビ・キョウと申す。雇い主に言われてお前を治療していた」

「雇い主……?」

「シュオウという名だ、知っているのだろう? 向こうはお前をよく知っているようだったぞ」

またその名を聞き、セレスは本能的に体の芯を硬直させる。

ビ・キョウは立ち上がって、

「そこに食事が置いてある、起きて話せるくらいに回復したのなら自分で食えるだろう。私は件の人物を呼んでこよう、目を覚ましたら報告するように頼まれていたのでな」

牢を出て行った女を見送る。外の様子はわからないが、気配から近くに監視役が残っているのは伝わってきた。

セレスはすぐ側に置いてあった食事を見る。冷めた汁物と硬そうなパンの欠片がなぜか2つずつ置かれ、そこに見覚えのある干し肉が置かれている。

ぎこちなく手を動かし、干し肉を取ったセレスは、それを目を細めて、ただじっと見つめたまま、時を過ごした。

時間感覚もわからないまま、牢の外から人が向かって来る気配が伝わる。

微かな靴音を鳴らして姿を現したのは、あの男、シュオウだった。

シュオウは牢に入り、セレスの足元に置かれた椅子に腰掛ける。

「目が覚めたか」

セレスは緊張した面持ちで、ゆっくりと頷いた。

「お前を回収してから、今は二日目の夜だ」

セレスは唾を嚥下し、

「彼らは……あのときの人々は、どう……」

「無事にすんだ者たちの多くは、この城の中や近くにいる」

城のなかと聞き、セレスは不安を抱く。

「軍に囚われて……?」

シュオウは首を横に振り、

「いいや、俺が保護した」

「あなたが?」

「住民たちを殺すように命じた大公を捕らえた。その後に俺が街を制圧し、この城も今は俺の管理下にある」

平然と言ってのける内容としては、あまりに現実離れした話に、セレスはそれを素直に受け入れられないまま、ただ喉を唸らせる。

「あの男……ウィゼ・デュフォスは……?」

直前にまで立ち向かっていた大物の名を口にする。

「逃げた」

「逃げた……?」

この国においてエリートと権力の権化である男の結末を聞き、そのこともまた、セレスを純粋に驚かせた。

シュオウは側に置かれた食事に目をやり、

「食べないのか?」

セレスは顔を沈め、

「いや、食欲が……」

「それはもともと、お前の分じゃなかった」

思いも寄らぬ言葉を聞き、

「え……?」

セレスはシュオウを凝視する。

「難民が多すぎて、食糧がろくに足りていない。生き残るかどうかわからないお前に用意する物はなかったが、あの子が自分の分を渡せと言ってきかなかった」

あの子、と聞いて、セレスは一瞬で一人の少女の姿を思い浮かべる。

「レイネ」

シュオウは頷き、

「お前に食わせなければ自分も食べないと言ってきかない。助けて欲しいと何度も頼まれた」

セレスは干し肉の塊を握り絞め、歪めた顔を隠すように頭を落とす。

シュオウはセレスの膝元に鍵を投げ、

「それで拘束具をはずせる。牢の鍵も開けておく、出たければそうしろ」

セレスはくしゃくしゃになった顔を上げ、

「そんな……だって僕は……ッ」

「人手が足りていないんだ。お前の面倒を見るのも監視するのも、人手を無駄に消耗する。ここを出る気があるなら仕事を手伝え」

そう言い残し、あっさりと去って行ったシュオウは、その言葉通り牢の扉を開放したままに姿を消した。

セレスは置かれた鍵を恐る恐る手に取り、さきほどまで一片にでも口に入れたいと感じていなかった食事を見つめる。

レイネからもらい、懐に忍ばせていた干し肉の塊を取り、口に運んだ。

それは食欲ではなく、逆らえば酷く怒らせるであろう、レイネのことを思ってのことだったが、酷く乾燥して噛みにくい肉の塊を咀嚼するたび、セレスの目は静かに湿り気を帯びていた。

シュオウの視界の先にある群れる難民たちのなかに、辿々しく歩くセレスの姿が映る。

「よろしいのですか? あの人物を自由の身にして」

隣に立つネディムに問われ、シュオウは首を横に振った。

「自由じゃない、監視はつけてある」

所在なさげに首を回すセレスのいる場所から、離れた箇所に配置されている兵士たちの視線が、さりげなくセレスを捉えて離さない。

セレスが泣き喚く赤子を抱えた母親の前を通った時、不意にその母親から赤子を強引に手渡された。母親は足元に置いた荷物から交換用のおしめをとりだし、床に広げて準備を整える。

セレスは困惑しながら、抱きかかえた赤子の前で鼻を鳴らし、直後にひきつった顔をして咳き込んだ。

微かに頬を緩ませたシュオウを、ネディムは覗き込むようにして、

「いくつかご報告したい事と、今後についてご相談したいことがあります」

シュオウはさっと表情を引き締め、

「歩きながらでいいか」

「はい、まいりましょう」

城の通路といっても、もはやそこは難民たちが雑魚寝をする細長い部屋と化している。シュオウは人々を避けつつ、時折声をかけられながら、城の各所の状況を調査するように、巡回し始めた。

ネディムはいくつかの小事を伝えた後、

「――食糧の問題についてですが、このままでは月を越す前に、都内すべての食料庫は空になります。期間については、これでも相当にゆるく計算した結果ですが」

シュオウはとくに驚いた様子もなく、

「とれる手段は?」

「節約を心がけること、予備の食糧を貯蔵している貴族家に寄付を募ること、それと他方面から買い付けること――この三つが常道となります。実際のところはもう一つ手段がございますが、現状ではあまり現実的な案ではありません」

シュオウは、

「奪う、か……そんな余裕はないし、やりたくもないな」

ネディムは応用に頷いた。

「もっとも現実的な延命方法としては倹約です。公平な分配と、それを行うことができる実行力、また食糧を多く抱える家々に上手く交渉し、余剰分を自発的に吐き出させる交渉役も必要となる。買い付けに関しても、資金の運用と管理を適切に行い、各商会との交渉をうまくこなせる者も必要です。他の雑務も含めて、私一人の手ではとうてい足りていません。そこで、准砂に推薦したい者がいます」

シュオウは、

「誰だ?」

「准砂もご存じである、元宰相ツィブリ殿です」

「ああ……」

不可思議な行動をとって地位を失った老人の顔を思い出す。

「長年この国に仕え、あれほど公国の内務に精通している者はおりません。多くの官吏たちにも慕われていて、あの者が協力を約束すれば、その下に実務に長けた者達もついてくるでしょう。もし准砂にその気があれば、高位に匹敵する権能を与え、重用されることを薦めます」

「わかった。でも、向こうから声をかけてくるか? そんなに使える人間なら、俺のほうから頼んだほうが――」

ネディムは素早く首を振り、

「あくまでもあちら側から歩み寄らせなければなりません。この都内にいる多くの者たちが、今その視線を准砂に釘付けにしています。現実的な話として、准砂はターフェスタ大公を拘束し、監禁しておられる。これは謀反を起こしたことに等しい。多くの者達はこのような状況下で、謀反人の能力を計ります。弱いと思われれば、現在は味方として動いているボウバイトでさえ、あなたの首を狙うでしょう。秩序を保つためにも、准砂のほうから頭を下げて乞う姿を決して見せてはなりません」

ネディムの進言に対して、シュオウは淀みなくそれを受け止め、

「わかった」

と短く告げる。

二人は城内を歩き続け、城の中庭に到達していた。

ここまで長々と語っていたネディムは、意を決したように呼吸を整える。

「……さて、内部の問題については一旦ここまでに。もう一つ、私たちは最大の懸念について、策を練る必要があります」

シュオウは、

「外、だな」

ネディムは首肯し、

「大公の拘束に中央都の制圧――この国に仕える忠実な臣下の家、ワーベリアムがこれを知れば、准砂の行いは 簒奪(さんだつ) 行為としか思われません。件の家の当主、銀星石を持つプラチナ・ワーベリアム准将は、中央都と大公の奪還を目論み、必ずここを攻めようとするはずです」

シュオウは、

「どうすればいいと思う」

ネディムは、

「むしろ、こちらがお伺いしたいくらいです――」

二人は同時に天を見上げ、広がる夜空をじっと見つめた。