軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大戦 1

大戦 1

仄暗い部屋のなかで、動を止めた死者と向き合う。

静寂と無音が時を忘れさせ、自らが死に追いやった体を、シュオウはただじっと見つめていた。

その時、門のすき間から流れ込む冷気が、血だまりの臭気を洗い流し、止めていた時を再び震わせる。

一人、滑るように部屋に戻ってきたロ・シェンは、静々とうずくまるカンノの遺体を見つめ、

「聞いてもいないことまで、よく喋る男だったが……」

物言わぬ亡骸を眺めながら、ほんの僅かに、哀の気を声に滲ませる。

「……こうなる前に、少し話をした」

シュオウが言うとロ・シェンは笑むように鼻息を落とし、

「意外と話しやすい男だっただろう。なにを話した?」

「なぜあんなことをしたのか、理由を聞いた――ただの憂さ晴らしだった」

「消せない傷を癒やしたかったのだろう。気持ちは、わからなくもなかった」

そう言うロ・シェンの顔面に、深く刻まれた傷がある。無意識にか、その手が一瞬、自らの傷痕をなぞった。

シュオウは感傷的な空気を破るように、

「状況を教えろ」

強い口調で聞く。

「敷地内のムラクモ兵たちはこちらに付いた。奴らが残党を自主的に狩っている――この場の勝敗は、すでに決したも同然だ」

シュオウは話を聞きながら部屋の外に向けて歩き出す。

敷地の各所に残る戦いの痕を見ながら、

「捕まえた人質たちを全員解放しろ」

ロ・シェンは返答を躊躇い、

「いいのか……? まだ使い道があるかもしれんが」

シュオウは、

「いい、約束したんだ」

言って後方に視線を送る。

「承知――」

ロ・シェンが承知を告げ部下に指示を飛ばす。

その直後、

「シュオウくんッ」

アレリーと共に現れたアマイがシュオウに駆け寄った。

アマイは手負いの体をかばうように壁に手を突き、

「言いなりにされていた者たちは皆説得に応じました。この危険な状況に物怖じもせず、彼女がよくやってくれましたよ」

控えめに佇むアレリーを見やる。

シュオウはアレリーの前でしゃがみ、

「ありがとう、本当に助かった」

感謝の意を込めて言葉をかける。

アレリーは大人びた目元を薄らと濡らし、

「いいえ……」

愛らしい仕草で頭を下げた。

シュオウはアレリーから視線を外さず、

「ノラン重輝士に会いに行きたいか」

アレリーは嬉しそうに破顔し、

「行きたいですッ」

祈るように、両手の指を顔の前でからめた。

アマイが声を潜め、

「さきほど聞いた話からすると、ノラン重輝士はおそらく街の正門に置かれた守備陣のほうにいるはずですね」

シュオウは立ち上がってロ・シェンを見やり、

「向こうの状況がどうなってるか、わかるか?」

「兵が詰めているはずだ、こことは比べものにならない数がな。カンノの手下に、この地の民兵と流れ者のムラクモ兵たち、我ら一門の者らも一部をそこに預けてある」

シュオウは頷き、

「わかった、俺はアレリーを連れてそこへ行く」

アマイは慌てて遮り、

「待ってください、残りの人質たちの解放を待ち、彼らの無事を補償してから向かうのが確実でしょう。迅速さも大切かもしれませんが、そこまで急いで動く必要は――」

シュオウはアマイの言葉を遮り、

「俺にはもう、時間がない――」

言ってアレリーに目を向け、

「――少しでも早く事を進めたいんだ、怖い思いをさせるかもしれないが」

覚悟を問うように聞くと、アレリーは唇を噛み、胸の前で拳を握り、強い意志を眼に込めて頷いた。

シュオウはアマイに向き直り、

「行きます」

意志を伝えた。

巨利の館から街の正門に戻ったムラクモ軍重輝士、アルデリック・ノランは、そこに期待していたものを見つけられず、憚ることなく嘆息した。

「すべての弓矢を運んでおけと言っておいただろう、他の物資や装備も、いったいどこに――」

急な呼び出しに応じる直前に、カンノに押しつけられた民兵や、組織の兵隊たちに対して、ノランは簡単な指示を伝えておいた。

目前にある敵軍に備えるために用意させていた数々の備品をすべて、前線となる門前に運び込むように、という内容である。

しかし、それなりの時間を消費して戻った先に、指示していた物資のほとんどは、ほとんど運び込まれていなかった。

無為に過ごした時は昼を追いやり、空を暗く染めている。

カンノの手下であり組織の幹部でもある中年の男が、だらしなく脇を掻きながら、薄ら笑いを浮かべた。

「それがな、あんたが言うモノが、どこかにいっちまったみたいでよ」

「なんだと……? どこかとはどこだ」

男は仲間たちと視線を交わし、

「さあ知らねえが、どこかにいっちまったのさ、ふっと、水が流れていくみたいにな」

彼らの態度と言葉から、ノランは事情を察し、

「……横流ししたのか」

男は途端に目を尖らせ、

「なんだと……? その言葉は聞き捨てならねえな」

「あった物が無くなっているのだろう、それ以外に理由がない」

ノランの言葉に男はわざとらしく反発し、

「こいつ、言いがかりをつける気だな。俺を疑ってんのか? 俺が卑しい生まれだからモノを盗むはずだって、そう思ってんだろッ」

因縁をつけるように声を荒げ、男は脅すようにノランの前にづかづかと歩み寄る。

互いの距離が縮まったその時、

「がッ?!」

ノランの拳が男の顔面を殴りつけ、男は背中から倒れ込んだ。

ノランは男を一瞥し、

「この非常時に……くずどもがッ」

吐き捨てるように言った。

彩石を持つノランの反抗的な態度に、カンノの兵隊たちに一斉に怯えと動揺が広がっていく。

途端に静まり返る場の空気のなか、男は殴られた頬を押さえ、

「て、てめえ、自分の立場を忘れてんじゃねえのか?! 今すぐ、そこに這いつくばりやがれ!」

ノランは従うことなく、ただじっと男を睨めつける。

男は腰に下げた短剣を抜き、

「這いつくばって謝らないなら、今からこいつでてめえの娘の目をえぐりに行ってやる――本気だぞッ」

血走った眼と、興奮して震える口元が、言葉に説得力を含ませる。

ノランは歯を食いしばって、ゆっくりと膝を落とし、

「すまな、かった、許して、くれ……ッ」

深く、平伏するように頭を下げた。

ノランが頭を下げると、見ていた者たちから一斉に笑いが起こった。

「こいつ、貴族のくせに兄貴にびびって震えてやがる、まるで――」

一人が下品な言葉でノランを罵り、同調した者たちが喝采を送った。

家族のために頭を下げながら、ノランは輝士としての誇りが傷つくことよりも、彼らの多くがこの現状をまるで理解していないことに絶望していた。

眼前に迫っているのは敵国の侵略軍である。生まれた地や、容姿の異なる他国の人間に対して、侵略者がとる行動は往々にして残虐な結果を招きやすい。

ユウギリが保有している兵力は、侵攻をはね除けるのに十分とはいえず、現状では時間を稼ぐ以上の最善策は存在しない。

それも、守備につく者たちによる強い結束が必要とされる場面で、用意していた物資すらまともに運ばれてこない現状は、先の絶望を思わせるのに十分な材料であった。

ノランは目の光りを落として顔を上げ、

「正門の防備は未だに不十分だ、最低限必要な修繕も進んでおらず、大半の物資も不足している。各々が必死になり、夜通しで作業しても守り切れるかどうかはわからない…………頼む、協力してくれ」

媚びるためではなく、ノランは誠心誠意頭を下げる。ユウギリという地に思い入れはなくとも、この地には現在、ノランにとってのかけがえのない家族たちがいるのだ。

へらへらと笑っていた者たちは、徐々に気勢を落としていく。ノランを脅した男が仏頂面でノランの前にしゃがみ込んだ。

「頼むなんてよく言うぜ、その面を見りゃ、そうやって這いつくばってたって俺らを見下してるのがまるわかりなんだよ――」

男は立ち上がり、ノランの顔面を蹴り上げる。部下たちに、

「この輝士さまは一瞬だとしても反抗しやがった、お前らの手でこいつに立場を思い出させてやれ」

男たちがノランに群がり、一斉に棒や足で痛めつけていく。

顔や胸、腹や背中など、各所に激しい痛みを受けながら、ノランは必死に体を丸めてこれに耐えた。

切れた口内から血が混じった唾を吐き、ノランは苦しげに浅い呼吸を繰り返す。

暴行を指示した男がノランの髪を掴み上げ、

「俺らを馬鹿にするんじゃあねえぞ、何をやりゃいいかくらいわかってんだ。ここは俺が仕切る、てめえの指図なんて受けねえよ。お前は外柵に並んだ連中と一緒に肉の壁になってこい」

乱暴にノランの髪から手を放した。

硬い石造りの地面に顔を打たれながら、ノランは消えかかる意識を必死に繋ぎ止める。

どれほどの侮辱を受けようと、このユウギリには守るべき者たちがいる。愛娘、アレリーの顔を思いつつ、ノランは歯を食いしばり、よろよろと地面に膝を立てた。

男たちが去った直後、

「ノラン重輝士……ッ」

顔見知りのムラクモ兵たちが駆け寄り、ノランの体を支える。

「大丈夫ですか」

ノランは頷きながら必死に息を整える。

「私のことは、いい……それよりも、一刻も早く、できる限りの防備を固めておかなければ……」

ムラクモ兵の一人が渋面で首を振り、

「やつら、必要なものを持ってこず、代わりに酒を持ち込んでいます。もともとがろくでもない連中だが、それにしたって人材の質が悪すぎる」

比較的有能な者や力のある者ほど、カンノは近くに置きたがる傾向にある。つまり、彼にとって敵軍に当てる役としては、犠牲にしても惜しくない者たちを選んだ、ということなのだろう。

その結果、この重大な局面において、守備の要である正門に流れる空気は、目を覆いたくなるほど緩慢としていた。

「このままでは、だめだ。敵が手段を問わない攻めをするようであれば、取り返しのつかない事態になってしまう。防壁から射る矢もなく、壁の各所はすき間だらだけだ。火攻めに備える水の用意もなく、現状の備えは日常とほとんど大差がない」

現状を俯瞰し、ノランが弱音にも聞こえる言葉を次々と吐いた。

ムラクモ兵たちは顔を見合わせ、

「どうなさるおつもりですか」

と、ノランに問う。

ノランは口から零れる血を拭いつつ、

「ここを捨てるしかない……門の外に主力を配置し、可能なかぎり、こちらに有利となる地形を選んで、そこを戦場にする。まだ使えそうな者たちと交渉し、有効な戦力として取り込む必要がある、思い当たる者たちに声をかけて回ってくれ、カンノの手下の中にも、現状を理解している者はいるはずだ」

兵士たちは頷き、

「わかりました、重輝士は?」

「私は監視役の南方人たちと交渉する。戦い慣れた連中だ、憎い相手であろうと、今は手を借りたい。各人、協力してくれ、頼んだぞ」

ノランの言葉に、兵士たちは背筋を伸ばし、一斉にムラクモ軍式の敬礼をした。

「夜陰の行軍に加え、相手の戦力は曖昧、そのうえ後ろにも気を削がれる――上層の拠点を攻めるのには、これ以上なく日取りが悪いわ」

仄暗い隘道の進軍を指揮する副司令官のエゥーデ・ボウバイト将軍が、馬上からぽつぽつと愚痴をこぼした。

「お付き合いいただいて感謝していますよ、将軍」

ジェダは、すました顔で上辺だけの感謝の言葉を吐く。

エゥーデは唾を飛ばし、

「貴様らのためではないわッ。当てもなく駐屯を続けるだけ、寝かせた軍が金を貪り食う。勝敗はともかく、さっさと進めねば飯を糞にして、ドブに捨てるだけだ――」

エゥーデは言って振り返り、

「――ディカ、聞いているかッ。数を動かせばそれだけ金がかかる、故に戦に勝てぬ将は馬鹿の無能でしかない、よく覚えておけ」

叱るように言った祖母に、ディカはぼんやりとした視線を返し、

「あ、はい……」

まるで他人事のように適当な相づちを返した。

エゥーデは溜息と舌打ちを同時に鳴らし、

「……街の制圧が叶った後には、取る物は取らせてもらうぞ」

略奪の権利を主張するエゥーデに、ジェダは曖昧に首を傾げ、

「僕はそれを許可できる立場にはありませんので」

エゥーデは鼻で笑い、

「ふん、偉そうに私の隣に並んでいるくせに、いまさら下っ端を気取るつもりか」

ジェダは涼しげに微笑み、

「階級の上では、僕は一介の輝士にすぎませんから」

「ひとを食ったようなその目、顔。王石を持つ家に生まれた者の資質といえば聞こえもいいが。子息が跡目を放棄し、身一つで野盗の如き小僧に付き従い国を捨てるとは、蛇紋石公はさぞ嘆いておられるだろう」

ジェダは顔色を変えずに微笑を維持し、

「生憎、兄弟が多い家なもので。僕がいなくとも、跡を争う役者に事欠くことはないでしょう。その点についてはご心配には及びません」

進軍の過程でどんどん機嫌を悪くしていくエゥーデの愚痴や皮肉を、ジェダは難なくいなしていく。他人から悪意ある言葉をかけられる事に慣れきっているのもあるが、ジェダの心は今この場ではなく、先にあるユウギリの内に向けられていた。

「明日中には正門を突破できるでしょうか……」

半ば独り言のように呟いたジェダの言葉に、エゥーデは呆れた顔を返し、

「馬鹿か、大人しい羊であろうと命が掛かれば死ぬ気でかかってくる。軍の主力を後背の警戒に割いている現状では、到底数も装備も足りていない。早々に前線を押し上げて晶士隊を適切な位置に配置できなければ、地の利がある向こう側に好きにやられることにもなりかねん」

「となると、余計に時間はかけられませんね」

「神に祈るがいい、この地の守り手たちが、腰抜けの馬鹿ばかりでありますように、とな」

ジェダはねっとりと笑みを浮かべ、

「神という存在がそれほど便利なものなら、いくらでも祈りを捧げます」

派遣されている傭兵組織、カトレイ軍の指揮官リ・レノアは、軍の現状を強く憂いていた。

司令官が現場を離れてから、ターフェスタ、ボウバイト、カトレイの三つの勢力を織り交ぜた混成軍は、一瞬にして統率を欠いてしまった。

実質的な司令官の右腕の地位にいるジェダ・サーペンティアの指示で、ボウバイト側を煽るような行為をし、一時は危うい同士討ちの危機を迎えたかと思えば、突然手を組んで行軍を開始している。

レノアにとって、それは好事とは思えなかった。

たった一人、あの若い平民出の司令官がいなくなった途端、この群れはその不安定さを露呈した。

急な進軍を発案したジェダ・サーペンティアという人間を、レノアは懐疑的に観察していた。

その生まれは本来、王子と呼ばれていてもおかしくはないほど高貴でありながら、言動からはときに、場末に漂うような陰鬱な気を感じ取ることが多かった。

類い希なほど、強力な晶気の使い手でもありながら、その手法は残虐性に富み、端々から窺えるそうした人間性が、不信感を絶えず匂わせる。

その性質は、まるで命に価値を見出しておらず、目的のためならば、どれだけの出血も厭わない言動が、冷血さを想起させる。

レノアはこの行軍に言い知れぬ不安を感じていた。この作戦が勝機を見出して立てられた計画ではなく、ただ、個人の思いを反映しただけの無謀な行軍なのではないか、という懸念が晴れることなく頭にこびりつく。

本来の主を失った混成軍は、夜の深界を進んでいく。

真っ暗闇の中でも、ひとの敷いた白い道は、その行く手を失わせることなく、行く者たちを目的地へ誘う。

やがて、軍が上層へ至る最初の関所へと到着した。

斥候の報告通り、そこはすでに無人となっていた。

木製の柵や門を破り、軍は上へと伸びる傾斜の始まりに足を踏み入れる。直後に、レノアは軍の指揮権を握る幹部たちに向け、声を張り上げた。

「行軍をいったん止め、夜明けまでこの場で待機すべきだ」

レノアの進言にジェダは露骨に眉を顰め、

「無駄に時間を消耗するだけだ。向こうが前哨を退かせたのを見れば、戦場を領内の正門前と定めている可能性が高い」

レノアはジェダに睨みを効かせ、

「夜の行軍はあんたが思う以上に危険なんだよ、ましてや敵地に入り込もうって時にはね」

ジェダは涼しい声で、

「危険は承知の上で言っている」

と嘯いた。

「承知の上って、そこにどれだけの血が流れることになるのか、わかってて言ってんだろうね」

ジェダは頬を緩ませてほくそ笑み、

「わかっているさ」

レノアには、ジェダの心の内が手に取るように見えていた。わかっていると言いながら、その実それをなんとも思っていない、ということに。

「ここにいるのは軍人だ、血を流す覚悟のない奴はいない。ただね、だからって無駄に死なせていいわけじゃないんだ。あんたの思いつきで無謀な進軍を続けるというなら、私はそれに断固として異議を唱える」

ジェダはレノアの言に微笑みを浮かべた、だがその目は明らかに笑ってはいない。

まるで人間味を感じない視線に当てられ、レノアは堪えきれず喉に溜まった唾を飲み込んだ。

その時、エゥーデが大きく咳払いをし、

「アーカイド、全軍に行軍停止を伝え」

その一言にジェダが気色ばみ、

「将軍ッ、ただの傭兵の言葉に――」

エゥーデはジェダに、

「黙れッ、言われずとも、一旦足は止めるつもりであった。不慣れな夜の山道で、のこのこと無防備な巨体を晒して行けるものか」

ぴしゃりと一喝した。

常識的な判断を下したエゥーデの言葉に、レノアはほっと肩の力を抜いた。

エゥーデは続けて、

「奇襲を警戒して周辺の警備を強化し、上に斥候を向かわせろ、人の歩ける場所をすべて潰し、夜明けを待って侵攻を再開する――」

副官に指示を伝えた後にジェダを睨み、

「――有無は言わせん」

ジェダは不満げに顔を顰めて辞儀をし、自らの陣営に向けて馬を進めた。レノアとすれ違いざま、彫刻のように整った顔から、凍えるように冷たい視線が送られる。

レノアはエゥーデに軽く会釈を残し、

「ッたく……」

溜息を吐き、去って行くジェダの背を控えめに追いかけた。