軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

服従 7

服従 7

空気が割れるような軋み音が鳴り、分厚い門が開かれると、奥から、ぬるりと暖かい空気が通路を滑るように流れでた。

その開かれた門の先で、大勢の人間たちが立ち尽くしていた。

手前側には人相の悪いカンノの手下たち、その周囲にまばらに百刃門の武人たちが控え、中心にこの場を仕切っていたであろう男、この集団の主たる、カンノの姿がある。

カンノは汗で髪を額に張り付かせ、呆然としてシュオウを見た。

薄暗く、地下をそのままくり抜いた洞窟のような部屋に、シュオウは先頭をきって足を踏み入れる。直後に、ロ・シェンの仲間である体格の良い一人の武人が声を荒げた。

「こいつか?! こんなやつに一門が負けたっていうのかッ」

武人はシュオウを指さした後、ロ・シェンを見て怒声をあげた。

シュオウの後に続いて部屋に入ったロ・シェンは、

「……そういうことだ、ジ・ホク」

ジ・ホクと呼ばれた武人は拳を握りしめ、

「ふざけんな!」

部屋に置いてあった大きな卓を軽々と掴み上げ、壁に向かって放り投げた。

怪力で投げつけられた重たい卓が、壁に当たって粉々に砕け散る。その爆音がこだました直後、ジ・ホクは激高しながらロ・シェンを指さした。

「シェン、平気で立ってられてるじゃねえか。キョウ、お前もだ! 顔に傷ひとつついてねえぞ、その後ろにいる奴らも、てめえら全員まともに戦ってすらねえだろうッ、血も流さずに戦って負けただと? 俺たちはいつからそんなぬるい集団になったんだッ」

ジ・ホクの訴えに、ロ・シェンは言葉を返さず、微かに俯いて視線を落とす。

ビ・キョウも同様に、言葉なく淡々とジ・ホクへ視線を返すのみである。

その態度に、ジ・ホクは一層腹を立てた様子で、

「もういい……ッ、腰抜けどもが。シェン、今日限りお前は兄者じゃねえ。そいつを倒して俺が大師範の座に着く、その後は破門だ、文句はねえな!」

「待てッ――」

ロ・シェンが止めようと声をかけたのも束の間、ジ・ホクは武器を握ってシュオウに襲いかかる。

「うおおッ!!」

ジ・ホクの力はすでに見ている。彩石から受ける能力が怪力であるのなら、その腕力にまかせて重たい武器を高速で振るのが目に見えていた。

一点の単純な力押し、並の相手なら単純が故に脅威となるが、シュオウにとっては至極与しやすい相手でしかない。

重さのある長刀が振り下ろされる。当然の事としてそれを躱しつつ、がむしゃらに突っ込んできた相手の勢いを利用して、靴のつま先を踏み、手首を掴んで地面に押し倒す。

あえて地面が歪に尖った箇所を目がけ、シュオウは倒れ込むジ・ホクの顔面が、その部分に接触するよう絶妙な力加減を加えた。

武器を空振り、転ばされたうえに、腕を引かれて地面に誘導されるジ・ホクは、その一瞬に地面に顔面を強打する。

つ――と鼻から血を零しながら、白目を剥いたジ・ホクが声もなく地面の上で意識を失った。

一瞬の出来事に、見ていた者全員が呆然とシュオウを見つめていた。

「おい、おい、そんな……」

カンノがシュオウと気絶したジ・ホクに、交互に視線を行き交わせる。

シュオウはジ・ホクの武器を取り、その刃を首に押し当て、

「協力の引き換えに仲間の無事を求めていたな、この男もその中に含まれるのか?」

ロ・シェンは険しく鼻筋に皺を寄せ、

「…………含む」

即答ではなく、時間をかけてそう答える。

シュオウはその選択を尊重し、手にしていた武器をロ・シェンに投げ渡した。直後に、ジ・ホクが率いていた武人たちを見やり、

「次は加減しない、手を出されたくないならそっちでどうにかしろ」

ロ・シェンは頷き返して、

「武器を置け、逆らう者は一門の敵と見做す」

ジ・ホクが連れていた武人たちに命令した。

武人たちは躊躇いの気配をみせつつも、地面に突っ伏したジ・ホクを見て、誰からともなく武器を地面に置いていく。

シュオウはカンノの手下たちを指し、

「全員押さえろ」

ロ・シェンに指示を告げた。

すでに敵意を喪失している様子の主人と同じく、その手下たちは抵抗もなく百刃門の武人たちに取り押さえられていく。

この場の趨勢が大方決まり、カンノは置き去りにされた子どものように、力なく肩を落とした。その視線がシュオウを鋭く睨み、

「……なんなんだ、お前は」

シュオウはカンノを睨み返し、

「お前こそなんなんだ」

視線の強さに気圧されたのか、カンノが半歩退き、不安げに瞳を揺らす。

シュオウは、

「お前に聞きたいことがある」

言って、頭を振って後方に合図を送った。

ロ・シェンたちが捕らえたカンノに近しい者たちが一斉に部屋に運び込まれる。

年配から若者、そして子どもに至るまで、様々な世代、性別の者たちが、後ろ手を縛られた状態で横一列に並べられた。

なかでも、カンノは一人の少年と母親の姿を見つけ、

「……ッ」

酷く狼狽した様子を露わにする。

シュオウは部屋に置かれた椅子をとり、カンノの前に置いて腰を落とした。

「監禁した人質たちをどこに隠した」

シュオウの問いにカンノは少しの間を置いて、僅かに緊張を緩める。

「なんだ、そっちのほうかよ。俺はてっきり、昔の因縁じゃねえかと――」

シュオウは、

「早く、答えろ」

冷めた声で短く言った。

カンノは顰めっ面でシュオウを見た後、現状を俯瞰するように、ゆっくりと周囲に視線を滑らせた。

「分の悪い交渉だな、こういうのもひさしぶりだ。俺は身内を人質にされ、あんたは俺が持ってる人質を欲しがってる。で、俺があんたの欲しいもんを渡しちまったらどうなる? あんたには手札が残り、俺は手札を失う、これじゃあ交渉の余地がねえ」

カンノは落ち着いた態度で言って、近くにある椅子をとり、まるで対等であると主張するように、シュオウの前に置いた。

互いに向かい合う形となり、両者は席に座ったまま視線を交わす。

「そもそも、これは交渉なんかじゃない」

シュオウは言って、手を上げた。

上げた手から人差し指を伸ばし、並んで立つカンノの身内の一人を指さす。その対象、カンノと同じ名を持つ少年を、すばやくビ・キョウが掴んで母親から引き離した。

「止めて、その子を返してぇ……ッ!!」

必死に叫ぶ母の声が、地下室いっぱいに木霊する。

余裕の態度を見せるカンノの顔に、これまで以上の汗が噴き出した。

シュオウはビ・キョウが掴んだ少年を指し、

「なにが弱味か、誰が見ても一目でわかる。隠せないほど大切なんだろう? こっちがそれを握っている時点で、この要求は交渉じゃなく命令になるんだ」

カンノは渇いた舌を唇に這わせ、

「……要求通りのものを差し出せばどうなる? 全員を解放して、大人しく引き下がるのか?」

シュオウは冷めた目で溜息を吐き、

「交渉じゃないと言っただろ」

ビ・キョウへ目配せをした。

ビ・キョウの指が少年の首に絡みつく。そのまま微笑んでカンノを見やり、

「私の力なら、枯れ葉をちぎるよりも容易く、坊やの首を落とせるぞ」

その一言が流れた途端、少年の母親が発狂したように叫びを上げた。

「やめてッ! お願いです、やめさせて……!!」

悲痛な訴えと共に、涙をこぼしながら縋るようにカンノを見つめる。

カンノは必死の形相でシュオウを見つめた。その目は相手を推し量るような狡猾さが滲んでいる。

「まだ子ども……だぞ? 幼く非力で、なにもわかってない小さな子だ、俺たちのような世界のもんでも、そうそう子どもには手を出さない。あんたがどこのもんか知らねえが、全部はったりだ……一見して目つきが悪いが、品の良い顔をしてるじゃねえか、子どもを殺せと命じることができるような人間じゃねえだろう」

一見して悪あがきのような発言から、シュオウはカンノの縋るような思いを感じ取っていた。

シュオウは目を見開いてカンノを凝視し、

「俺がどんな人間か、お前にわかるはずがない。キョウ――」

シュオウはビ・キョウの名を呼び、右手を挙げて五本の指を大きく広げた。

「――この指をすべて折った時、その子どもを殺せ。指を折った後、なにがあっても、絶対に手を止めるな」

ビ・キョウは躊躇いなく頷き、

「承知」

「嘘だ……はったりだ……ッ、やるわけねえ」

カンノは少年の母を見ながら必死に言う。

シュオウは一つめの指を折り、

「すぐに最後の指を折る」

言った直後に二つめの指を折り曲げた。

カンノの呼吸が浅くなっていく。白目は赤く充血し、渇いて震える唇が痛々しく割れている。

シュオウはさらに指を曲げ、

「三」

誰からともなく、緊張に塗れた空気を飲み込む気配が伝わる。

「四」

そして、

「五――」

最後の言葉を言った直後、

「ま、まま、待ッ――」

カンノが椅子から滑り落ちながら、折りかけたシュオウの指を両手で掴んだ。

シュオウは体が触れあう距離からカンノを見下ろすように睨み、

「はなせ」

二つの意味を込めて、冷徹に告げる。

カンノは呼吸荒く、何度も頷き、

「……わか、わかった。人質の監禁場所は――――」

絶え絶えの息で詳細な場所や状況を語るカンノの言葉を聞き終え、シュオウはビ・キョウに視線を送る。

「場所がわかるか?」

ビ・キョウは頷き、

「地図と合わせれば、おおよそ検討はつく」

シュオウはロ・シェンを見やり、

「全員を無事なまま救出しろ」

ロ・シェンは頷き、

「キョウ、お前が指揮をとれ、必要なだけ人員を連れていっていい」

後方からムラクモの貴族や兵士らが、

「我々も同行するッ」

ビ・キョウは頷き、しゃがんで拘束していた少年と目の高さを合わせた。

「坊や、君の役目は終わったようだ、母のところへ戻るといい」

少年は必死に堪えていたのか、直後に大泣きしながら母親の胸に飛び込んだ。

少年に微笑みを向けつつ、ビ・キョウはシュオウに、

「ここの外のことであれば、殺すなとの指示はないものと考えていいのか? 現地には監視者がいるはず、加減をしていては無駄な時をかけ危険が生じるやもしれん」

その問いに、シュオウは無言で頷いた。

ビ・キョウが武人やムラクモ人を引き連れて部屋を後にする。

詰めかけていた者たちがごっそりといなくなり、後にはカンノの部下たちと、ロ・シェンを含めた少数の武人たちが残された。

カンノはシュオウの指を掴んでいた手をゆっくりと放し、放心状態で地面の上に腰を落とした。

「そいつに生ませたガキだけ特別扱いか……俺じゃなく、そこのガキに跡目を継がせる気だったんだな……糞親父が、 耄碌(もうろく) しやがって……」

カンノの息子、ミノクが皮肉交じりに不満を漏らした。

「黙れッ」

声を厭うように、カンノがミノクを睨みつける。

ミノクは意地悪く笑み、

「もうあんたなんか誰も怖がらねえよ、女子どものために台無しにしやがって――――」

カンノの息子が止めどなく愚痴を吐き続ける。

シュオウはロ・シェンへ、

「全員外に出せ、二人だけで話がしたい」

ロ・シェンは頷き、

「承知――」

武人たちにカンノの手下たちの誘導を指示し、気を失ったジ・ホクを抱えて外に連れ出した。

地下の部屋から人々の放つ熱が消え、空気が一段、冷たさを増した。

大勢から放たれる視線が消えたせいか、カンノは徐々に肩の力を抜いていく。

背後にある立派な卓を親指で指し、

「飲んでも、いいか?」

酒瓶を見つめた。

シュオウは頷き、

「いい」

カンノはよろよろとした足取りで酒瓶を取りに向かう。

シュオウも同時に立ち上がり、近くの足元に転がっていた短刀に手を伸ばした。

酒瓶をとり、振り返ったカンノがシュオウの手に握られた短刀を見て硬直する。しかし、すぐに動き出し、先ほどシュオウの前に置いた椅子の上に座り直した。

シュオウも対面の椅子に再び腰を落ち着けた。

カンノは酒瓶を軽く煽り、

「どっからか急に現れて、俺のもんを全部かっさらっていきやがった……あんた、いったい誰なんだ」

「シュオウ、という」

当然、相手はそれだけで理解しないと思いつつ、シュオウは端的に名乗った。しかし、

「シュオウ……?」

その名にカンノは異様なほど反応を見せ、

「待て、聞いたことがあるぞ、軍の従士で、平民出の若い男が信じられないような武功をたてまくってるって、たしかそいつの名が、シュオウ、だった……?」

カンノは目を見開いてシュオウを見つめる。

シュオウは、

「今はもう、ムラクモ軍にはいない」

嘘ではない、真実の欠片をうそぶく。

「酔っ払いが大袈裟に誇張して盛りまくる、よくある噂話の類だと思ってたが、はは――本当にこんな奴がいたのか」

カンノは言って、再び酒を喉へ流した。

「ぷは――」

カンノは派手に息を吐き、

「――それで、どうしてそんな男が、俺のやってることにちょっかいを出す気になった」

シュオウは椅子に座ったまま微動だにせず、

「通りがかりに、たまたまこれを知ったからだ」

「ふふは……」

カンノは濡れて萎んでいく綿のように、漏れた笑声を力なく萎ませる。

「俺は運が悪かった、ってことか?」

カンノが問い、シュオウは、

「お前にとっては、そうかもしれない」

カンノは止めどなく首を振り、

「そうか、そうか…………で? 俺と二人で話がしたいんだったな、なにを話す? 他にも欲しいものがあるか? 金ならあるぞ……このユウギリって街は特殊でな、まともな領主もいなけりゃ、代官もふらふらして定まらねえ、だから、影に隠れているかぎりは好き放題できた。各所に俺しか知らねえ金をたんまりと隠してる。俺を見逃すってんなら、そいつをあんたにくれてやってもいいんだがな……?」

また、カンノは相手の心を測るような視線を向けてくる。

「金はいい」

カンノはむずがゆそうに歪ませた顔で、

「――ああ、わかってたよ、そういう面だもんな」

言って、また酒を喰らう。

シュオウは瞬きもせずにカンノを見つめ、

「監禁されていた人質たちを見た、手首を切り落とされたひとも」

その言葉に、カンノは酒をあおる手を止め、

「……そうかい」

「どうしてだ?」

シュオウの問いにカンノは訝り、

「どうして……?」

「なにがしたかったんだ」

カンノは真顔で視線を落とし、

「……そりゃあ、眺めて楽しみたかったんだ」

「石を切り落として無理矢理生かされながら苦しむ人を見るのが楽しいのか」

カンノは口角を下げつつも、悪戯をしかられた子どものように無邪気に笑む。

「ああ……今まで生きてきて、あの瞬間が一番気分がよかったよ」

シュオウは視線の圧を強め、

「俺にはそれが理解できない」

カンノはまた酒を飲み、

「わからないか? 生まれた瞬間から上下が決められ、絶対にそいつらより上にはいけない、そう思いながら生きて、奴らからは見下され、ゴミのように扱われ……そんな奴らをな、今度はこっちが見下ろしてゴミみたいに扱ってやれたんだ。下だと思ってた奴に頭を下げて許しを請わないといけないってなったときの連中の顔……思い出しただけでぞくぞくする……自分がそいつらを乗り越えて踏みつけた瞬間のあの気持ちよさ、あんたが噂通りの人物なら、ちょっとぐらいわかるんじゃないのか」

人相は悪いが声は柔和で、語りかける言葉には大勢を率いる者にある特有の質がある。

対話によって得られる一人の人物像が、徐々に浮き彫りになっていく。

さらに知るため、

「あれは、相手を見下すためにやるようなことじゃなかった。目はなにも見ていなかったし、声には意味がなかった……もう、人間じゃなくっていた。なぜだ? あの人に恨みがあったのか? それとも、ただそうしたかっただけなのか」

カンノは咳をするように笑い、

「ここまでのことをしといて、くだらねえことを聞きたがる」

「理由を知りたい。金があり、兵力を手に入れて、どうしてあんなことにわざわざ手間をかけた。答えろ、それによっては――」

シュオウはわざと手にした短刀をカンノに見えるよう手の中で転がした。

それを見たカンノは密かに唾を 嚥下(えんげ) し、

「他人が聞いたって、くだらねえ不幸話だ――――」

カンノは幼少期からのことを語り始めた。貴族の邸で働いていた母のこと、そこから起こった数々の不幸の連鎖、そして募らせた恨みを苦く語る。

シュオウは、

「その不幸な出来事に、お前が手首を切り落とした相手が関係していたのか」

カンノは頬を緩ませ、

「いいや、なんの関係もないが、しいていや、あの婆と同じ貴族で、似たような年代だったってことだな」

シュオウは前のめりに、

「同じじゃないぞ」

カンノはむきになったように唇をとがらせ、

「同じなんだッ、生まれながらの地位にふんぞり返り、俺たち持たざる者を食い物にしてる屑みたいな連中じゃねえか」

シュオウは視線をそのままに、

「同じじゃない――」

同じ言葉を繰り返し、

「――良い奴も悪い奴もいる、それは石に色のない人間も同じことだ。貴族にも色んな人間がいるんだ」

「あんたは強いんだろう、だからそう思えたんだろうな……でも、凡人は違うんだ、なにもかもが違う……親、財、教育、それにあの力……怖いんだ、あいつらが。一生どうにもならねえ、そう思いながら、死ぬまで生き血を吸われ続け、奴らのきまぐれであっさりと死に追いやられる。俺は克服したかったんだ、ただ母親が弱って死んでいく様を見ているしかできなかった、弱かった自分を。変えたかったんだ、このむかつく常識ってやつをな……」

立て続けに語ったカンノは、涙目を隠すように視線をきって下を向き、

「後悔なんてしてない……俺と同じような経験をすれば、あんただって同じようなことを考えただろうよ」

勝手な決め付けの言葉を聞き、シュオウは目に怒りを滲ませ、

「一緒にするな」

カンノは目を伏せたまま、声もなく静かに微笑んだ。

シュオウは手にしていた短刀をカンノの目の前に投げ、

「使え」

カンノは顔を上げ、虚ろな目で、

「……これで、あんたと戦えって、そういうことか?」

シュオウはゆっくりと首を振り、

「人が作った世界には人が敷く秩序がある。お前が自分を慰めるためにやった行為を、俺は許さない。罰を受けろ、お前があの人にしたのと同じように、自分の左手首を切り落とせ。引き換えに捕らえたお前の家族を全員無事に解放する、これが唯一の条件だ」

カンノは血の気の失せた顔で、

「そうか……俺は、裁かれるんだな……」

小刻みに震える手で短刀を握る。

ゆっくりと立ち上がり、自身が座っていた椅子の上に左手首を置いた。服の袖をめくり、短刀の刃を手首に押し当てる。

その姿勢のまま硬直するカンノは、ふとシュオウを見やり、

「……もし、俺がこの場で逆らったら、どうなってたんだ」

「石を落として切り口を焼くつもりだった。お前がやったことと同じように、石を失ったまま、限界まで生かし続ける。その後どうなるかは、よく知っているな」

カンノは歯を見せて笑い、

「さっさと死んどいたほうがよさそうだ――」

カンノの手の震えが止まった。意を決して短刀の刃が自身の手首に突き立てられる。刃の切れ味は鈍かった。室内に、聞き苦しいカンノの呻き声が淡々と流れ、響く。

短刀の刃が皮膚を破り、裂けた肉から血が溢れる。盛大に零れ行く血液と共に、カンノはしだいに全身の力を失っていく。

シュオウは一度も視線をはずすことなく、その行程を凝視し続けた。

やがて、手首を切り落とすよりも早く、カンノは自らが流した血だまりの中に横たわった。

虚ろな目で視線を泳がせ、

「夢を見られると、思ったんだが…………短かった…………な…………」

握っていた短刀がからりと落ち、カンノは目を見開いたまま、息を引き取った。

まるで服従の意を示すかのように、血だまりの中に倒れた遺体は、頭を下げるような姿勢で、深く地に伏せていた。