作品タイトル不明
第一話
「も~……クーゲル煩いですよ! 恥ずかしいです!」
「それはこっちのセリフです!」
息を切らせながら走り寄ってきたクーゲルに対し、クレアは恥ずかしそうな顔で文句を言っているが、どう考えても原因は先程のクレアの奇行の方だろう。
「ヴァレンシュタイン子爵、誠に申し訳ありません。これにはその……少々事情がありまして……出来れば、 そ(・) れ(・) をしまってもらえると……」
クーゲルが申し訳なさそうにダインスレイヴを見るので、一度戻すことにした。
まあ、クレアのせいで周囲の注目を集めてしまっているし、これ以上近づかれると一般人に被害が出てしまいかねないという状況だったのでちょうどいいタイミングだろう。
「それでクーゲル、先程のクレアの奇行は見ていたよな?」
「はい……」
今すぐにでもあの奇行の理由を話してもらいたいところだが、ここだと人の目が多すぎるのでひとまず移動することにした。
目的地はシスターマルゲリータのいる教会だ。
あそこなら人が近づくのを制限できるし、秘密の話をするのにはもってこいの場所だろう。
「それで、クレアのあの奇行は何だったんだ?」
「それは……その……」
「あ~あれはですね。教会の偉そうな人から、ジークさんが使えそうだから誘惑して来いって言われたんですよ。私は絶対に無理だって言ったんですけどね」
クーゲルが言いよどんでいると、クレアがあっさりと白状した。
「教会の偉そうな人ねぇ……そいつらは、使節団の中にいるのか?」
「言った人はいませんけど、そのお仲間はいますよ。おじちゃんによく怒られていますし、いつも私を変な目で見てくるから嫌いですけど」
俺の質問に続けてクレアが答えたが、口を開いた瞬間にクーゲルが何かを言いかけていたが、最後の方には少し怒っていたようだけど。
「そうか……それで、クレアに馬鹿なことを吹き込んだ奴の仲間と、そのおじちゃんとやらの関係は?」
「何か、違うグループなのに経験を積ませるとか言って押し付けられたみたいなことを言っていました。あと、ジークさんを誘惑して来いって言った人とおじちゃんは仲が悪いです」
教会内の派閥による争いと言ったところか? どうやらクレアはそのおじちゃんとやらの派閥かそれに近しい立ち位置で、クレアに俺を誘惑させようとしたのは対立している派閥なのだろう。
「ヴァレンシュタイン子爵、クレア様の言うおじちゃんとはオーエン枢機卿猊下のことで、子爵をたぶらかすように言ったのはロウマン枢機卿だと思われます」
クーゲルが補足を入れてきたが、分かりやすく呼び方に差をつけているので、クーゲルがどちら側の人間なのかすぐに分かった。
「それと、クレア様はオーエン枢機卿猊下を慕ってはいますが、聖女はどの派閥にも属さないという古くからの習慣がありますので、オーエン派閥の一員というわけではありません。あと、我々親衛隊の多くも同じようにどの派閥にも属しておらず、隊員の中には信者でないものもおります」
あくまでも親衛隊が忠誠を誓っているのはクレアであり、クーゲルとフレイヤもクレアのそばにいる為に入信したものの、熱心な信者というわけではないとのことだった。
「そうなんですよね~。そのせいで教会のお馬鹿さんたちにクーゲルたちが嫌味を言われることもよくありますし、そんなクーゲルたちを親衛隊から外そうとしたりもするんですよね。私には派閥に入るなとかいう癖に、その周りは自分たちの仲間で固めようとするとかおかしいと思いませんか?」
「それで前の時に、連携が取れなかったり勝手に動いたりする奴がいたのか」
クーゲルたちをよく思っておらず、自分たちの本当の主を優先させようとしたから、あんな暴挙に出ていたというわけか。
「ええ、そう言ったこともあり、あの後すぐにオーエン枢機卿猊下が動かれまして、親衛隊は派閥に属しておらず、クレア様に忠誠を誓っている者で固めるという決まりが出来たのです」
まあ、それでも派閥に入れていない手駒を押し込んでくるということは考えられるが、表立って勝手な真似をする奴が減っただけでも負担が少なくなっただろう。
「クレアが奇行に走った理由は分かったが……」
「仕掛ける場所をもう少し考えてほしかったわね。婚約者を目の前で誘惑される私の身にもなってほしいわ。まあ、効果は全く無かったみたいだけど……せめて、人気のないところを選んでよね」
エリカとしても、俺が目の前で誘惑される場面は見たくなかったようだ。
確かに俺としてもエリカが目の前で色仕掛けをされたら……まずは一発顔面にお見舞いしてからお話しするだろうな。
「え~……どうせ最初からジークさんには効かないことが分かっていたんだから、別にいいじゃないですか」
「そう言う問題じゃないわよ! そもそも、道端で王国の貴族が別の国の女に色仕掛けをされているという状況が駄目と言っているのよ!」
分かっていなさそうなクレアに対し、ついにエリカがキレた。
しかし、クレアにはあまり効いていないようで、むしろクーゲルとフレイヤの方が申し訳なさそうな顔をしていた。
まあ、エリカの言っていることは正論だし、今回の件はちょっとした国際問題に発展してもおかしくはない。
「でも、やってみて駄目だったと言わないと納得しない人がいますし、その目撃者がいた方が説得しやすいですもん!」
この開き直ったようなクレアの反応に、エリカは頭を抱えているが……まあ、クレアの言いたいことも分かると言えばわかる。
こんな手を使おうとする輩だから、本当に駄目だったか確認してくることは十分考えられるし、その際にたまたまその場に居合わせた一般人の証言は、クレアの失敗を裏付けるものになるだろう。
ただ、
「それが俺の悪評に繋がりかねないんだけどな」
それは聖国側とクレアの事情であり、利用された俺の評判はどうなるのか? というところまで考えてほしかった。
「え~っと、その~……頑張ってください?」
「ぶん殴ってやろうか?」
思わず心の声を漏らしてしまったが……エリカとランスローさんは当然として、クーゲルもフレイヤも何も言わなかった。むしろ親衛隊の二人は、顔を俺とクレアから反らして、何も聞いていないし見ていないと言った顔をしている。
「ちょ、ちょっとジークさん! 一旦落ち着きましょう! 暴力はいけません! クーゲルとフレイヤも、何か言ってください!」
本当に殴られると思ったのか、クレアは慌てながら俺をなだめようとして、すぐに二人に助けを求めていた。
まあ、無視されてさらに慌てていたが。
「クレア様、流石に一発くらいは仕方がないかと。そもそも、あのポーズはいったい何ですか?」
「えっ? あれはフレイヤが……」
「あんなポーズが出てくる本は持っていません!」
クーゲルの最後の援護だったのか、話題が少し逸れようとしたところでフレイヤに流れ弾が行きかけて、フレイヤが即座に否定した。
まあ、これまでのクレアの奇行の内、いくつかフレイヤの愛読書に影響されたものがあったのは確かだから、クーゲルすら疑わしそうな目を向けていたが、
「いえ、贈り物の中にフレイヤが好きそうな本があったので、どんなものか読んでみたんです。まあ、エッチなことばかりやっていてちっとも面白くなかったんで、半分も読んでないですけど」
すぐに冤罪だったと発覚し、クーゲルはフレイヤに何度も頭を下げていた。
「ふ~……フレイヤの誤解が解けたところで、今日はもうお開きですかね? ジークさん、エリカさん、お外までお見送りしますよ!」
ひとしきりクーゲルの謝罪が済んだところで、クレアが席を立って俺たちを誘導しようとしたが、
「いや、話は終わっていないからな」
俺が動かずにそう言うと、フレイヤがクレアの肩を掴んで席に座らせた。
「クーゲル、そろそろ俺たちは帰らないといけない時間だ」
「長々とお引止めして申し訳ありません」
クーゲルの説教が続く中、そろそろエリカを送り届けないといけないと思い口を挟むと、ようやく解放されるかと思ったのかクレアが少し笑みを浮かべながら顔を上げたが、
「見送りはここで結構だ。そのまま続けてくれ」
「承知いたしました。数日中には猊下が到着されると思われますので、その時に改めて謝罪をさせていただきたいと思います」
一瞬面倒臭そうなので断ろうと思ったが、向こうとしても対立派閥のやらかしを強調するいい材料だと思っているだろうし、こちらもその被害者だとはっきりさせておかなければならないので、その場合はまたこの教会を使わせてもらうことを条件に了承した。
場合によっては知り合いに立ち会ってもらうことも考えた方がいいかもしれないが……誰に頼めばいいか分からないので、その時までに考えておこう。まあ、誰も思いつかない時はアーサーにでも頼めばいいか。
教会を出てからそのままフランベルジュ家までエリカを送り届け、俺たちもヴァレンシュタイン家に帰宅すると、
「ジーク、ランスロー、すぐに来てくれ」
玄関を開けたところで待ち構えていたカラードさんに政務室へと連れていかれた。
「単刀直入に聞くが、聖国の聖女と何があった?」
そしてクレアのことについて聞かれた。
流石にこの早すぎる対応に驚いた俺とランスローさんだが、聞けばどうやらクレアは王都に入った時から暗部にマークされていたようで、俺からの報告もあって四六時中見張りが付けられていたそうだ。
そんな中で親衛隊の二人と合流し、教会を出て行くのが確認されたので後をつけていたところで、クレアのあの奇行を目撃し、ウーゼルさんへと報告が言った後でカラードさんにも知らされたらしい。
俺が暗部に気が付くことが出来なかったのは、街中だったせいで気配が多過ぎて気が付きにくい状況だったのと、王城で俺の気配の探知能力を知っていた暗部がかなりの距離を取っていたからだろうとのことだった。
「暗部には、今度しっかりと お(・) 礼(・) をしないといけないですね」
「それがあの者たちの仕事だから、やり返すのはほどほどにな」
止めろと言わないのは、俺が言って聞くような奴ではないと理解しているのと、王城に行くたびに張り付かれる煩わしさをカラードさんも知っているからのだろう。
まあ、仮に止められたとしても、これまで通りおちょくりはするし、何ならこれまで以上に気合を入れることになるので、やはり止める意味は無いだろう。
「成程、あちらとしても、決して一枚岩ではないというわけか」
「クレアの親衛隊の話ですから多少の私情は入っていると思いますが、おおむね間違ってはいないはずです」
時折ランスローさんに補足を入れてもらいながら報告すると、カラードさんは顔をしかめながら頷いていた。
まあ、ファブールだけでも面倒臭い状況なのに、そこに聖国の思惑まで絡んでいるとなるとことが大きくなりすぎると思っているのだろう。
「とにかく、この話はすぐに陛下に報告した方がいいだろう。流石の暗部も、ジークを相手に教会内にまで忍び込むことは出来なかったようだしな」
「確かに、ウーゼルさんは報告に来るのを今か今かと待っているかもしれませんね」
「ああ、対策を取ろうにもその枢機卿が来るまで猶予はあまりないな。ジーク、ランスロー、帰って来たばかりで悪いが、今から王城に向かうぞ」
もう少しゆっくりしたいし、俺の本音としては報告は明日に回してほしいところだが、一日とはいえこの話を放っておくのは危険なことであるというのは俺でも理解できるので、軽く身支度だけ整えてから再度馬車に乗り込んで王城へと向かった。
「成程な。それで暗部が騒いでいたというわけか……ジーク、いい加減暗部をからかうのを止めろ……と言うか、その王城の図面はどこから手に入れた? それは機密情報のはず……アーサーしかおらんな」
ウーゼルさんにカラードさんが報告している横で、俺はアーサーの前で王城の図面を広げて暗部がいるところに印をつけて遊んでいた。
ちなみに、この図面は不正をして手に入れたものではなく、アーサーにお願いして用意してもらったものだ。
アーサーには暗部をからかう目的で使うと正直に答えているが、同時に俺から見て気になるところを指摘するという約束をしているので、多少はウーゼルさんたちにも利益があるはずなのだ。
とウーゼルさんにも答えたところ、
「アーサー……」
「父上、今代の黒であり、忍び込むのが得意なジークが王城の強化に協力してくれるのですから、私に断る理由がありません」
ウーゼルさんはアーサーをそばに呼び寄せて拳骨を食らわせようとしたが、アーサーはそれを防ぎながら小声で理由を説明している。
なお、俺はそんな二人を見ながらカラードさんに思いっきり拳骨を食らわせられていた。
「まあ、確かにジークになら図面を秘密にしても意味がないのは確かだが……いや、ジークなら秘密にするよりも知られていた方がいいかもしれんな。それで、ジークから見ておかしなところはあったか?」
「もう少し暗部を育成した方がいいかもしれませんね。ああ、実力というより、数が足りないという意味でです。今回のように、外で仕事をさせるのなら、今の倍は居た方がいいと思います。もしくは、わざと暗部を配置しないところを作って、その分を他に回すとかですかね? もちろん、相応のリスクも生まれますけど。それと、暗部にメイドや執事の格好をさせるのなら、もう少し素人っぽさを出さないと、勘のいい人には気が付かれると思います」
俺がメイドと執事に関して指摘すると、ウーゼルさんは驚いた表情でカラードさんを見たが、カラードさんは何も言わずにゆっくりと首を振った。
「知っていたのだな?」
「ええ、元々いるだろうなとは思っていましたし、実際に僅かですけど雰囲気が違うのが紛れていますから」
別にその暗部の演技が下手とかいうわけではないし、大多数は気が付かないと思うけど、ふとした時に気配が変わる人がいるので、少し鎌をかけるだけで割と簡単に見極めることが出来る。
「例えばですけど、何もないところでしゃがむとか、曲がり角で少し速度を上げるなどの一般人ではあまり気にしないけれど、プロから見ると怪しげな行動を突発的にした時に、ほんの少しだけ警戒するような気配が向けられます。まあ、仕事柄仕方のないことでしょうけど、それを数度繰り返すだけである程度目星をつけることが可能です」
まあ、仮に気が付いた人がいたとしても、王城のような重要拠点だからと勝手に納得するだろうし、それくらいで問題になる可能性は低いと思うが、これが他国の要人を相手にしている場合は違う感想になりかねないので、気をつける必要があるだろう。
「あまり暗部の顔が割れるのはよくないな……ジーク、何か対策はあるか?」
「例えばですけど、一番いいのはそう言った反応を抑える訓練をすることですけど、身に沁みついたものを今更抑えるのはある意味一番難しいと思います。なので、それを誤魔化す為に常に普通の人と組ませるのがいいと思います。あと、明らかに護衛っぽい人や目立つ人をメイドや執事にするのもありかと」
「確かに、それなら気付かれる可能性は低くなりそうだが……どちらにしろ、人数が必要になるな。護衛のように見える執事やメイドは、業務の一環として騎士や兵士から集めれば何とかなるかもしれないが、全てをそれで埋めるわけにはいかないな……アーサー、何か案はあるか?」
目立つ人には騎士などを使えば、身元の保証などを含めて割と簡単に手配できるだろうが、一般のメイドや執事に関してはそう簡単にいかない。
技術的なものもあるが、一番の問題は雇った人間が安全で安心できる人物かどうかというところだ。
普通に考えれば、貴族の関係者から募集するところだが、急に雇う人数を増やせば不審に思う貴族や、対立派閥の間者を送り込まれる可能性が出てくる。
「そうですね……学園から募集するのはどうでしょうか? 学園の卒業生であるなら、礼儀作法もある程度身についているでしょうから一から仕込まなくてもいいと思いますし、身元に関しても名簿や評価などを確認しなければならないでしょうが、卒業まで在籍できたとなればある程度保証されているようなものです。もっとも、今の時期では卒業後の進路が決まっている者がほとんどでしょうが、中にはまだ変更のきく者がいるかもしれません。エンドラ殿に相談だけでもされてみてはどうでしょうか? エンドラ殿なら、この話の大元がジークから出たものだと知れば、前向きに協力してくださるかもしれませんし」
確かにエンドラさんなら、俺から出た話と知れば面白がって首を突っ込んでくる可能性が高いし、何よりも卒業生の進路の選択肢が増えるのは大歓迎だろう。
「成程、確かにエンドラ殿や学園にとっても悪い話ではないな。まあ、毎年決まった数を受け入れるのは難しいだろうが、雇用期間を決めた上で毎年十人や二十人程度なら、それほど難しい話ではあるまい。いっそのこと、雇うのは貴族ではなく一般家庭出身のものに限るのもよいかもしれぬな」
貴族からの反対意見が出るかもしれないが、雇用期間を決めるのならその方がやりやすいかもしれない。
そもそも、王城に務めている者の大半が貴族の出身なので、貴族枠に関してはすでに確保されているような状態だし、ひどい話になるが切るとなった場合は貴族の関係者よりは一般家庭出身の方がやりやすい。
まあ、例え雇用期間が終わって王城を去るとなっても、クビでなければ王城に務めていたというだけで再就職先には困らないだろう。
「なら、カレトヴルッフ公爵にも話を通しておくか」
という感じで、解散……になりかけたのだが、
「いや、そう言えば、聖国のことでカラードたちは来たんだったな」
帰らされる寸前のところでカラードさんから待ったの声がかかり、ウーゼルさんは俺たちが着た本当の理由を思い出したのだった。
まあ、大体の部分はすでにカラードさんが説明していたし、俺から言えることはその時に聞いた話だけだったので、どちらにしろそのオーエン枢機卿が王都に到着してからの話ということになった。
ちなみに、オーエン枢機卿が来てすぐに行動に移せるように、暗部は王都の出入り口と周辺の主要な町や村で枢機卿の監視をすることになったそうだ。