作品タイトル不明
第十六話
「あら、遅かったですね」
ボルスさんの店に戻ると、すでにエリカとアンナさんは部屋から出てきており、雑談をしながら俺たちを待っていた。
「おお! エリカ嬢は、大分姿勢がよくなったな! やっぱり下着が合わなかったか!」
ボルスさんの言う通り、エリカは服装こそ騎士団の制服のままだが、姿勢が明らかによくなっている。
「ボルスさん、女性に対して失礼です。そんな無神経なことを言うから、よく奥さんを怒らせるんですよ」
エリカは反応に困って黙っているようだが、代わりにアンナさんがボルスさんを窘めた。
「いや~……すまん! うちのかみさんには内緒にしてくれ!」
アンナさんは余程ボルスさんの奥さんと仲がいいのか、密告されることを恐れたボルスさんは即座に頭を下げて謝罪した。
「確かに姿勢がよくなったのもあるけど、服がエリカに合うように手を加えたみたいだな。最初よりも動きやすそうだ」
「ええ、名誉男爵はスタイルがいいですからね。簡単にですけど、袖やすその長さと幅を調整させていただきました。ただそのせいで、名誉男爵専用と言う形になってしまいました。許可なく手を加えてしまい、申し訳ありません」
恐らくアンナさんは、ボルスさんからエリカの下着をどうにかするように頼まれたのだろうが、服飾職人の習慣で、間近でエリカの体形に合っていない部分を手直しせずにはいられなかったのだろう。
一応、エリカが来ている制服はヴァレンシュタイン家のものであり俺の所有物なので、許可を得ずに手を加えたことはまずいとは思ってはいたからこその謝罪だろうが……別に気を悪くしたとか言うことは無いので気にしないように言っておいた。
むしろ、俺としてはエリカにあげたような感覚だったので、今後もエリカが使えるように手直ししたと思えば、注文する手間が省けたと言うものだ。
「いえ、逆にこちらがお金を支払わなければならない出来だと思います」
「いえいえ、こちらこそボルスさん経由でヴァレンシュタイン家と子爵様には仕事を貰っていますので、そのアフターサービスです」
詳しく聞くと騎士団の制服だけでなく、俺や騎士団の装備に使われている革や布の加工もアンナさんが一部請け負っているらしく、俺が知らなかっただけでアンナさんにとって俺はお得意様の一人とのことだ。
「そうでしたか。でしたら今回はお言葉に甘えさせていただきます」
今度、騎士団の制服などを注文させてもらおうと決め、ついでにどんな服を扱っているのか聞いたところ、
「実は、私は基本的にこういった感じのものばかりを作っていまして……」
と言ってアンナさんが取り出したのは、
「男性……いや、男性服のような女性服?」
「その通りでございます」
アンナさんが着ているような、一見すると男性服っぽく見える女性用の服だった。
「細身の方なら男性でも入ると思いますが、基本的には女性の体形を意識しているものが多いので、万人向けの店とは言えません」
アンナさんによると、子供のころから女性のかわいらしい服よりも、男性が着るようなかっこいい服の方が好きだったそうで、知り合いの伝手を頼ってボルスさんの兄弟子に弟子入りしたとのことだ。
ちなみに、ボルスさんの師匠は服飾の専門職人というわけではないそうだが、その師匠しか安心して頼れる人がいなかったのと、専門ではないものの服飾に関する技術がすごかったのが決め手だったとのことだ。
「だがジーク、アンナの作った下着はすごいぞ。体を締め付けることで体形や姿勢を矯正することで、身体の運動能力を高める効果があるんだ。ジークの装備にも一部その技術を取り入れているから、後で確かめてみると言い」
そこまで気にしていなかったから気が付かなかったけれど、矯正下着やボディスーツのようなものなのだろう。
体を締め付けるのが苦手という人もいるだろうが、俺のように動きやすさを重視する奴なら好んで使うかもしれない。
「それではこれで私は失礼させていただきます。子爵様、名誉男爵様、今後ともよろしくお願いいたします」
アンナさんは注文があれば男性用の服も作るからと営業し、軽く説明をしてからやりかけの仕事があると言って帰っていった。
「アンナの作る服は、ジークに向いているかもしれないな。まあ、戦闘用じゃないから耐久力に問題があるだろうし、それなりにいい値段だけどな」
ボルスさんの言う通り、これまであまり鎧を着て戦ってこなかった俺の戦闘スタイルには合っているだろう。
もっとも、締め付けが強すぎて合わない可能性も考えられるが、一度試してみた方がいいのは確かだろう。
「私は一度相談することにしたわ。少しきついけど、動きやすいのよね」
すでに使用しているエリカはかなり気に入ったらしく、俺たちがいない時に近々窺う約束をしたそうだ。
「おっと! そういや忘れるところだったが、ハルバードの調子はどうだった?」
「ええ、バッチリでした。このまま調整をお願いします」
確かに忘れるところだったが、元々アンナさんを呼んだのはエリカがハルバードを振るうことに夢中になってしまったことが原因だった。
もしもボルスさんが言わなかったら、このままアンナさんの話に満足して帰ってしまっていたかもしれない。
「そんじゃ、このまま進めるな。ジークは、装備を早めに確かめておけよ。そんで気になるところがあったら、忘れずにすぐに持ってこい。出来る限りすぐに調整するからよ。それとついでに、カラードにもたまには顔を出すように言っておいてくれ。そろそろ武具の点検もしないといけないしな」
「分かりました。伝えておきます」
ボルスさんにそう答えて店を出て、予定通り店を適当にぶらついて回ることになった。
ただ、この辺りの店は武器や防具を扱う店が多いので、デートには不向きだと言われているのだが、
「あら? 珍しいものが置いてあるわね。値段も……まあ、出せなくは無いわね。ちょっと買っていこうかしら?」
「確かに、 フ(・) ラ(・) ン(・) ベ(・) ル(・) ジ(・) ュ(・) が置いてあるのは珍しいな。実践用というよりは、部屋の飾りに使うものかもな」
俺とエリカには洒落た店に行くよりは性に合っているのかもしれない。ちなみにエリカが手に取っているのは剣の方のフランベルジュだ。
刀身が波打っているのが特徴的な剣だが、エリカが持っているのはその波が少し強めに強調されているので、装飾として使うものだと思われる。
「ご先祖様がフランベルジュを手に敵陣を突破したことで貴族になって、その時にフランベルジュを家名にしたらしいのよね。その時のものだと言われているものが、我が家に伝わっているわ。まあ、どこまで本当の話か分からないけれどね」
「縁起物をそのまま家名にした感じか。そう言えば、ランスローさんの家名も武器ですね」
ふと思い出し、少し離れたところで周囲に気を配っているランスローさんに話しかけると、
「ええ、我が家も剣が由来ですね。もっとも、フランベルジュ家のように誇れるつけ方ではないと聞いていますが」
ランスローさんの家名は『レイクサーベル』で、はっきりと剣の名前が入っているので話を振ってみたが、どうやらフランベルジュ家とは違う方向性の付け方をしたらしい。
少し興味がわいたので詳しく聞いてみると、
「家名を名乗り始めたのは曾祖父の代からでして、その理由も不注意から湖に落としてしまった剣を潜って回収したからだそうです。その湖はそれなりに深かったそうで、その場面を当時の主に見られていたらしくて、度々話題にされたことが理由だそうです」
「確かに方向性は少し違うかもしれないですけど、当時の主の記憶に残るくらい目立ったということではないですか?」
「ええ、深い湖に潜って回収することは、例え魔法を使ったとしてもなかなか難しいことだと思いますけど」
そんな恥ずかしそうにする話ではないように思えたのだが、
「いえ、その不注意というのが、酒に酔った状態で同僚とふざけて剣を振り回して遊んでいた際に手を滑らせたと言うもので、しかもその剣はその主から貰ったものだった為、何も考えずに慌てて湖に飛び込んだと聞いています。そして、潜って回収したまではよかったのですが、水面に上がる途中で足がつって溺れかけ、死にそうになりながら岸にたどり着いたとのことです。その様子が主の記憶に残り、その後の酒の席での定番の話になったとか」
「あ~……なるほど」
そんな理由であるのなら、確かにフランベルジュ家とは方向性が完全に違う。
これにはエリカも何も言えなかったらしく、聞かなかったふりをしてフランベルジュを買いに店の中へ入っていった。
「それにしても、ディンドランがジークと買い物に行きたがる理由が少し分かりますね。本来、護衛対象にさせるべきではないのですが、自分で荷物を持たなくてはいいというのは、身軽でいられて仕事もしやすいですね」
エリカがフランベルジュを買った後も、俺たちは店を覗きながらぶらつき、近くまで来たからということでフェアリーピコにも顔を出したのだ。
そしていつものように俺は顔パスで、エリカとランスローさんも婚約者と護衛ということで一緒に買い物が出来た。
その際、ランスローさんはそろそろ奥さんが来る予定ということで、そのお土産として大量のお菓子を買った……ランスローさんにしては珍しく、その後の荷物のことを考えずに。
そんなことがあったからこそのランスローさんの感想なのだが、確かに俺の護衛という名目でついてきたがるディンドランさんやガウェインは、いつも勝手に買い物をして俺に押し付けてくるので、いずれガツンと言わないといけないなと思っていたが……今回、ランスローさんもやらかしてしまったので、ガツンと言うのはもう少し時間を置いてからで、なおかつランスローさんのいないところでやることにしようと思う。
「それじゃあ、そろそろエリカを送りに……げっ!」
今からフランベルジュ家に向かえば、丁度予定していた時間にエリカを送り届けることが出来るだろうと思ったところで、俺の視界に不吉な白い影が入って来た。
「あっ! ジークさ~ん、エリカさ~ん!」
「平和は、一日半しか持たなかったな」
「そうみたいね」
「ランスローさん、クレアは警戒しなくていいよ。むしろ、した方が騒ぎが大きくなる気がする」
「了解しました」
接近してくるクレアに気が付いたランスローさんが、俺とエリカを守れるようにクレアの進路を塞ごうとしたが、そうすると逆にこの間のように騒ぎ立てると思われるので後ろに下がってもらうことにした。
「何で昨日は遊びに来てくれなかったんですか! それに、今日遊びに行くなら誘ってくれてもよかったのに!」
「だから、情勢的に勝手に会うのは難しいと言っただろうが!」
「む~……」
この間俺が言ったことを思い出したのか、クレアはふくれっ面になったが……急に何かを思い出したかのようにハッとした顔をして、
「そうだジークさん!」
「何だ?」
とても嫌な予感がする……と思って身構えていると、
「あっは~ん」
何故かクレアは、俺に向かってしなを作ってきた。
「ん~……じゃあ、うっふ~ん」
俺が反応しないのを見たクレアは、今度は違うポーズでしなを作った。
「ちょっ! ジーク、落ち着いて! クレアのことだから、何も考えていないのよ! 流石にここでダインスレイヴを抜くのはまずいわ!」
「ジーク! 被害が出る前に、ダインスレイヴをしまってください!」
無言でダインスレイヴを出したのを見て焦ったエリカが俺の前に立ち塞がり、ランスローさんが後ろから羽交い絞めにしてきたが、当のクレアは、
「やっぱり思った通り、ジークさんには効果がないですね……まあ、いいか! ……おっほん!」
一人で勝手に納得していた。ついでにまたやっている。
二人に止められている状態の俺ではあるが……手を出そうと思えば出せる状況ではある。
さて、どうしようか……と考えた結果、一度ダインスレイヴを引っ込めてから殴ってみるか? と行きついたところで、
「いたぞ! あそこだ!」
「ヴァレンシュタイン子爵! 誠に申し訳ありません!」
遠くから俺を指さしながら大声を上げるおっさんと、これまた大きな声で謝罪をしながら走って来るクーゲルの姿が目に映った。