軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話

「ジーク、見惚れていないで声を掛けてはどうですか? エリカ嬢は自分でも気づいていないみたいですが、かなり体力を消耗しているようですよ」

ランスローさんの言葉にハッとなってエリカをよく見てみると、頬から滴り落ちるくらいの汗をかいているのが分かる。

確かにランスローさんの言う通り、あの様子ではかなり体力を消耗しているだろう。

「エリカ」

「えっ⁉」

いきなりだと驚いてバランスを崩して怪我に繋がる恐れがあったので、タイミングを見計らって声を掛けたのだが……動きが止まった瞬間に脚の力が抜けてしまったのか、その場に膝をついてしまった。

「大丈夫か⁉」

「え、ええ……」

エリカはすぐに立ち上がって膝の具合を確かめていたが、特に異常はなかったようだ。

「恥ずかしいところを見せたわね。ちょっと振るっていただけなのに、足に来るなんて……」

「いや、エリカが俺たちと離れて一時間近く経っているし、その汗の感じだとちょっとと言う程短い時間じゃないと思うぞ?」

「え?」

どうやらエリカは、ハルバードを振るうことに夢中になり過ぎて、どれくらいの時間が経っていたのか分かっていなかったようだ。

エリカは驚いて俺を見た後でランスローさんたちも見たが……ランスローさんが頷いたのを見てさらに驚いていた。

「あ~……エリカ嬢? 俺たちはエリカ嬢が試し切りに行った後で、ジークの防具の調整と説明をして、ランスローさの剣の調整もしている。エリカ嬢が移動してからどのタイミングでハルバードを振り始めたかは知らないが、決して短いという時間ではなかったはずだ。それと、そこの扉から戻ると左にもう一つ扉があって、そこが風呂場になっている。流石に湯は張っていないが、体を拭うには十分な量の水は用意してある」

ボルスさんに言われて初めて自分が汗だくであることに気が付いたのか、慌てて風呂場に向かおうとしたが……急に立ち止まると、

「私、替えの服を持っていないんだけど……当然……タオルも……」

まあ、普通はそうだろう。

俺のようなマジックボックス持ちならともかく、普通の外出で替えの服を持っているとなると、服を汚すような場所に行く予定があるか、もしくは初めから そ(・) う(・) 言(・) っ(・) た(・) 目(・) 的(・) があるかだろう。

「あ~……エリカ、とりあえずこれがタオルな」

体を洗うにしろ拭くにしろ、タオルは必要だろうと思いエリカに渡すと、

「ジーク……もしかしなくても、女性の服とか持っていたりしない? それと、その……下着も?」

受け取る瞬間に何かに気が付いたのか、エリカが疑わし気な視線を向けてきた。

「……ああ、持っている……が! 誓ってやましいところは全くない!」

「本当ね?」

「とりあえず、理由を話してもらえますか?」

何とかエリカは信じてくれそうだというのに、ランスローさんがその理由を話すように詰めてきた。

「まず、女性用の服だけど、これは騎士団の制服も含まれています。何かあった時の為に、男女用のものを持っておくようにカラードさんとサマンサさんに言われたからです」

「成程。確かにジークは爵位持ちですが、専属の配下を持っていません。まあ、ディンドランがよく 担(・) 当(・) していますが、もしも突発的な出来事が起こり形だけでも騎士を揃えなければならなくなった場合、ディンドランだけでは数が足りないということが十分考えられます。その時に間に合わせで騎士を雇うのに必要なのでしょう……それでジーク、下着に関して言うことは?」

まあ、制服の話だけで納得はしないよな……ごめん、ディンドランさん。

「下着の持ち主は、ディンドランさんです。何でも近々、部屋の点検が行われそうだから、余分な荷物を預かっておいてくれと渡されました」

点検というのは建前で、実際には生活態度の確認の一環ではあるのだが、その情報を掴んだディンドランさんが俺に荷物を押し付けてたのだ。

なお、押し付けられた箱は厳重に梱包されているので、中身に悪戯でもしようものならすぐにバレてしまう為、今のところは最初に受け取った時以外で触れてもいない。

「それと他にも、商業ギルド経由で孤児院などに寄付する古着や下着を持っています」

こちらに関しては商売というよりは慈善活動用なので、やましいことは一つもない。

「成程、理解しました。ところで、服や下着の話をする際に、寄付する分だけを言えばよかったと思うのですが、ディンドランの預かりものから先に言った理由は何ですか?」

ランスローさんの言う通り、ディンドランさんのものを言わずに寄付する古着類のことだけを話せば、少なくともこの場は納得させることが出来たかもしれないが……まあ、それに関しては、

「どのみち点検の直前に、サマンサさんに押し付けられたものがあると教えようと思っていたので、それが多少早まるだけですし……ただまあ、そのせいでランスローさんも、ディンドランさんの説教に加わらないといけないかもしれませんから、その点だけは申し訳なく思っています」

ランスローさんとしては、自分から聞き出した上にそれが部下の不始末だった以上、上司として口を出さないといけなくなるだろう。

そのせいで余計な負担が増えてしまうだろうが……そこは俺に話させた責任と言うことで、俺ではなくディンドランさんにうっ憤をぶつけてほしい。

「ついでにですが、ガウェインにも荷物を押し付けられています。中身を確認したところ、酒とつまみと季節ものの着替えに、多数の大人向けの 絵(・) 本(・) でした。これらはカラードさんに提出する予定です」

「そうですね。それが一番いいでしょう」

流石に部下のディンドランさんならともかく、名目上はランスローさんの上司に当たるガウェインに対しては自分が言っても効果は薄いと考えたらしく、カラードさんに任せるのが正解だと頷いている。

まあ、実際のところは効果云々よりも、面倒臭いからというのが一番の理由かもしれないけれど。

「というわけでエリカ、古着ではあるが下着類もあるが……使うか? 一応買い取る時に洗濯はしているそうだから、着れない程汚いということは無いと思うけど?」

「……そうね、一応見せてもらうわ。申し訳ないけど、お風呂場の前で出してもらえるかしら?」

とりあえず見るだけ見てから考えると言った感じだが、あまり乗り気ではなさそうだし、もしかすると汗だけ拭いて着替えはフランベルジュ家に戻ってからするかもしれないので、今日は解散が早くなるかもしれない。

「それじゃあ、私たちは一足先に先程の部屋に戻りましょう。エリカ嬢、お風呂場を使う場合は、ジークが出たら内側から鍵をかけておいてください」

覗こうとは思わないが、未婚の貴族女性が男の近くで裸になることには違いないので、互いの為に鍵をかけておいた方が、もしもの時の周囲への誤解が少なくて済むということだろう。

そう言うとランスローさんとボルスさんは先に元の部屋へと戻り、俺も服や下着の入った箱を置いてから二人のところへと向かった。

そしてしばらくして、

「ジーク、残っている服の回収をお願い」

エリカが着替え終わったのだが……何故か選んだ服は、古着ではなくヴァレンシュタイン家の騎士の制服だった。

見慣れない服装なので別人のように見えるエリカだが、本人はどこか着心地がよくなさそうにそわそわしている。

ヴァレンシュタイン家の制服が肌に合わないのか? と思っていると、

「エリカ嬢、もしかして下着が合ってないんじゃないか?」

ボルスさんがそう指摘し、エリカも驚いた顔をしながら胸の部分を隠すようにして後ろに下がった。

「そんな顔をされると、流石の俺でも傷つくんだが……ただ職業柄、装備品が体形に合わないのに言い出せないという奴を何人も見てきたから気が付いただけだ」

その言葉にエリカは申し訳なさそうな顔をしたが……胸を腕で隠したままなので、どの部分が合わなかったのか丸わかりの状態だ。

「そうだ! エリカ嬢、ちょっとそっちの部屋で待っていてくれ。ちょっくら服が専門の知り合いを呼んで来る!」

いたたまれなくなったのか、ボルスさんはエリカの返事を待つ前に店を飛び出していった。客が来たらどうするのだろうかと思ったが、俺が来ている時に他の客がいたり来たりしたところを見たことがないので、もしかすると腕前に反して顧客は少ないのかもしれない。

そんなことを考えている間にエリカは隣の部屋に移動していて、再び鍵がかけられる音がした。

そして、ボルスさんが出て行って十分もしない内に、

「エリカ嬢、連れてきたぞ!」

一人の女性を連れてきた……うん、一瞬迷ってしまったが、恐らく女性で間違いないはずだ。

その女性が俺に気付き、こちらに踏み出そうとしたところでランスローさんが俺の前に立った。

「失礼しました。ヴァレンシュタイン子爵様でございましょうか?」

女性は一歩下がって頭を下げたので、俺はランスローさんと目配せして前を開けてもらった。

「そうだが、そちらは?」

ボルスさんの知り合いではあるらしいが、念の為警戒しながら答えると、

「私はこの近所で服飾職人をしております、アンナと申します。以後、お見知りおきを」

自己紹介をした後、胸に手を当てて軽く頭を下げた。

少し気障っぽい感じがするが、アンナはランスローさんとほぼ同じくらいの身長で、服装のせいか男性のような印象も受ける為、全く違和感がない。

むしろ、そこいらの男よりも男前だ。男装の麗人とはこういった人のことを言うんだろう。

もしも俺やガウェインが同じことをしたのなら、周囲から笑い声が聞こえてくるかもしれない。

ただ、名前を知っただけではどういった人物なのか判断できないが、

「ああ成程。ジーク様、こちらのアンナ女史は、ヴァレンシュタイン騎士団の制服をデザインされた方です」

「女史と付けられる程ではないですが、確かに私がヴァレンシュタイン家の制服を作らせていただきました」

ランスローさんが名前を知っていて、ヴァレンシュタイン家とも関係があるというのなら、ある程度信用できるということだ。

「そうでしたか。それは失礼しました」

俺が警戒しているのに気が付いていただろうが、アンナさんは少し微笑むだけだった。

「エリカ、服の専門家の人が来たぞ」

「今開ける……ジークは扉から離れていて!」

エリカが返事をするとすぐに鍵が外される音がして、それから扉が少し開いたところでまた閉められた。

扉が開きかけた時、すでに俺は扉から離れて元の位置に移動し、ランスローさんたちと共に反対を向いていたのだが、当然エリカからは見えないので心配になるのは仕方がないのだろう。

「フランベルジュ名誉男爵様、服飾職人のアンナと申します。もしよろしければ、私がそちらに行きましょうか?」

「えっと……お願いします」

その様子を見ていたアンナさんがそう提案すると、エリカは少し間が空いてから了承した。

「失礼します」

アンナさんが入って行ってすぐに、エリカの驚いたような声が聞こえたけど……まあ、男性っぽい人がいきなり入ってきたら驚くのは当然だろうな。

「お~い、アンナ! 俺たちは少し店の外を回ってくるからな! 店は閉めて行くが、何かあったら対応は頼む。それと、店の中のものは好きに使ってくれ」

ボルスさんはそう言うと、俺の背中を押して外へと向かった。

「まあ、あのまま待っていても気まずいだけですから、外へ出るのは構わないんですけど……店を任せてしまってもいいんですか?」

ボルスさんがアンナさんとどれだけの付き合いがあるのか分からないが、貴重品なども置いてあるうえに、店番のようなことまで任せてしまっても大丈夫なのかと思い聞いてみると、

「まあ、アンナとは長い付き合いだからな。それこそ、あいつの師匠が俺の兄弟子だし、うちの奥さんとも仲がいいしな。言ってみれば、妹のようなものだ。ジークとディンドランの関係に近いかもな!」

と言ってボルスさんは笑った。

確かにそれなら店を任せるくらい信用しているのも分かる……が、

「つまりボルスさんは、アンナさんに理不尽なことをよくしている……と」

俺とディンドランさんに近いというのなら、ボルスさんはアンナさんに奢らせたり物を強請ったりしているということになる。

「いや、なんでそうな……あ~……ジークたちに例えると、確かにそうなるな」

俺がディンドランさんに武器を強請られるところを見ているボルスさんは、すぐに俺の言っている意味に気が付いたようだ。

「まあ、ジークとディンドランの関係は確かに姉弟みたいなものですから、外側だけ見れば同じといえそうですけどね」

ランスローさんも、普段の俺とディンドランさんを思い浮かべているようで苦笑しながら頷いている。

「苦労させられているもんなジークは……ヴァレンシュタイン家の嫡男なのに」

普通に考えたらディンドランさんの態度は、養子とは言え仕えている家の嫡男相手にするようなものではない。

もっとも、それを言い出したらガウェインも同類だし、何ならヴァレンシュタイン騎士団は割と俺に対してそう言うところがある。

これに関しては、俺がヴァレンシュタイン家に来た時から騎士団の訓練に放り込まれたからというのも関係しているだろうが……それにしても、よくよく考えたら俺の扱いが雑過ぎる気がする。

「これはもう、育ってきた環境が関係しているとしか思えないな……」

騎士団の半数以上はヴァレンシュタイン領の出身ではないが、出身者がそう言った態度だったので自然と染められたと見るべきだろう……などと考えていると、

「つまりジークは、ディンドランとガウェインが お(・) か(・) し(・) い(・) のは、私の父と母の影響だと言いたいのですね? まあ、父の名を出されると否定しにくいですが、母まで同様に扱われるのは心外ですね」

「あ……申し訳ありません」

そう言えば、ガウェインは十歳になる前にヴァレンシュタイン領に流れ着き、ディンドランさんはヴァレンシュタイン家が参加した戦争で保護された孤児だったという話を聞いたことがある。

そして二人はバンさんとその奥さんに引き取られて、ランスローさんと兄妹のように育ったとも。

バンさんはああいった人物なので、二人どころかその他大勢に悪影響を与えているだろうが、そんな人物とランスローさんのお母さんを一緒にしては大変失礼なことなので、不愉快に思われても仕方がない。

「まあ、実際にあの二人がああなっている以上、母の育て方にも問題があったと思われるのは当然ですし……私も少しはそう思っていますけどね」

「いや、お前も思っているのかよ!」

俺の代わりにボルスさんが突っ込んでくれたが……ランスローさんの顔を見る限り、突っ込み待ちで間違いなかっただろう。

「ははは……でも、ディンドランと姉弟みたいなものということは、ガウェインとも兄弟みたいなもので、私とも同じようなものと言えそうですね」

「ランスローさんは歓迎しますが、ガウェインはお断りしたいですね」

「それは光栄なことです。それにしても、いくらディンドランに迷惑をかけられていても、拒絶はしないのですね?」

「ええ、まあ……とっくの昔に慣れてしまいましたから」

悲しいけれどヴァレンシュタイン家に来たその日から、俺はディンドランさんに今とほぼ変わらないような扱いを受けてしまっていた為、とっくの昔にあきらめがついてしまったのだ。

「それは何と言うか……申し訳ないとしか言えないですね」

ランスローさんも、俺が昔受けていた仕打ちを思い出してか、申し訳なさそうに頭を下げていた。

なお、ディンドランさんと初めて出会ったのは、この世界基準で俺が十歳の時なのだが……何故かディンドランさんにはその前の存在しないはずの記憶があるらしく、酔うとたまに俺の十歳以前の話をし始めたりする。

「そろそろ戻っても大丈夫じゃないか?」

そんな話をしながら散策しているとそれなりの時間が経っていたらしく、肉串にかぶりついているボルスさんの言う通り、俺たちは屋台で購入した土産を持って戻ることにした。