作品タイトル不明
飛来する恐怖1
朝ご飯を食べ終え、町に向かう準備をする。
イメルダちゃんにわたしが昔、着ていたお古を着せる。
前回と同じ、白のワンピースにズボン、そして、フェンリル帽子だ。
姿見(すがたみ) の前に立つイメルダちゃんは、顔を赤めつつ不満そうに唇を尖らせながら、自分の姿を見ている。
まあ、お嬢様からしたら慣れない格好かもしれないけど、それらはママの毛が編み込まれたチート防具なのだ。
諦めて貰うしかない。
「外に出るよ」
と声を掛けて、玄関から出る。
付いてきた姉的妹ちゃんの前に白いモクモクで出来た小鉢――その中にある緑色の液体を持ち上げた。
青臭さの中に酸っぱさが混ざったような臭いが辺りに漂う。
顔を引きつらせるイメルダちゃんが訊ねてくる。
「臭い!
何それ!?」
「虫除けの薬草。
これを付けていれば、魔虫もよってこないんだって」
「……そうなの?」
そうらしい。
わたしも初めて使うからよく分からないけど。
わたしは指でそれを 掬(すく) うと、イメルダちゃんの袖や裾、背中の辺りに塗る。
イメルダちゃんが真っ白なワンピースが薄い緑色に汚されるのを見て「せっかくの白い服が……」と呟いていたけど、その辺りは仕方が無い。
そんな事より、イメルダちゃんの安全の方が大事なのだ。
「汚れは洗えば、綺麗に落ちるから大丈夫」
と声を掛けつつ、しっかりと付ける。
よし、大丈夫かな。
念のために、わたしの服にも付けておく。
わたしだって、ママに貰った大切なセーラー服を汚したくはない。
だけど、イメルダちゃんを守る為だ!
こちらもしっかりと付ける。
うん、これぐらいやっておけば大丈夫だろう。
そんな事をやっていると、ニコニコしている近衛兵士妖精の 潮(うしお) ちゃんがすーっと飛んできて、わたしの胸に納まる。
最近は潮ちゃんが専属になっているなぁ。
その後を飛んできた妖精姫ちゃんが少し心配そうに、身振り手振りをする。
え?
潮ちゃんより別のこの方が良いのでは?
白雪ちゃんとか?
すると、わたしの胸の中から顔を出している潮ちゃんがプリプリしながら”わたしで大丈夫!”とアピールをする。
まあ、最近出てくる魔獣ぐらいなら、潮ちゃんで問題ないかな?
むしろ、過剰戦力なぐらいだ。
本当は、イメルダちゃんの移動用にケルちゃんを連れて行ければ良いんだけど、従魔登録が間に合わなかったんだよね。
「潮ちゃんでも大丈夫だよ。
いざとなったら、イメルダちゃんを守ってね」
と言うと、近衛兵士妖精の潮ちゃんは”お任せあれ!”と言うように、びしっと敬礼をした。
勇まし可愛い!
わたしが屈んで背を見せると、イメルダちゃんは「恥ずかしい……」とか言いつつ、背負われる。
この辺りも、安全のために仕方が無いからね。
「いざとなったら、抱っこの姿勢にもなって貰うからね。
ちゃんと言う事を訊いてね」
と言い聞かせる。
守る事を考えたらおんぶより、抱っこの方が庇って逃げやすいのだ。
イメルダちゃんにその辺りを、昨日、話していたからか、嫌とはいわず「分かったわよ」と嫌そうに答えるだけで終わった。
まあ、実際はそこまでの状態にはならないと思うけどね。
荷車を車庫からだし、出発をしようとしていると、近衛兵士妖精君達を連れたヴェロニカお母さんがニコニコしながら「気をつけてね」と見送りにきてくれた。
イメルダちゃんが「はい、行ってきます」と答え、わたしも「行ってきます!」と手を振ると、ヴェロニカお母さんはニッコリ微笑みながら「はい、行ってらっしゃい」と言ってくれた。
さて、行きますか!
結界を抜け、しばらく駆けていると、いつも通り白狼君達が合流してきた。
イメルダちゃんが「この子達、こんなに近くにいるの?」と驚いていた。
この偽忠狼君達、もう、図々しさに、磨きがかかっているの!
とはいえ、イメルダちゃんがいる時は、こんな子達でもいれば多少は安心できるかな?
そんな事を考えながら、荷車をゴロゴロさせながら走る。
速度的には普段の半分ぐらい。
前、イメルダちゃんと出かけた時よりは早いけど、「大丈夫?」って確認したら「……大丈夫」って返事が返ってきた。
まあ、前回ので、いくらか慣れてきたのかな?
もっとも、多分この速度でも狙われやすいと思うから、注意が必要だと思う。
周りに意識を向けつつ、森を駆ける。
……。
……。
……。
そろそろ、小川にさしかかろうという辺りで、わたしはゆっくりと速度を落とし――止まった。
「どうしたの?」
イメルダちゃんが訊ねてくる。
白狼君達も不思議そうにこちらを見上げてくる。
でも、明確に答えられない。
なんだろう?
よく分からない。
だけど……。
なんだか胸の奥がざわざわする。
見上げた空は晴天だ。
魔鳥の一羽も飛んでいない。
風に吹かれた木の葉が、何枚か飛び去る。
魔鳥の一羽も……いない。
……いや、結構な事だ。
イメルダちゃんがいるのだ、居ないに越した事はない。
そもそも、ここ最近、魔鳥は見かけていない。
なので、問題ない……。
小枝が風に揺れ、ざわざわと鳴っている。
「……帰ろう」
「え!?」
わたしは荷車の向きを変えつつ、白狼君達に『今日は帰るから!』と声をかけ、家に戻る。
気のせいならいい。
気のせいなら、「ちょっと神経質になってた」と笑えば良い。
わたし一人ならともかく、イメルダちゃんが居るのだ。
今は帰ろう!
うん、そうしよう!
すると、家の方から鐘の音が聞こえた。
あれは……。
兵隊蜂さんからの警告!?
わたしは荷車の取っ手を飛び越えると、駆けた!
荷物なんて、今はどうでもいい!
「イメルダちゃん、前へ!」と声をかける。
「え!? え!?」と混乱するイメルダちゃんを構わず、右肩部分の服を左手で掴むと引っ張る。
「きゃ!?」という悲鳴を上げ、イメルダちゃんを抱っこする形になる。
「後で、いくらでも怒られるから!
今はそのままで!」
と叫ぶ。
問題なければそれで良い!
お説教なら、いくらでも受ける!
今は――。
視線を右上に向ける。
この気配、まさか!
木の葉が舞い、枝がしなる。
木の隙間から、くすんだ緑色のそれが突っ込んできた。
鰐のような顔――そこにある目がギラリと輝いた。
最悪だ!
ワイバーン(偽竜君) だ!
しかも、凄まじい勢いで飛んできたのはそれだけじゃない――。
右手で白いモクモク盾を出すと、突っ込んできた ワイバーン(偽竜君) を弾き飛ばす。
周りから複数の枝や幹が裂ける音が響く。
やっぱり、複数匹居る!?
ワイバーン(偽竜君) が何匹も波状攻撃をするかのように突っ込んでくる。
計五匹か!?
「ギャー! ギャー!」鳴きながら突っ込んでくる。
胸の中で悲鳴を上げるイメルダちゃんを抱えながら、両手で出した白いモクモク盾ではじき返す。
鬱陶しい!
わたしが十歳の時に倒した ワイバーン(偽竜君) だけど、それは一対一での事だ。
複数居る場合は、彼らはけして侮れる相手ではない。
勿論、今のわたしなら、二十匹や三十匹ぐらい来ても追い払う自信はある。
だけど、それはわたし一人の場合だ。
イメルダちゃんが居る現状は相当やっかいだ。
――そうだ、彼らは尾に毒を持っているんだ……。
背筋に冷たいものが走る。
ママに育てられたわたしならともかく、普通の女の子だったら、少しかかっただけでただでは済まない。
急いで、結界の中に入らないと!